悪霊退散☆
警察の特級備品よ。……『痛み』だけはね」
傘かささんはバックミラー越しに私をチラリと見ると、淡々と告げて医療キットを片付けた。
怪我はまったく治っていないのに、 痛まない。
不思議な錯覚のまま、私はパトカーのシートに座っていた。
その後、傘さんは運転席へと移動し、静かにエンジンをかけた。
彼女は何も聞いてこない。 詮索するような視線も向けない。ただ前を見据え、無言でハンドルを握っている。
ワイパーが規則正しく雨粒を弾く音と、静かなエンジン音だけが車内に響く。外では相変わらず、
雨たちが『……ねえ……こっち向いて……』とボソボソと喋り続けている。
普通なら、こんな不気味な状況は不安で爆発しそうになるはずだ。だけど、不思議と嫌なプレッシャーは微塵も感じなかった。
(なんだろう……。この人、なんか安心できる人だな)
バックミラーの隅に映る、彼女のピカピカと輝く警察手帳をぼんやりと見つめながら、私はシートに深く身体を預けた。張り詰めていた緊張が、温かいお湯に溶けていくように抜けていく。
その時、運転席の傘さんが、鋭く息を呑んだ。
「……しまっ――」
ドガァァァァァンッ!!!!彼女の言葉が途切れると同時に、
凄まじい衝撃がパトカーを襲った。
何かに正面衝突したのだ。シートベルトが肩に激しく食い込み、私の身体は勢いよく前方に投げ出され、フロントシートの背もたれに頭を強く打ち付けた。
「痛っ……!?」
火花が散るような痛みに頭を押さえながら、私は必死に顔を上げた。
フロントガラスには、べっとりと大量の赤黒い血が飛び散り、ワイパーがそれを生々しく引きずっている。外の雨たちは、衝突の衝撃に驚いたのか
『……ひっ……なになに……あぶない……』
と怯えたような声を漏らしていた。
私はパニックになりながら、血に汚れた窓越しに前方の景色を凝視した。
パトカーのフロントガラスから、約6メートルほど先のアスファルト。そこに、一人の女性が倒れていた。いや、女性なんて生易しいものじゃない。
あれは、地獄から這い出てきた悪魔そのものだった。アスファルトに転がっているのは、さっき電子の世界で私を解剖しようとした、あの三色髪の美女――クセルだった。
なぜクセルがここにいる?コンセントに飛び込んだ私を追って、現実世界に出てきたのか?それを、傘さんの車が全力で撥ね飛ばしてしまったというのか?
頭の中が真っ白になる。「車から出ないで」傘さんは冷徹な声でそう言い残すと、素早い動きでパトカーのドアを開け、喋る雨の中へと飛び出していった。




