第7話(実験の末)
薬草の種を撒いてから一週間。今日は、昔屋敷の一角に作ってもらった私専用の調合小屋で、当初の予定通り、ミーの魔法をかける回数を変えた薬草達を収穫して並べる。完全にとまではいかないけれど、出来る限り日照時間、与える水分量、土の状態等は均等にしたつもりだ。
「後は、実験用の植物に傷を付けて…痛っ。」
少し余所見をしながら作業をしていると、誤って指をナイフで傷つけてしまった。慌てて血液を水で洗い流すがじわじわと滲む血がなかなか止まらない。どうにか止血しなければと考えていると、来客が現れた。
「休憩の時食べられるようにケーキ持ってきた…どうした!?見せてみなさい。」
慌てた様子の相手に腕を掴まれ傷口に光魔法が施される。ミーの精霊魔法はあくまでも生命力を強めることや生き物が本来持つ自然治癒力を高めるだけで傷口をすぐに直接塞いだりはできないけれど、光魔法は傷ついた場所が正しく特定できれば傷そのものを塞ぐことができる。
「レオネルお兄様ありがとう。なかなか止まらなかったから助かりました。」
「どうしたのかと肝が冷えたよ…頑張るのはいいがくれぐれも安全には配慮すること。」
――なんだか、小さい頃におまじないという名目で光魔法をかけてくれたことを思い出す。
指先を眺めると、先程の傷が嘘のようにきれいに塞がっていた。
「さて、気を取り直して実験に戻りましょうか。」
傷を付けた植物を用意した後は、いつも通りの手順でポーションを生成する。二つの魔石を同時に操る魔力操作にもだいぶ慣れてきたものだ。そうして出来上がったポーションを冷ましている間に、持ってきてくれたケーキをつまむ。
「んっ、これはカカオのケーキかしら。甘さの中にほろ苦さもあって美味しいわ。」
完成したポーションを植物に与えて経過を観察すると、いくつか興味深い違いを発見した。想定外だったのは、魔法をかけない群と一回の群にほとんど効果の差がなかったこと。逆に、一回と二回では目に見えてわかる差が発生した。さらに二回と三回の場合は、改善はみられるものの、一回から二回に増やした時程のものではなかった。
「効果的には三回だけれど、私自身の魔力の量も加味すると、もし正式にポーションとして製造する場合は二回がよさそうね。」
そこまでノートに記したところで更なる疑問が生まれる。
――魔法をかけるタイミングはいつがいいんだろう。
早速、魔法をかけるタイミングの組み合わせを書き出してみる。組み合わせとしては3種類。
・種×発芽
・種×収穫前
・発芽×収穫前
きっとこの中に、二回の中でも効果を引き出すことができる組み合わせがあるはずだ。洗い出した後は一旦そこで実験を止めて、再び薬草園に戻り種を撒くことにした。
更に一週間後、ミーにはここ最近呼び出しすぎだと文句を言われたりもしたけれど、魔法をかけるタイミングを変えて育てた薬草が収穫できた。
「よし、さあ早速ポーションを与えて…」
魔法をかけるタイミングの実験結果にははっきりと差が現れた。前回も同条件で育てた「種×発芽」を基準とすると…
・種×発芽:基準値
・種×収穫前:基準未満
・発芽×収穫前:基準を上回る
発芽のタイミングで魔法をかけることの影響が大きく、更に収穫前の育ち切る直前でもう一度魔法をかけることで効果を引き出すことができることがわかった。
――きっと種の段階では、まだ植物の生命活動が活発ではないから、魔法の効果を受け取りにくいのね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…というのが今回お母様に推薦いただいた騎士団用のポーションを作る途中段階で気付いたことと、実験結果になります。」
実験を終えた夜、仕事で帰宅が遅いノイラーお兄様を除いた、両親とレオネルお兄様が集まる場でまとめた内容を伝える。
「なるほど。まずは、きちんと検証の条件も洗い出した上で仮説を立て、それに対して結果をまとめた、フィーにしか作れないいいレポートだと思う。ただ、レポートの出来と、できあがったポーションをどう扱うかは別問題だな。」
「お父様のおっしゃる通りで、私も他のポーションとは効果が異なるこちらのポーションをそのまま納品していいものか迷ってご相談しました。」
「事前に相談してくれてありがとう。正しい判断だ。エルサーラ、君はどう思う?」
「そうね。まずこのポーションについては通常の依頼分とは確実に分けるべきでしょう。しかもこれは精霊魔法を使って育てた薬草を使っているとなると量産も難しい、そうよね?」
「はい。そこはミーの力を借りているとはいえ私自身の魔力量に依存する部分なので、大量に作ることは難しいです。」
「それであれば、一旦このポーションは私とレオネルに預からせてください。私は魔法騎士団の騎士団長に相談します。レオネルは、国営騎士団全体を統括されているヴィルヘルム殿下に、このポーションの扱いについて相談してもらえるかしら? 」
「承知しました。」
「それがいいだろうな。ただし、エルサーラは理解してくれているとは思うが、騎士団長殿にはくれぐれも精霊魔法のことは悟られないように。」
「もちろん、そこは国家の秘密…というよりも大事なフィーを守るためですもの。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
家族会議の数日後、王宮から呼び出しの書状が届いた。今回のポーションの扱い方の決定を、ヴィルヘルム殿下直々にお伝えいただくとのことだ。その場にはお兄様も同席されるので安心していいとお母様はおっしゃっていたけれど、こんな状況で緊張をしない方が無理がある。念のため先日いただいた宮廷薬剤室の納品者用入館証を持って向かったが、今回は書状を見せるだけで入ることができた。王宮の入口にたどり着くと、待っていたレオネルお兄様と合流する。
「フィー、顔が強張りすぎだ。緊張する必要はない、と言っても無理かもしれないが、君が怖がるようなことは起きないから安心しなさい。」
殿下の執務室へ向かいながら、普段はどちらかといえば物静かなお兄様が、絶えず話しかけてくれる。
――よっぽど酷い表情をしてるんだろうな。
護衛騎士が二人立つ大きな扉の前に着くとお兄様がノックする。中から返事が聞こえ扉を開くと、和やかな表情の殿下が執務机の前に座っていた。
「よく来てくれたね、アルセディオン嬢。君と会うのは成人の儀以来かな。」
「お招きいただきありがとうございます、ヴィルヘルム殿下。その節は大変お世話になりました。」
私にとっては少し苦い記憶を思い出しながら礼をする。着席を促されソファに座ると、香りの良い紅茶を置かれた。
「ここからは少し人を絞ろうか。」
その一言で給仕をしていた侍女も傍に控えていた護衛も部屋を退室する。改めて部屋には私達三人だけになり、緊張が走る。
「今日君を呼んだのは他でもない。先日製造してもらったポーションについてだ。君が精霊魔法を用いて育てた薬草由来のポーションについて、通常のポーションと同様の規定検査と、成分の安全性確認を行った上で、まずは製造工程を隠した状態で騎士団の幹部複数名に実際に使用してもらい、扱いを検討してもらった。効果については、訓練後の疲労や軽傷からの回復が早いと絶賛していたよ。確か、君がこのポーションを作ることができるのは、週に…」
「週に約8本が限度となります。通常の納品用ポーションも同じペースで作るとなると、それよりも数本少なくなってしまうかもしれません。お役に立てず大変申し訳ございません。」
「いやいや、私は責めているのではないよ。君が作る量が少ないから悪いというわけではなく、その貴重なポーションをどう扱うべきかという議論をさせてもらった。そして、その結果、平時は緊急用として備蓄し、重傷者の回復補助・高危険度任務・指揮官など、戦況上優先度が高い者へ使用するという運用を決定した。」
「詳細なご検討ありがとうございます。私の作ったポーションが皆様のお役に立てるのであれば光栄でございます。」
「ああ。きっと役に立ってくれることだろう。しかしまだ一つ確認を要している問題がある。」
殿下の言葉に心臓が跳ねる。
「問題…ですか?私の納品したものに何か不備がございましたでしょうか。」
「不備というわけではないが、そろそろ…」
殿下の目が扉に向けられる。それに合わせて私とレオネルお兄様も扉の方へ向くと、ちょうど大きなノックの音と共に扉が開いた。
「兄上、本日の訓練量はどういうことでしょう。いくら私が書類の処理が落ち着いている時期とはいえ、普段の二倍の量を課すのはどうかと思います。」
勢いよく入室されたマリウス殿下は、社交の場でお見かけする姿とは違い、ひどくお疲れで、しかも少々お怒りのようだった。その様子に思わず身が竦む。
「マリウス、客人の前なのだからもう少し落ち着きなさい。」
その一言で殿下の視線がこちらに向く。私と兄を視界に捉えた殿下は、少々きまりの悪そうな表情を浮かべ、小さく咳払いをして立ち姿を直した。
「これは失礼いたしました。アルセディオン嬢にはお見苦しい姿をお見せしてしまいましたね。」
「い、いえ。私がここに居てしまったのが悪いといいますか、その…」
慌てて立ち上がりお辞儀をすると、遅れて同じく疲れ切った様子のノイラーお兄様が入ってきた。
「フィオノーラは悪くないよ。今のは殿下の状況確認漏れです。」
「はは。それでは人が揃ったところで、お前たち二人にも今日は試してもらいたいものがある。」
「試してほしいもの、ですか?」
「ああ。それがこのポーションだ。もちろん安全性は確認済みだが、団員には試してもらったものの、私たち自身が実際の味と効果についてはまだ確認できていなくてな。せっかくだから私とレオネルも入れて四人で飲んでみようと思っていたんだ。」
――四人ということは、お兄様たちも飲むということね。
私を除く四人の元へポーションが行き渡る。マリウス殿下とノイラーお兄様は未だに状況がいまいち掴めていないようで怪訝そうな表情を浮かべていたが、ヴィルヘルム殿下に勧められるがままにポーションを口にする。
「これは…」
「なかなかに…」
「なんというか…」
「これ、いつも飲むポーションよりも数倍苦味が強くないですか?」
ノイラーお兄様の言う通り。薬草の成分をより引き出した影響で、通常のものよりかなり苦味が強くなっている。
「しかしこのポーション、通常のものよりも、傷の痛みが引くのも疲労の回復スピードも早い感覚があります。」
ぽつりとマリウス殿下が呟いた。
「確かに。完全回復とまではいかないけれど、明らかに身体が楽になってますね。」
自分の作った薬を目の前で評価される機会は中々ない。殿下とお兄様の感想を聞いて安堵の息を吐いた。
「ところで、なぜアルセディオン嬢がこちらに?」
「すまない、大事な説明が漏れていたな。実はこのポーションはアルセディオン嬢が作ったものなんだ。」
驚いた表情のマリウス殿下がこちらを見る。
「アルセディオン嬢、貴女は凄い才能をお持ちなんですね。」
「いえ、才能なんて私には…ただ、薬草の性質を調べながら作成した結果ですので…それがお役に立てたのであれば、素直に嬉しい…です。」
お褒めいただくことに慣れてなさすぎて殿下のお顔が見れない。ミーの力のお陰が多分にあるけれど、丁寧に検証を積み上げて導き出せたものが褒められたことが、今は少しだけ誇らしかった。
エピソードの最後までお読みいただきありがとうございます!
一章はここで一区切りとなります。次回からは二章に入っていきますので、よろしければ次回以降も引き続きお楽しみください。
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