第5話 由宇
保奈美と正反対に、弟の由宇は余りにも目立たない存在だった。
保奈美よりも背が低く、更に幼い顔つきの小柄な少年は、とても同じ歳には見えなかった。
それは保奈美が早熟で、とても6年生には見えないと言うこともあったのだが。
由宇の髪は、まるで色が抜けたような薄茶だった。
目の色もどこかグリーンがかった琥珀色で、それがまた更に希薄な印象を与えた。
対人恐怖症なのか、ほとんど誰とも話をしなかったし、学校では笑うことも少なかった。
ただ保奈美の影のようにぴったり寄り添い、存在を消しているように友哉には思えた。
級友たちも、そんな由宇に話しかけはしなかった。
どうせ2学期には消えている級友だ、積極的に仲良くする理由もない。誰しもそう思っていたに違いない。
友哉自身、別段弟には何の興味も持っていなかった。
あの放課後のイジメを目撃するまでは。
週に一回のクラブ活動のあと、友哉は一人で帰っていた。
学校からは徒歩で40分。
その途中には民家のない寂しい山林部分もあるが、友哉にとっては通い慣れた道だった。
狩られた獣の必死の抵抗の声を聞いたのは、ちょうど民家のない林道だった。
杉林の少し手前の空き地に3、4人の少年が固まっていた。
「何かおるん?」
野ウサギでも捕まえたのだろうか。
本当にそう思って覗き込んだ友哉はハッと息を呑んだ。
富田健吾、そしていつもくっついている太っちょの木ノ下ミツルと、坊主頭の山岸雅也が嫌な目つきで友哉を振り返った。
そして、3人に囲まれるように草の上で丸くなっていたのは由宇だった。
涙で頬が濡れている。
「何やっちょるん」
友哉は訊いた。
状況は一目瞭然だったが、なぜそんなことをするのか理解不能だった。
「何もしちょらん。ふざけちょるだけじゃん。なあ」
富田がにやけながら同意を求めると、二人もニヤリとわらった。
「由宇と遊んじゃってるだけじゃ。友哉も寄せちゃろうか?」
「いらんよ。泣いちょるやん。なんでそんなことするん」
友哉は特に正義感をかざすほうではない。富田達に逆らうと厄介だということもよく分かっていた。
けれどこの時は見て見ぬ振りができなかった。
それはもしかすると泣きはらしている由宇の横顔が、その時なぜか保奈美とダブって見えたからかも知れない。
普段は意識して比べてみたことのない、その顔が。
「こいつさ、女みたいやん?」
ふいに言った木ノ下の言葉に友哉はびくりとした。
「いつも姉ちゃんにくっついて歩いてやあ、カマみたいやん。なあ、男か女か調べてみんか、友哉」
「アホか。男に決まっちょるやろ!」
にやけた木ノ下の言葉に吐き気さえ覚えて、友哉は素早くうずくまって泣いている由宇の手首をぐいとひっぱり、立ち上がらせた。
状況をよく把握してない由宇は怯えた目を友哉に向け、体を固くした。
「俺は何もせん。一緒に帰ろう。送っちゃるけぇ」
由宇の返事も聞かず、友哉は一刻も早くその場から抜け出したくて、その腕をひっぱって歩き出した。
「何格好つけちょるんじゃ、クソ友哉。ばかじゃないん。俺ら、遊んじょっただけやからな! 先生に言うたら、ぶちのめすぞ!」
後ろでそんな富田健吾の声が聞こえたが、もう振り返ることはしなかった。
ただ、追いかけて来ないことだけを祈りながら友哉は、由宇の腕を強く引っ張って歩き続けた。
奴らは追っては来ない。一方でそんな確信があった。
彼らはもしかしたら、本当にふざけていただけなのかも知れない、と。
由宇は身代わりなのだ。
自分達が触れることの出来ないあの美しい少女の。
友哉は彼らの「遊び」という言葉に、身震いするほどの恐ろしさを感じた。
その恐ろしさが、どこに繋がっているかを考える事すら、恐ろしかった。
ようやく由宇を振り返って言葉をかけたのは、もうあの場所からかなり離れてからだった。
3人の姿も見えず、友哉は気を緩めた。
「あの3人に近づかんほうがええよ。タチ悪いから」
由宇は戸惑ったような目を友哉に向けて小さく頷いた。
その様子はあまりにも幼く弱々しく、きっとこの少年はすべてを保奈美に依存して生きているのではないかと、少しばかり腹が立った。
「俺、お前の家知らんから。こっからは一人で帰りや。帰れるやろ? 姉ちゃんおらんでも」
少し突き放したようにそう言うと、思いがけずに少年は笑った。
透き通るような白い肌をほんの少し赤らめ、淡い色の瞳を細めて微笑み、そして「うん、大丈夫。ありがとう」と、きれいな標準語で言いながら友哉を見つめたのだ。
友哉の心臓が一瞬トクンと跳ねた。
似ていた。
その目元も、唇も、細い顎のラインも。
胸が苦しくなるほど少年は姉によく似ていた。
なぜみんなは気付かないのだろう。いや、・・・もしかして気付いているのだろうか。
「じゃあな」
素っ気なくそういうと、友哉は由宇を残して足早に歩き出した。
ぐるぐると、無秩序な思考が頭をかき乱す。
“腹立たしい”
家に帰り着くまで友哉の中を満たしていたのは、なぜかそんな感情だった。




