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第6話 苦痛

次の日教室に入ると、友哉の机は無惨にひっくり返され、中に入っていたノートや文房具類が辺りに散乱していた。

誰もが見て見ぬ振りで、いつもどおりに談笑している。

友哉は頭の隅と舌が痺れるのを感じ、同時にこれから過ごすであろう苦い時間を思い、憂鬱になった。


教室の窓際に富田達を見つけ、ひと睨みすると、3人はニヤニヤしながら「バカが」と呟いた。

友哉は無言でその幼稚な仕返しの後片づけを済ませると、居たたまれなくなって、ふらりと廊下に出て行った。

なぜか今朝は真っ向から富田たちとやり合うほどの勇気も、気力も湧いてこなかった。

級友たちへの失望もあったのかもしれない。


廊下の突き当たりに、同じように所在なさげに壁にもたれて立っている由宇がいた。

その目は不安そうに友哉を見つめる。

ごめんなさい。

その目はそう言っているように思えたが、友哉はプイと視線を外した。


その日は友哉に話しかけてくる友人も居ず、いつも馬鹿話で騒ぎ立てる連中も、何かを恐れるようにひっそりと一日を過ごしていた。

友哉が富田の逆鱗に触れたのを、誰もが感じていたのだろう。

君子危うきに近寄らず。

俺のクラスメートは皆、堅実だな。

バカらしさに胃が痛くなるのを感じながら、友哉はその日も無意識に斜め前の保奈美の後ろ頭をボンヤリ見つめて過ごした。


保奈美が友哉に話しかけてきたのは、放課後、みんなが帰ってしまった校庭でだった。


「大村くん、富田達に虐められてるの?」

その「いじめられる」という屈辱感にあふれる響きに、友哉はカチンときた。

保奈美の目の奥の、少しばかりバカにした印象もそれに拍車をかける。

「何で俺が! 冗談じゃない」

初めてまともに交わした言葉が、こんな情けない言葉になるなんて。

けれど友哉の気持ちは収まらなかった。

「あいつらは頭がおかしんじゃ。俺は相手にしちょらん!」

友哉の気迫に少し眉をひそめた保奈美は、もうその事には触れず、すんなり話題を変えた。

もともと、そんな事にはさほど興味がなかったかのように。


「ところでさぁ。大村君、いつも私のこと見てるでしょ」


その言葉に友哉の心臓はドクンと音を立てた。

「な・・・なんで」

「授業中ずっと私のこと見てるでしょ。あれ、やめてもらえる? 気持ち悪いのよ。授業に集中できないから」

友哉は全身が急に熱を持ち、汗ばむのを感じた。

心臓がばくばくと脈打ち始めた。

「見ちょらん! なんで・・・なんでそんなことを・・・」

口がカラカラに渇いて舌がもつれ、言葉にならなかった。

「先生に言って席を変えて貰うことにしたから。明日、席替えになると思うわ。富田達も嫌いだから席を離して貰うことにしたの。悪く思わないでね」


全身が針で刺されたような痛みを感じた。

貧血の時のように目の前が霞み、息が苦しくてたまらなかった。

この女は、友哉が自分を見つめて来るのが嫌だと担任の女教師に言ったのだ。

もともと、いけ好かなかったあの女教師に。

担任の失笑がたやすく想像できた。

事なかれ主義の担任は『仕方ないわね』とすぐさま承認したのだろう。

11歳の男の中にすでに育っている不潔なものを感じて、それを保奈美と笑い合ったのかもしれない。

頭の中に次々浮かぶ想像が友哉を打ちのめした。

腹立たしくて、情けなくてたまらなかった。


友哉が何も言えずに固まっているのを満足げに眺めた後、保奈美は飼い犬を呼ぶように物陰に声をかけた。

「由宇、帰るよ」

どこに隠れていたのか、由宇はおずおずと出てきて保奈美の横に並んだ。


さっきまでの話を由宇は聞いていたのだ。更なる腹立たしさが友哉を満たした。

自分が虐められたことも、友哉に救われたことも、この少年は姉に言ってはいないのだ。

そんな僅かばかりのプライドが友哉をますます苛立たせる。

もじもじと立つ、目の前の少年を友哉は睨みつけた。

心底憎かった。

こんなに誰かを殴りつけてやりたいと思った事は無かった。

富田たちにさえ、感じたことのない怒りだ。


「由宇を虐めないでよ!」

友哉の表情を読んだのか、保奈美の鋭い声が飛んできた。

「由宇は病気がちで学校もずいぶん休んだから友だち付き合いがうまくできないのよ。由宇を虐めたら本当に許さないんだからね!」

保奈美の、友哉を見る目はもはや害虫を見る目と同じように思えた。

友哉は言葉も出せず、校門を出ていく二人を見送ることしかできなかった。


「畜生!」

鼻の奥がツンとした。辺りの景色が悔しさに歪む。


消えて無くなればいい。

自分も、学校も、級友も、教師も、そして、あの双子も。


友哉は誰も居なくなった校庭で一人、拳を握りしめた。


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