第8話(対人魔法)
「親愛なる草の精霊よ。汝が契約者である我に力を授けよ。」
『我が友よ。命育むこの大地、礎を呼び覚ます我の力を受け取るが良い。』
辺り一帯の地面が光を放つ。半径五十mはあるだろうか、私がミーの力を借りる時とは比べ物にならないかなり広範囲の魔法である。
「わあ……いつ拝見してもロクサード様とクラリス様の魔法は綺麗です。」
『そうじゃろうそうじゃろう。なんせ妾とロクサードは人間の時間でいうと六十年以上の付き合いじゃからのう。フィオも六十年経てば朝飯前よ。』
「それは少々難しいかと…」
「ほら二人とも、本題に入るぞ。」
ロクサード様の言葉にはっとして姿勢を正す。今日は領内の森の高台で、ロクサード様と精霊魔法の鍛錬の日だ。
「ではまずいつもやっておる簡単な復習じゃ。精霊魔法の範囲の広さや効果の強さは何で決まる?」
「はい。精霊魔法は、契約者の魔力量・魔力操作の練度、精霊自身の力量、そして契約精霊との信頼度で決まります。」
「その通り。いくら魔力量が多い熟練の魔法使いでも、契約精霊との信頼関係が無ければ、今のような魔法は半径三mもかけられないだろう。逆に信頼関係を築けていても、精霊自身が生を受けて間もなかったり、契約者の魔力が不足していると範囲は狭まる。」
精霊魔法は通常魔法とは異なり、精霊の力を借りることで発動できる魔法だ。そもそも、精霊契約できる人間が珍しい。正確な人数は不明だが、公表されている限り国内では、国王陛下、王妃殿下、ヴィルヘルム殿下、マリウス殿下、そしてカッツレーゼ卿の五名である。それに加えて、非公表でロクサード様、シルヴィアお祖母様、私。本当はもっとたくさん居るかもしれないし、他はもう居ないかも知れない。それだけ機密性の高い情報なのだ。
「では、今の君とミーの関係はどう思う?」
ロクサード様の問いに言葉が詰まる。ミーは恐らく力の弱い精霊ではない。しかし、私自身が足りなさ過ぎる。そして、信頼度はどうなのだろう。中々答えを出せずに居ると、痺れを切らしたのかミーが実体化して現れた。
『フィオ、どうせ信頼度はどのくらいだろうなんて考えてるのでしょう?前も言った通り、少なくとも私は信頼していない人間の前にこうやって姿を現さないし、変な呼び名も付けさせない。私が貴女に姿を見せ、変な名で呼ばせているだけでも貴重なことよ?』
「ご、ごめん。そうよね。そもそもミーが契約してくれた時点で何か私を信じてくれたから契約してくれたのだものね。」
『それは、まぁ…もちろんそうよ。』
「ロクサード様、改めてお答えいたします。私とミーは、信頼関係は良好、ミーの能力も高いのですが、私の魔力量と練度に課題があります。」
「80点の答えといったところかの。フィオノーラ、君の魔力操作の練度はかなり高い。もちろんどう足掻いても越えることのできない、魔力を扱った年数という壁はあるが、それを考えなければ練度の高さはかなりのものだと覚えておきなさい。」
それから暫くは、ミーの魔法を草原地帯や森林の中で発動させ、植物の成長補助を行なった。
「…疲れた。」
魔力切れギリギリまで魔法を発動し、午前の鍛錬が終わる頃にはフラフラになっていた。
「ほれ。これを食べて力をつけなさい。」
そう言ってバスケットの中からサンドイッチを取り出し渡してくれる。ロクサード様が営む茶屋の人気メニュー、チキンとオニオンのサンドだ。
「ありがとうございます。このサンドイッチ大好きです。」
「それはよかった。中のオニオンは、昨晩シルヴィアが届けてくれたものなんじゃ。」
お祖母様の畑で育てている野菜の種類が増えていたことに驚きながら、美味しい昼食をいただいた。
昼食とデザートのケーキまでいただき、少しの休息を挟んでだいぶ魔力が戻ってきた頃、いよいよ今日の本題へと進む。
「フィオノーラ、君は今まで魔法を人に対して使ったことはあるかい?」
「魔法という意味では、水魔法なら。水がない場所で怪我をした際に傷口を洗い流したり、幼い頃は、水筒を持たずにお兄様と探検に出かけ、水を分けたことがあります。」
「では、精霊魔法は?」
「少なくとも意識して使用したことはありません。」
「では今日は、精霊魔法の対人使用について教えよう。」
精霊魔法は成人するまで人に使ってはならないと昔からお祖母様に言われていた。理由はわからなかったけれど、素直に守り続けて今に至る。
「森の精霊魔法を人に使う際の危険性で思いつくものは?」
「そうですね…ミーの魔法はその方の自然治癒力や回復力を高めるものです。そのため、身体への負荷が高くなり却って体調を悪化させてしまう可能性があります。」
「その通り。弱った人間に対して無理矢理治癒力を活性化させると、体内の動きに身体が耐えきれん可能性がある。他には?」
「他には…申し訳ありません、すぐには思いつかないです。」
「他には、自然治癒力を高めるということは、正常な組織にだけ作用するとは限らん。例えば、体内に異常な組織や病変があった場合は?」
「むしろその異常が体内に拡がる手助けをしてしまいます。」
「段々と理解してきたな。最後にこれは最も重要なことじゃが、ミーの魔法は万能ではない。病気や毒で根本原因が絶たれていない状態でいくら治癒力を高めてもそれは回復には繋がらん。」
“万能ではない”――光魔法にも言えることではあるが、この世には全ての病や怪我を完璧に治す方法も、失ったものを元に戻す方法も、ましてや亡くなった人を蘇らせる方法も存在しない。だから私達は医学や薬学を学び続けるのだ。
「万能ではないからこそ、正しい知識と判断のもとに、その人に魔法を使うべきなのか、その症状に適しているのかを考えなければならないのですね。」
「そういうことじゃ。何、慎重なフィオノーラが変な使い方をするとは思っとらんが、君は優しい子じゃ。助けたい気持ちが先行することもこの先あるかもしれんからの。」
「ありがとうございます。お祖母様が成人するまで対人魔法を禁じていた理由が理解できました。」
――人を助けたい気持ちが先行すること、か。
そんな場面に遭遇するかはわからないけれど、今日のロクサード様のお話は、深く心に刻んでおこう。
ここまででお読みいただきありがとうございます。
第8話からは、第二章の始まりです。
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