中編
夏は忙しい。
三年は遊んでいる場合じゃないとばかりに受験対策が加えられ、部活ではコンクールに出展する作品と文化祭の作品を並行して行い、生徒会では生徒会独自の活動と文化祭の準備に追われた。
夏休みが終わればすぐに文化祭と体育祭(お祭りは3日連続してあるのが我が校の伝統だが正直迷惑)である。正直どちらかに絞って頂きたい。それもあって小菅との勉強会は時間が減っていた。
その忙しい中で、私よりも部活が忙しい涼音と、文化祭の中心で誰より忙しいであろう塩原(名前はちゃんと覚えた)は付き合い始めたらしい。なんてこと!
同じ文化委員だったのが影響しているに違いない。
ゲームでの小菅と涼音は文化祭を終え、前期(つまり生徒会)が終われば接点がなくなるからと、文化祭で告白、交際スタートだったはずだ。それよりも早かった。
涼音が嬉しそうだったから、他の主人公である友人達みんなと一緒に祝福した。
ちなみに友人たちはそれぞれに順調に攻略…ではなく予定通りの関係を進めている。涼音だけがシナリオを外れているのだ。
私の心境は少し複雑で、罪悪感があって手放しで喜べない。
本人たちが知らないとしても、約束されていた幸せを、涼音からも小菅からも奪ってしまったのは紛れもない事実だ。
***
二日間の文化祭が終われば、翌日は体育祭だ。
文化祭では実行委員に組み込まれてしまうため始終忙しかったが、体育祭はほとんどが体育委員と体育教師陣が運営を担ってくれるため、比較的余裕はできる。
しかし、生徒会長は始まりも終わりもなぜか登壇して話さなければならないのだ。体育委員長が代わってくれればいいのに。
そもそも小菅が生徒会長だったなら、全部小菅に押し付けられることなのに。
それに涼音との恋愛もうまくいって彼らはハッピーエンドに突き進み、私は勉強に全力を注ぎ、今この瞬間も「あぁ大変そうだなぁ」と他人事だったはずだ。返す返すも、森崎め!
体育祭が終わると、片付けながらも「あとは打ち上げだ」とまたみんなが沸きだす。みんな元気だなーと思う。
確かに楽しかったけど疲れた。閉会式でまた登壇して話をした後、どっと疲れが押し寄せてきたのだ。
片付けが始まる頃、小菅が私を呼んで生徒会室に連れていった。
何か片付け残っていたっけ? 考えてみても、思いつかない。
後回しにしたものはあるけれど、それはもう後々でいいやつだ。なんなら後期に引き継いでやろうかと思うくらい後々でいい。
小菅は生徒会室に並んだ机をいくつか除けて、どこから持ってきたのかマットを床に敷くとその上に座った。来いと呼ばれてそばに行けば、手を引かれて隣に座らされる。
「疲れただろ。ちょっと寝とけ」
小菅がそう言ったところで眠れるはずもない。
確かにかなり疲れたけれど、みんなが片付けをしているというのに、こんなところでサボっていていいはずはない。
「大丈夫、森崎先生に許可はとった」
渋っているのを顔から読み取ったらしい。
実の所、反論するのも面倒なくらい疲れてはいた。書道部の体力は無尽蔵ではないので。
「そっか」
それならと、壁にもたれて目を閉じた。というより、座って壁にもたれたら力が抜けたのだ。
たまにはいいことするじゃん、と森崎を目の奥の方(の脳)で褒めた。
後から思えばいっそ保健室で休ませろよという感じだが、その時に思えなかったのはただ本当に疲れていたのだと思う。
体が重い。瞼も重い。重さに引っ張られて、私の意識も沈んだ。
***
突然、頬に冷たいものを当てられて、驚いて起きた。
普段と違う景色にあれ?と分からなくなったが、そういえばと思い出した。場所は生徒会室で、体育祭の後で、ああ寝てしまったんだな、と。
寝ている間はすっかり忘れていたのだ、幸せだった。もう癖なのかもしれないけれど、起きたら左手首の時計を確認して、次の予定を考えてしまった。
すぐに現実に引き戻されてしまう。幸せは長くは続かないのかもしれない。
左側には小菅が同じように座っていて、寝ている間に肩を借りていたみたいだ。頭を起こしたのは左からだったから。重かっただろうなぁ、だから起こしたのかな。
「ごめん、肩借りてたみたい」
離れようとすれば腕を掴まれて引き止められた。
「これ」
小菅が差し出したのはちょっと良い値段のカップのアイス。
「森崎先生が持ってきた差し入れ。溶けるから起こした。もう少し寝かせてやりたかったんだけど、ごめん」
もう少し寝かせてやりたい気持ちより、溶ける方を危惧した結果起こしたと弁明されたが、全然気にしない。少し寝てスッキリした。むしろクラスに行くことを思うと、起こしてくれてありがたいくらいだ。
一緒に渡されたスプーンでありがたくイチゴのアイスを突く。小菅はバニラを同じように突いていた。
「そっちはバニラなんだね」
「鳩村はそっちが良いかと思って」
考えた上で譲ってくれたらしい。
私は小菅の前でいちごのアイスを選んだことも食べたこともないはずだけれど、いちごが好きだとなぜ知っているんだろう? 飴ぐらいしか食べたことないはずだけれど。
お互いに食べ終わると、教室のゴミ箱に捨てようと一袋にまとめた。
立ち上がろうとして、また小菅が「あのさ」と引き止める。なんだろうと思っていると、今度は青い造花を差し出してきた。
ああ、これは文化祭の告白イベントで出てくる花だ。ゲーム中の涼音に渡して、付き合ってくれというのだ。
この花は毎年文化祭の時に一クラスだけが作って販売できる。
その昔、この花を持って告白した人達(複数形!)が恋を叶えたという逸話があり、それからというもの花を作りたがるクラスが多く出てきて抽選制となった。
その花の恋を叶える率はどれほどか知らないが、人気は凄まじい。
見事当選したクラスは、準備は忙しいが、当日はできた花を販売するだけなので、文化祭を満喫できるほどの余裕があるというのも人気の理由である。
そんな花を小菅が差し出してくる。
これの意味とは?と考えたのは一瞬だった。
本来は涼音に渡すはずの花であるのに、フラグひとつも立たずに涼音は塩原のものになってしまった。
花を手に入れたものの、渡す相手が行方不明なのだろう。私なんかに渡すとはそういうことなのだ。そんな小菅が不憫で不憫で、思わず泣いた。
「ごめんね」
「なんで謝る? えっ、泣いてる?」
森崎のせいで。小菅が会長に立候補しなかったせいでもあるけれど。でもやっぱり森崎のせいだから。
口には出せないから、理由を心の中で並べて、伝わらないのは承知で謝っておく。
「受け取ってもいい?」
行き場もなくて私のところに来ただけの花が可哀想だった。ひいては小菅も。
本当に私がもらっていいのかなと思うけれど、捨てられるよりはよっぽどいいと思った。誰かが願いが叶うようにと作った花なのだから。
「あ、ああ」
小菅は泣いた私に少し狼狽えたようだったが、花を手放せて安堵していた。
小さな声で「よかった」というのが聞こえた。それほど近くにいたのだ。
***
つつがなく生徒会活動は終わった。
生徒会関係者ではなくなった私と小菅は、場所を他に移して放課後の勉強会は続いている。
わざわざ付き合わなくてもと思うのだけれど、お互い部活も引退して、生徒会もないので、以前よりも頻度を増した勉強会は都合が良くて、そのまま継続している。
ある日の昼休み、いつものメンバーでお弁当を食べている時に、私に衝撃が走った。
私と小菅が付き合っているというのだ。なんでも、以前からそういう噂はあったらしい。そしてこのほど、正式にお付き合いを始めたとか。
一体誰の話をしているんだろうか。
噂も知らなかったけれど、何を根拠に”正式に”なのか全く分からない。
なのに、私以外には衝撃でもなんでもなさそうなところがちょっと解せない。
「私が誰かと付き合うだなんて、ないない。ありえない。絶対上手くいかないもん」
なにせ卒業までに別れることが決定している女である。ありえない。
「上手く行くかどうかなんて誰にもわからないでしょ」
そう言ったのは涼音だった。涼音がいうと少し違って聞こえた。
予定通りの相手でなくても、涼音は塩原と一緒にいると幸せそうに見える。予定調和がはびこっている世界で、誰よりも自力で掴み取った恋に私には見えていた。
「そうかもしれないけど……でも、私と小菅くんは本当にただ勉強会仲間であって、そういうのとは違うよ。少なくとも私はそう思ってるんだけど」
誤解を解くはずの言葉だが、いまいち解けきれていない気がする。それどころか、残念そうな目でみられている気がする。たぶん、これは気のせいじゃない。
***
小菅に噂のことを話すべきかどうか迷った。
誤解は解いた方が小菅のためかなと思う。それならば誤解を生む原因である勉強会は継続しない方がいい。
けれど、自分勝手なことを考えるのならば、誤解は誤解として、噂はそのうち消えると放置したまま勉強会をしたい。
だって本当に私にとってはやりやすいのだ。それに付き合わせているのは、ほんの少しだけ気が咎めるけれど、そもそも勉強会になったのは小菅が乱入してきたせいでもある。
結論が出ないまま、放課後になり、勉強会に使っている教室にはすでに小菅がいた。いつもと変わりなく声をかけてくるから、少しほっとして、返事をした。
何事もなくいつも通りに時間が過ぎて、帰り支度をした時、小菅は突然言った。
「寄り道しない?」
「いいけど……」
どうして?
帰り道にあるクレープ屋さんでそれぞれクレープを頼んで、近くのベンチに並んで座った。机を並べているときよりも少し近い距離に、なんだか落ち着かない気分になる。
クレープのアイスクリームに意識を向けて、誤魔化してみる。誤魔化されてくれてるといいけど。
「あのさ、春日さんが言ってたんだけど」
春日さん…...って、涼音?
「小菅くんて、涼音と仲良かったんだ?」
それならどうして塩原を選んたんだ、涼音!と誰にも言えないツッコミを入れておく。神様、分かってくださいますか?
「仲良いわけじゃないけど、顔は知ってるし、用があれば話すよ。塩原と付き合ってるだろ?」
そっちか。小菅と塩原はその距離感から友人だろうなとは思ってた。
「で、春日さんが言ってたんだけど。鳩村さ、誰かと付き合うなんてありえないって言ったんだって?」
ん? 矛先がこちらを向いてきた。風向きが良くない気がする。
やはり結論を出して、勉強会を取りやめたほうがよかったのだろうか。
「小菅くんも噂のこと知ってたんだね。私、今日初めて知ったんだよ。びっくりだよね。何をもって正式になのかわか、ら、なくて?」
しゃべればしゃべるほど、小菅の顔がショックを受けたようになり、だんだん険しくなっていくのが見えて、最後はぎくりとしてしまった。
「噂? 何をもって正式か? 鳩村、何言ってんの?」
何言ってるとは、正直な気持ちを正直に言ったまでなんですが、この反応ってどういうこと?
こちらの方が聞きたい。
小菅は一つ一つまるで念を押すかのように確認していった。
「俺と鳩村は、二人だけで、一緒に勉強しているよな?」
している。都合よく利用させていただいている。
「生徒会も一緒、授業も半分は一緒、放課後も一緒な訳だ」
生徒会は終わったし、授業はクラスメイトの半分〜1/3は同じですけど。
「体育祭の終わりにはなったけど、俺は花を差し出したな?」
差し出された。行き場のない花を。
「あの花の由来と意味を知ってるな?」
どんなに興味のない人でも、うちの学校で知らない奴はいない。
「受け取ったな?」
あまりに不憫だったから。
ここまでは確かに、と思って頷いた。けれど。
「俺の気持ちを、鳩村は受け取った。つまりは、俺と鳩村は付き合い始めた。正式に、だ」
ちっがーーーう!!!
受け取ったけど。確かに受け取ったけれども。
私には言えないことがたくさんあって、花を受け取った理由も、泣いた理由も話せない。
小菅が不憫だから受け取ったとは言えない。
それを飲み込むと、どうやっても着地点は「晴れてお付き合いを始めた」になる。らしい。
こんなことになるなんて、本当に思ってもみなかった。ありえない。
「ありえないとは言わせない」
「マジですか」
「なんで、あれを受け取っといて、付き合うって結論にならないかな。確かに、言葉足りなかったって自覚してるけど。鳩村泣くから、覚悟決めて渡したのに、言葉が飛んだわ」
小菅が今までになく早口で。こんな姿を見たのは初めてで。
「ごめん」
「だからさ」
小菅は声のトーンを落として、私の目を見た。逸らせないって、囚われるって、こんな感覚?
目は口ほどに物を言うって、このことかも。
「鳩村。鳩村が好きです、付き合ってください」
頷くべき?
でも、私は。
「別れちゃうのに?」
鳩村紗耶香には卒業の時には彼氏はいないはずで。この先、日本からいなくなる予定で。小菅は国立大学を志望しているはずで。それこそ、涼音と同じ大学に進む予定なのに。
「別れる前に付き合って欲しいんだけど」
確かに。別れるためには付き合う必要がある。
でも別れることが決まってて、それでも付き合うって不毛では?
「なんでそんなこと言い出したのかはひとまず置いておくとして。鳩村、俺と勉強するの、嫌い?」
便利だもの。言い方悪いけど。
「俺が渡した花はもうゴミ箱に入れた?」
可哀想すぎて部屋に飾ってある。
「俺と並んで歩いたり、隣に座ったりするの、死ぬほど嫌?」
今まで散々その状況で、嫌な思いしたことは一度もない。ドキドキしたこともないけど。
小菅がクレープを持つのと反対の手を握る。
「今すぐ振り解きたいって思ってる?」
小菅の質問に全て首を横に振って答える。
聞き方がずるい気はする。だって、そんなことは一つも嫌だと思ったことはない。嫌だって思ってたら、今まで一緒に勉強会なんてしてるはずない。
ただ、好きかと問われたら、友人としては、と答える。それを回避しているのかな。
「小菅が欲しい答えは、そう言うことじゃないと思うんだけど」
「俺の欲しい答えはもらえそうにないから、俺に都合のいい答えにたどり着かせてるの」
「都合のいい答え、ね。今まで通りじゃだめなの?」
「俺はもう無理。もっと踏み込んで、もっと近づいて、鳩村の時間も心も、未来も欲しいって思ってるから、もう無理。でも、鳩村はそのままでいいよ。俺のことが嫌じゃないなら、このまま付き合おう。それで、あげたいと思った時に心を俺にちょうだい」
そんなに想ってもらってるとは全然気づかなかった。本当に気づかなかった。だって、小菅の相手は、本当は違うんだもの。
可哀想だと思って花をもらったことが間違いなら、その責任は取らなくちゃいけないかな。
きっともっと傷つけるかもしれないけれど。
「わかった。いいよ。付き合おうか」
ごめんね。間違えたのは私だから、小菅、あなたに今の時間をあげる。
でも、未来はあげられない。
だって、私たち、絶対に別れてしまうもの。




