第6話(力を借りて)
「ミー、力を貸して。」
今日は薬屋の店休日。朝から屋敷の離れの前の薬草園に赴く。ここは、祖母の畑と姉の植物園、私の薬草園が並ぶ、この屋敷で一番好きな空間だ。動きやすいように格好だけはフィンの服を着て契約精霊に呼びかける。
『フィオがこれだけ元気ということは、薬に関することね?いいわ。この前の約束通り力を貸してあげる。』
今日は実体化する気分ではないらしい。姿は見えないけれど確かに気配と声は感じる。
「ええ。実はね、これまでの検証でポーションの効能には薬草の品質が関連することがわかったの。そこで考えたのだけれど、薬草の持つ力を最大限引き出すためには、丁寧に抽出してあげることと、生育段階から力を最大化するために手助けしてあげることが大切なんじゃないかなって。」
「そこでミーの力を借りるのですね。」
声の方向へ振り返ると、上品な佇まいと庭師のような格好がアンバランスな老女が立っていた。
「おはようございます、お祖母様。」
「おはようフィオノーラ。きっとミーも近くに居るのでしょうね。おはようミー。朝からとても元気ね。今朝はトマトが食べ頃だから、落ち着いたら離れに食べにおいで。」
離れに暮らすお祖母様は趣味の家庭菜園で様々な野菜を育てている。トマト畑の方に目を向ければ鮮やかな赤が朝露に濡れて輝いていた。
「美味しそう。薬草を植え終わったら着替えて伺います。」
お祖母様と別れた後、改めて薬草園に屈んで種を植える。この薬草は育つまでに約一週間。四つの区画に分け、ミーの力を種の段階・芽が出た時・収穫前の三度与えるものと、種と芽の段階、種の段階、そして全く力を与えないもので違いを見る。
――抽出の技術はある程度安定させられる。でももしそれ以上に薬草が育つ段階での影響が大きいのであれば…きっとこの実験は意味のあるものになるはず。
「親愛なる森の精霊よ。汝が契約者である我に力を授けよ。」
『我が契約者よ。生きとし生けるもの、その命の息吹を助ける我の力を受け取るが良い。』
種を植えた一角が温かな光に包まれる。
――うん、上手くいったみたい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ミーの力を借りた薬草が育つまでの一週間、その間に済ませておきたい仕事がある。王宮へのポーションの納品だ。
数日前、完成したポーションのうち先に提出していたサンプルが、無事に規格検査を通過したとの連絡が届いた。
「はぁ。」
「あら、溜息なんてついてどうしたの。そんなにカプレーゼがお口に合わなかったかしら。」
「そんなことは無いぞシルヴィ。君の作った野菜はどれも美味しい。」
「ごめんなさいお祖母様。ハルさんがおっしゃる通り、お祖母様の作るお野菜はどれも美味しいわ。ただ、少しだけ憂鬱なお仕事があってね。」
離れの食堂で今朝採れたてのトマトを使ったカプレーゼを口に運ぶ。たっぷりの甘みの中にトマト特有の酸味が広がりオリーブオイルともよく合っている。共に食卓を囲むハルさんは祖母の古くからの友人で、時折こうやって祖母の所に遊びに来ているらしい。中性的な美貌の切れ長の瞳と視線が重なる。
「ほう。それはフィオを苦しめるものなのか?」
どうしてだろう、別に怒られている訳ではないのに背筋が伸びる。
「苦しめる…とは少し違う気がします。多分私が臆病なだけ。」
「こら、ハル。フィオノーラを怖がらせないで。フィオノーラ、貴女の謙虚さはいいところよ。でも、謙虚なことと自分の成し遂げたことを認めないことは違う。貴女の周りには貴女をちゃんと見てくれている人がいる。それを忘れないこと、わかった?」
「はい。ありがとうございます。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「フィオノーラ様、今日の御髪はどうされますか?」
「そうね、今日は高い位置で結ってもらえるかしら。」
「かしこまりました。リリアにお任せくださいませ。」
リリアに髪の毛を任せながら自分では肌の上に紫がかった粉を乗せる。私が精霊契約者であることは、家族とロクサード様、そして王家の限られた方々にしか知られていない。化粧は、そんな私に余計な関心が向かないよう、幼い頃に両親が始めたことだ。ただでさえアルセディオン家では珍しい銀髪で人目を引きやすかったため、肌や唇の血色を抑え、少しでも印象に残りにくくしていたらしい。こうして、私が精霊契約者である秘密を出来る限り守ってきたのだ。十六を迎えてからは好きにしていいとは言われているけれど、何となく安心するので私はこの化粧を続けている。ベージュの紅を唇に乗せ、いつものフィオノーラが完成した。
数時間馬車に揺られ王宮の門に到着した。門番に母からの推薦状を見せ、荷物の目視確認を済ませたらいよいよだ。
――緊張するな。
「フィオノーラ様、大丈夫です。王宮は貴女を取って食おうとしてる訳ではないですよ。」
「ふふ。そうね、オスカーありがとう。」
余程表情に出ていたのか、リリア・ルークと共に幼い頃から務めてくれているオスカーに励まされながら、二人で王宮内を歩く。目指すは国内薬師の最高峰が集う【宮廷薬剤室】である。
程なくして一つの扉の前に辿り着いた。軽くノックをして扉を開ければ、独特の消毒の匂いが鼻を突く。
「すみません、ポーションの納品に来ました。」
……忙しなく動く面々には声が届いていないのか、誰一人からも反応がない。
「あの、すみません…!」
更に声を張っても気付かれず、オスカーが口を開こうとしたその時。
「あれぇ、これってもしかして噂の協力ポーション?」
声の方向へ振り返ると、ヨレヨレの白衣に縁の無い眼鏡をかけた男性が立っていた。
「協力…ポーション…?」
「そうそう。薬剤室のメンバーと、街の薬師が協力して作ってるから協力ポーションって俺は呼んでる。これ、処方すると効きいいんだよねぇ。まぁ、数が少ないらしくて気軽に出すなって怒られるんだけど。あ、俺怪しくないよ?俺はエリアス・ヴァレン。ここの医局で働いてるお医者さん。」
こちらが口を挟む暇も無く喋り続ける彼に少し圧倒されていると、薬剤室の一人がこちらの様子に気付いてくれた。
「エリアス!またさぼってこっちに来たんですか?しかも患者さんにちょっかいかけて…ん?これは…?」
「私、フィオノーラ・アルセディオンと申します。本日はポーションの納品に参りました。」
「ああ!製造委託していたポーションか。ありがとうございます。推薦状を拝見しても?」
「はい。こちらになります。」
「うんうん、エルサーラ様の推薦ですね。規格検査も合格済と…はい、確かに受け取りました。こちらは薬剤室納品者の入館証になります。次回からは門番にこちらを見せることで入れるようになるのでお使いください。あ、申し遅れました。私はこの宮廷薬剤室で働くリゼット・ノーマンと申します。」
「ありがとうございます。ノーマン様。もし次回以降の納品がある場合はこちらを身に着けて参ります。」
「ノーマン様か…少し距離を感じますね。これからやり取りをすることも増えるでしょうし、差し支え無ければファーストネームでお呼びくださいませ。」
「え、えっと、それではリゼット様…?」
「そうそう、それで大丈夫です。私もフィオノーラ様とお呼びしても?」
「もちろんでございます。あの、薬師としての立場は私の方が下ですので、呼び捨てでも構いません。」
「それではお言葉に甘えてフィオノーラちゃんとお呼びしますね。」
「え〜じゃあ俺もフィオノーラちゃんって呼ぼうかな。」
「エリアスは入って来ないでください!彼、適当に見えるんですが腕は確かなので…。どうしても不快ならつまみ出します。」
「いえ、不快とかそういう訳ではないので大丈夫です。」
「フィオノーラちゃんは優しすぎる。本日は少し立て込んでいてご案内できないのですが、次回来られた際にはぜひ薬剤室のメンバーのご紹介もさせてくださいね。」
ありがたい言葉をかけてもらい、エリアス様とリゼット様に別れを告げて宮廷薬剤室を後にする。
緊張が解れたせいか、帰りの馬車ではいつの間にか眠ってしまったらしい。オスカーの声で目が覚め、屋敷に戻ると両親が出迎えてくれた。
「宮廷は意外と怖い場所ではなかっただろう?今日はデザートにフィーの好きなケーキを用意させてあるから楽しみにしていなさい。」
お父様には何もかもお見通しだ。
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