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白薔薇に水を  作者: 岩藤ぽんた
フィオノーラ・アルセディオンの苦悩
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3/8

第3話(訪問者)

 いつもより少し早起きの朝。侍女のリリアに支度を手伝ってもらいながら一日の予定を考える。

「フィオノーラ様、本日も薬屋へ?」

「ええ。でもその前に、ロクサード様の所に寄ってスイートバジルが余ってないか確認するつもりよ。」

「それくらいであればルークに任せてもよろしいのでは?」

「うん。普段だったらお任せすることも考えるんだけどね。ここ数日はバタバタしてて、薬師として働き始めてからロクサード様にお会いできてなかったから。」

「なるほど。それはロクサード様もお喜びになりますね。」

服装を整え、あとはいつも通り鬘で銀色の髪を隠して眼鏡をかければフィンの出来上がりだ。


 広間で談笑する両親に声をかけ、外で待機していた馬車に乗る。少し遠回りして山の麓へ向かうと小さな小屋が見えてきた。

 フィンが家紋の入った馬車から降りてきたところを見られてはさすがに言い訳が難しい。入念に周りを見渡し、人影がないことを確認して足早に馬車を降りる。

「ありがとう、ここからはいつも通り歩いて向かいます。」

「かしこまりました、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」

簡単な挨拶を済ませて小屋……もとい、ロクサード様の茶屋の扉をノックする。

「おはようございます、ロクサード様。フィンです。」

「入ってきなさい。」

扉を開けるとふわっとほのかに甘い小麦の香りがした。

「すみません、朝食中でしたか?」

「構わんよ。そろそろ君の顔を見たいと思っとったしな。クラリスも寂しがっとったところよ。」

『寂しがっていたのは妾だけかのう。』

キラキラと光が舞い上がり、中から少女が現れる。

「ご無沙汰しております、クラリス様。」

『この姿で会うのはいつぶりかのう。最近森の精霊の力を使ったらしいな。上手くいったか?』

「上手く…いったのでしょうか。陛下はお褒めくださいましたけれど、きっと魔力量の少ない私に恥をかかせないようお気遣いくださったのだと思いますし……」

『あーー、魔力量の話をしてるんではない!…と言ってもお前は聞く耳を持たんだろうがな。』

「クラリス、その辺にしておいてやらんか。ところでフィオノーラ、私に何か用があって来たんじゃないのか?」

私の薬と精霊魔法の師匠であるロクサード様が、こちらに視線を向ける。はっとして事情を伝えると奥から大量のスイートバジルを籠に入れ、手渡してくれた。


「突然の訪問にもかかわらず、こんなにありがとうございました!」

「また今度はゆっくり時間のある時においで。パウンドケーキを焼いておいてやろう。」


 籠を抱えて店へ向かう道中、開店準備に追われている店主たちと挨拶を交わしながら店の前まで到着すると、外には既に看板が出されており、あとは札を『営業中』に変えるだけになっていた。恐らくルークが対応してくれたのだろう。

 元々私が幼い頃から、ルークはこの店で護衛として一緒に過ごしてくれている。調薬の腕前も確かで、表向きは店長としても働く。

「おはよう、ルーク。」

「おはようございます、フィオノーラ様。」

「さあ、そろそろ開店しましょうか。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 風邪の薬を手渡して、患者の波が落ち着いたのを確認してからカウンターに腕をつく。

「……今日はちょっと忙しいわね。」

「ええ、最近冷え込みも続いていますので領民も体調を崩しがちなのかと。」

「寒さをしのぐために火を炊いて、乾燥で喉を痛める人も多いものね。そうだ、今のうちに追加の薬草を裏の薬草園から持ってきてくれるかしら?」

「かしこまりました。行って参ります。」


 ルークを見送り店番をしていると扉が開いた。

「いらっしゃい。お兄さん今日はどうしたんだい?」

「最近疲れが取れなくてね。」

「なるほど…医師の診断は?」

「医者にかかるほどじゃないさ。ただ、この街に腕のいい薬師が居ると聞いて寄ったんだけど…君が薬師?」

ーールークに相談したかったのね。戻るまでもう少しかかるだろうから先にお話を聞こうかしら。

「僕も薬師だよ。でも店長は今少し席を外してるから、先に僕が少し話を聞いても?」

「ああ、頼む。」

カウンター越しに顔色を確認しようとするが、背の高い彼の表情はどうにも見えにくい。

「ごめん、お兄さん背が高いからあっちの椅子で座って見せて。」

「ふふっ、もちろん。…これで大丈夫かな?」

「今笑ったね?僕はこれから成長期なんだから。じゃあ改めて簡単に聞かせて。睡眠は取れてる?食事は?それと、ここ最近身体を動かすことは?」

「ごめんごめん。睡眠はここ最近は少ないな。食事は食べられるときに。運動はそれなりにしてるつもりだ。」

――顔色もあまり良くないし薄っすらクマも見える。これは胃腸への負荷が小さい栄養剤代わりのポーションを渡そう。

「今の状態だったらポーションがいいかな。ただし強いものは身体に合わなかった場合に困るから、まずは弱めのもので…」

そこまで伝えたところでふと窓の外を見遣ると、変装はしているものの、よく見知ったシルエットが目に入る。

――ノイラーお兄様?店に遊びに来たのかしら。それにしては周囲をキョロキョロしてるし待ち合わせ…というよりも警戒しているような。警戒…?第二王子付のノイラーお兄様が変装までしてわざわざ周囲を警戒する相手。

――まさか。

改めて目の前の青年を見つめる。魔道具か何かを使っているのか、ブロンドの髪でもアメジストのような紫の瞳でもない。でもこの体躯と声は、数日前、私の魔法を見て怪訝そうな表情を浮かべていた相手と見事に重なった。

「少年、どうした?」

「あっ、い、いえ。ポーションじゃなくてやっぱりまずはリラックス効果のあるお茶で様子を見るのがいいと思います…よ。」

いくらこちらがそんなつもりがないとはいえ、王族に正式な検査を通していない薬品を渡すわけにはいかないだろう。お疲れの殿下に何か差し上げたい気持ちはあるけれど、今のまま許されるのはお茶くらいまでかな。

「お茶…か。いいね、一杯もらっても?」

「はい、いや、うん!ちょっと待ってて。」


――頑張ってフィンの振りをしないと。

 裏に戻ってから、棚に並ぶ小瓶に入ったハーブと、小さな麻袋を取り出す。お湯が沸いたらハーブと共にポットに注ぎ、少し準備をしてからトレイに乗せて、殿下の元へ戻る。

「いい香りがする。」

「ラベンダーは香りが強いからね。はい、召しあがれ。熱いから気をつけて。」

いくら平民に変装していても、カップを持ち、口に運ぶ一連の所作が流れるように美しく、高貴な身分のお方だということを裏付ける。ゆっくりと飲み干すと静かにカップを置いた。

「美味しかったよ、えーと…名前は…」

「フィンだよ。お兄さんは?」

「マリノだ。俺のことは気軽にマリって呼んでくれ。」

「まぁ、また会うことがあったらね。あ、そうだこれ。」

トレイにポットと共に置いておいた麻袋を手渡す。

「さっき飲んだお茶にも使ってたラベンダーのサシェ。枕の下に置けばいい香りで眠れると思う。」

「これも貰っていいの?ありがとう。早速今夜から使わせてもらうよ。」


 そうして急な来客を終え、緊張の糸が切れたように椅子の背もたれに身体を預ける。すると程なくして緊張のきっかけとなった人物が店に顔を覗かせた。

「フィー、途中から気付いたね。」

「ノイラーお兄様の姿が目に入ったから。緊張でおかしくなりそうだった。」

「ははは。でも安心して。殿下はフィンのことフィーだとは気付いてないから。そして、緊張させてしまったお詫びにこちらをどうぞ。」

「これ…蜂蜜?嬉しいけどどうして?」

「ハーブティーに合うだろうって。親切な薬師へのお礼だそうだよ。本当は少年に不審がられないように渡せって言われてたけど、フィーは気付いてそうだったから手渡しでいいかなって。」

「そんな、お礼をいただくようなことはしてないのに…でも折角だからありがたくいただこうかな。」


 貰った瓶を窓からの光にかざすと、瓶の中でキラキラと光が反射した。





第3話の最後までお読みいただきありがとうございます!


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