情けないけど見ての通りに弱いからさ、力を貸して欲しい
なお、実戦形式の試験が迫っているにも拘わらず、のんびりと日向ぼっこを満喫していた猫さんはユウと同じく、三年前に起きた然して珍しくも無い外縁区画への幻獣襲撃で身寄りを失ったと思われている。
ただ、事情を知る治安部隊の木崎やヴァネット達に言わせれば似て非なるモノだ。
ネコ科幻獣の特徴を持つミコトは先天性の亜人であり、両親は外見的変容を伴わない無自覚な変性因子の保持者だった事が災いして、早い段階より親子関係にネグレクトなどの様々な問題が生じていたらしい。
最初は愛があったのかもしれないが…… 周囲から偏見の目を向けられる娘の養育は難しく、口論を重ねて不仲になった父親が去り、やがて母親も懇意になった男の下へ入り浸り始めた。
当時、母親の勤め先だった娼館の女主人が無断欠勤を問い詰めに行くと、住居には栄養失調で危険な状態の幼い娘だけが残されており、見兼ねて話を付けた上で身請けする。
ただ、消極的で人の顔色ばかり気にする猫耳少女が娼婦達と打ち解けるのは難しく、次第に無視され始めた際、育ての親に言われたのが “女は愛嬌、笑っていたら幸せになれるのさ” という暴論である。
実際、笑顔で接していると相手の態度が柔らかくなる事もあり、以後は無意識の処世術として人懐っこい態度を多用するようになった。そんな折、件の娼館が中型幻獣と治安部隊の戦闘で半壊させられて、経済的な苦境に陥った事から木崎経由で第七孤児院に引き取られる。
だからなのか、苦しい時や困った時でも笑うことしかできず、今も涙を浮かべながら微笑んでいた。
「ご、ごめんなさい…わ、私……」
第七孤児院の被験者二人が挑んだ幻獣ディノニクスとの実戦訓練にて、初めて生きた標的の前に立ったミコトは命を奪うことが怖くなり、思うように動けないままテールバッシュが顔面へ直撃して吹き飛ばされる寸前だった。
もし、面倒見の良いユウが身を挺していなければ、捕獲時点で棘を抜かれた尻尾の一撃でも大怪我は避けられず、妹分を猫可愛がりしているオウカが激怒していただろう。
一応、現化能力で衣服繊維や身体の強度は大幅に増強されているが、頭部へのダメージは深刻なものになり易い。
「… 危ういわね」
隔壁越しに鍛錬場をモニタリングしている研究主任エイナの呟きには、藤堂氏の御令嬢に臍を曲げられる危惧も含まれており、他職員の言葉も含め笹穂耳で聴き取ったヴァネットは中断するべきかと専門家に視線を向けた。
「いや、あいつはまだやる気みたいですね」
鈴城が向ける視線の先、獣脚類の幻獣が獲物を逃がさないよう慎重に一足飛びの距離まで詰める最中、理知的に見えて熱血型の根性だけはある教え子の少年が一本だけ持たせてやった閃光手榴弾を投擲する。
獣脚二本を撓めて飛び掛からんとしていたディノニクスの瞳孔が見開き、顔面目掛けて飛来してくる金属筒に傾注した瞬間、眩い光と轟音が生じて視覚と聴覚を奪った。
「グギャアァアアッ!?」
困惑含みの雄叫びを聞きつつ、おれは左掌をミコトの後頭部に廻して額が触れ合うまで引き寄せ、至近から潤んだ琥珀色の瞳と視線を交わらせる。
やや突飛な行動で意識を向けさせた上で、少しでも落ち着かせるため痛みを堪え、僅かに表情を緩めた。
「不安にさせて悪い。情けないけど見ての通りに弱いからさ、力を貸して欲しい」
「う、うん、ユウがそう言うなら……」
飾らない言葉に自信なさげなネコ科亜人種の少女が頷き、躊躇いながらも地を這うような低い姿勢で駆け出して、こちらを再び視界に捉える恐竜染みた幻獣へ立ち向かっていく。
傍から見れば無謀に見えるが、“絶対聴覚” の異能を持つミコトは数メートル離れた生物の心臓音や血流音、筋肉が鳴らす微かな音ですら選択的に拾う事が可能であり、諸々を考慮した総合的な状況判断から真横へ跳ねた。
そこへ吶喊してきたディノニクスの大顎が虚空を裂く一方、驚異的な跳躍力による横回転付きの宙返りで相手の頭上を飛び越え、身体の上下が逆となった刹那に二丁拳銃のトリガーを引き絞る。
乾いた音を鳴らして射出された弾丸は通常の物と異なり、現化拡張により物質構成を一時的に作り替えられていて、通常武器では容易に貫くことができない幻獣の皮膚を喰い破った。
「グルァアアッ!!」
咆えたディノニクスは怒り任せに左上腕を振るえども、動体視力の高い猫さんを捉えることはできずに躱され、さらに追加の弾丸数発を撃ち込まれる。
おれも傍観者になる気はないので、距離を取ったミコトと交代するように反対側の死角から踏み入り、現化拡張で硬度と切れ味が増している太刀を袈裟に薙ぐ。
狙うは意識を逸らされて無防備になった相手の首筋、無骨な刃金が急所である頸動脈を切り裂き、血飛沫など撒き散らしながらの絶叫を響かせた。
直後、反射的な動作で振り向きざまに放たれた爪撃を見切り、切っ先は下に残したまま握り込んだ柄頭を右側頭まで引き上げ、逆さまに構えた刀身で獣脚類の右掌を受け止める。
「ぐッ、重い……」
躯体の重量で圧し潰される前に退くと、透かさず二丁拳銃による援護射撃が入り、一連の攻防で多くの血を失ったディノニクスは大きく体勢を崩してよろけた。
その隙に乗じてもう一度距離を詰め、威力重視の上段構えから鍛え抜いた身体の筋肉を滑らかに連動させて、容赦も呵責もなく神速の斬撃を放つ!
「ギッ、ァア… ァ……」
現化量子適合者の膂力と遠心力を以って、頭蓋半場まで刃を埋められた体高2mほどの小型幻獣は断末魔の声を上げ、防壁で隔離された演習場の地面へ斃れた。
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