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前編

『春待ちのブルー』は少し変わった、でもよくある乙女ゲームだ。

 6人の攻略対象がいて、高校最後の一年を一緒に過ごして恋に落ちるという、ありがちな話である。

 最初に攻略対象を選択すれば、選択肢やテストの成績などでパラメーターが変わる。いくつかのエンドに分岐するだけの、大変わかりやすいゲームである。

 少し変わったところといえば、それぞれの攻略対象にはそれぞれの主人公がいるという点だ。

 攻略対象は6人なので、主人公も6人である。デフォルトの名前も違えば、スチルに描かれる主人公たちの体型も髪型も違うのだ。

 世の中にはハーレムエンドを目指すゲームもあるが、それだけは決してありえない仕様となっていた。

 ゲームに対する感想では「なぜゲームにしたのか、書籍でもいいのでは?」という声もかなり見かけた。その声を反映してか、トゥルーエンドの小説も発売された。

 ますますなぜゲームだったのかと思わないでもないが、起用している声優の選び方が良かったのか、売り上げは悪くなかったらしい。イベントを打てるくらいには人気があり、身の丈にあった規模、グッズの販売で、乙女ゲームを嗜む女性たちは財布の紐を随分と緩めたという。

 とにかく、一風変わったこのゲームの舞台は高校である。県立三原高等学校という普通科高校で、主人公達と攻略対象達とを手助けをするポジションの鳩村紗耶香が通う、県内上位の進学校だ。

 鳩村紗耶香とは、この学校が乙女ゲームの舞台だと知っている私のことである。

 なぜか知っているが、なぜ知っているのかはわからない。

 最近読んでいるライトノベルでよくある前世とか転生とかそういう類なのかもしれないが、このゲーム以外の前世の記憶など蘇ることもないし、住んでいる場所が異世界なわけでもない。だってゲーム世界が現実なわけだから、そこにいる私には現実で、異世界だとしてもそれでも現実で……考えれば考えるほど分からなくなる。

 そういうものなのだと割り切ってしまえば、他のことに集中できるからそうした。知っているものは知っているのだからしょうがない、と。

 手助けするポジションとしてはこの知識は重要だ。そうでなければ手助けなどできないのだから。だから、知っているのかもしれないけれど。

 入学早々、見覚えのある顔を見かけ(でも昔のクラスメイトでないことは確かだった)不思議に思っていた。後で分かったことだが、それは攻略対象の1人だった。同じクラスでお昼ご飯を囲む友人たちを見て気づいたのである。ここは『春待ちのブルー』の学校(舞台)だ、と。

 ゲーム中、紗耶香は主人公たちに「(彼氏がいるって)羨ましい」というようなことを発言する。卒業間際のことだ。

 私は悟った。3年間、何度誰かと付き合ったとしても、卒業までには別れてしまうということだ。別れる理由がなんであれ、そんな恋愛は不毛だ。悲しすぎる。

 終わりの見えている付き合いに時間を割くのも面倒で、恋愛は大学に入ってからでいいと思った。恋にうつつを抜かすよりも、私には学業と部活(書道)の方が大事になった。


 ***


 進みたい道は既に決まっていたから、一年の時に担任の力も借りつつ徹底的に調べて、そのまま入りたい大学を決めた。あとは邁進するのみである。

 学業だけでなく、部活だけでなく、経験と内申を向上させるのに生徒会活動は向いている。

 内申なんて結局は意味がなさそうなところに行こうとしているのだけれど、ないよりはある方がいい。なんなら、先生ウケがいい方が断然いいと思った結果だ。

 3年には勉強と部活に専念しようと思っていたから、1年と2年で可能な限り参加した。

 2年の後期には生徒会長まで務めた。既に表彰ものである。もうこれ以上はやらない。

 3年、4月。さあ、ゲームの始まりだ、私は勉強に打ち込むぞと息巻いていた。そこへ、まさしく青天の霹靂ともいうべき事態が起こった。

 私が教師推薦(意味わからん)で生徒会長の候補者にさせられたのだ。

 3年の前期、生徒会長になるべき人は決まっていた。攻略対象の1人だ。

 それもあって、2年までと決めていたのだ。

 しかし2年の後期に生徒会長を務めたのが仇となったようで、教師推薦などという意味のわからん推薦を受けてしまった。

 おそらく私が生徒会長を務めていた期間が楽だったからに違いない。始終そう言って私にいろんなことを押し付けていた。

 こんなことになるのなら生徒会長にならなければ良かった。後悔してももう遅い。

 生徒会顧問の森崎には他に立候補者がいればその時点で退くことを約束させて、選挙までの期間、生徒会長になるべき小菅奏眞が立候補してくるのを待った。心から待った。

 待てど、待てど、森崎からお役御免のお知らせは来なかった。

 選挙期間が始まると、小菅奏眞はなぜか副会長に名乗りを上げていた。何度胸ぐらを掴んで「お前のポストはそこじゃないだろ」と揺さぶる妄想をしたか分からない。

 実際にはしていない。一度それとなく、さりげなく生徒会長を勧めたくらいだ。

 結局、信任投票となった選挙で、私も小菅も信任を得たのである。

 もちろん私は自分に不信任票を投じたのだが、大した効力がなかった。納得いかない。森崎め。

 小菅が副会長となったせいで、ゲームでは副会長として一緒に活動して恋に落ちるはずだった我が友人、春日涼音は生徒会執行部にいなかった。

 それではせっかくの運命の恋が! と思った私は、涼音に委員長になるように頼み込んだ。

 涼音は文化委員になっていた。委員長になれば生徒会役員の一員である。役員になれば接触の機会はある、はずだ。たぶん。

 最初の生徒会の活動日、私はまたショックを受けた。

 涼音は副委員長だったからである。

 なぜと後で問えば、「だって私、一番上に立つの、向いてないのよ。隣で補佐をする方が向いているの」と言い切った。

 言われてみれば、確かにゲームでも”副”会長だった。役職上、補佐役。

 それでもさ、と思わざるを得ない。

 文化委員長だったら、ミーティングの最中、私と小菅が席を変われば隣同士になったのに。それくらい私のわがままでなんとかしてみせたのに。

 接点がまた薄くなったことで、私はなんだか罪悪感に苛まれている。

 私が生徒会長のポストを(仕方なく)奪ったせいで、ハッピーエンドが約束された(そういうのが運命なんじゃないかと思うのだけれど)恋を壊してしまうのでないかと思うのだ。


 ***


 生徒会長に決まってしまった日、顧問の森崎にいくつかの条件を飲ませた。

 推薦したのは私だとやりやすいからの一点に尽きるらしいので、多少の融通はきかせてくれるらしい。私の進路が学校的に期待値の高いものだったことも関係しているらしい。一年の時の担任だったから、私の進路は完全に把握されているのだ。

 融通してもらったことの一つが、生徒会室を自習に自由に使っていいというものだった。

 図書館ではたまに席が確保できないこともあるし、ヒアリングをするのには気が引ける。教室ではちょっとうるさいし、気が散ることがちょくちょくある。家に帰ればいいのだけれど、学校の方が集中できる。だから専用の自習室は最高だった。

 ある時、ミーティングもない日に生徒会室に行くのを小菅に見つかった。こそこそして隠していたわけではなかったが、誰かに話していたわけでもなかった。

 許可をもらって使っているのだというと、その日のうちに小菅も森崎の許可をとってきて一緒に勉強することになった。

 せっかくの一人部屋だったのにと思いつつも、拒否するのもおかしな気がして(どうせそれぞれ勉強するから)いいよと言ったのだ。

 一人でやりたかったと思ったのは最初だけで、小菅は一緒に勉強するには大変気の合う人物だった。

 二人とも理系クラスだったこともあって、大半の授業が一緒(理系クラスは数が少なくて、割り振られても二分の一の確率で一緒になる)で、当然宿題も同じなのだ。

 進路が同じだったから模試に書く志望校も被っていて、勉強の範囲が一緒だった。

 何より、ネイティブの英語が話せるので、大変良い英会話の勉強になった。

 ゲームでは帰国子女設定だったことをしばらく後に思い出して、私と二人で勉強するときはEnglish onlyの時間にしてもらったのだ。多少……結構辛いが、私の受験のためには大変ありがたいことである。小菅はそんなことは知らないけれども。

 そんな感じで私と小菅の日常は過ぎていった。


 ***


 小菅と涼音の日常はといえば、全く被らなかった。

 同じ生徒会として動いているのに、やはり役職が違うからだろうか。席が隣り合わないからだろうか。

 球技大会の日。涼音が身を挺してまで拾ったボールは、試合にも反映されたが、流血ものの怪我ももたらした。

 ゲームでは小菅が心配して、足を庇いながら歩く涼音を救護所まで送り届けていた。

 予定通り怪我をした涼音は、試合結果をまとめる係になっていた私に「大丈夫だよ」と言って一人で救護所へ向かった。

 小菅はそこにいなかった。試合中だったらしい。

 足を庇って歩く涼音を、文化委員長の塩谷? 塩原だったっけ?(塩は覚えてるんだけど……文化委員長、ごめん)が途中で見つけて、付き添うだけでなく、消毒前に傷口を洗ってから救護所へ連れていってくれたらしい。

 小菅は役を奪われていることさえ気づかずに(当然だけど)、しばらくしてから試合に勝ったと言いにきた。私が結果を記入していたから私に言っただけであって、当たり前だけど深い意味はない。

「おめでとう」と言った私の視線には憐れみという深い意味が隠されていることも、小菅は知らない。


 ***


 とんでもなく残念なことに、日々の生徒会行事も役職の関係で、小菅と涼音は全く接点を持たなかった。ペアを組んで行動するとなれば、生徒会長と生徒副会長、文化委員長と副委員長という割り振りになる。

 私が会長にさえならなければ、こうした日々で親交を深めて恋愛にまで発展したものを……!

 私の思い描いていた三年生の過ごし方と、小菅と涼音の運命の恋をぶち壊した森崎(生徒会顧問)がつくづく憎い。

 それでも、私の進路の件では大変にお世話になっているので、それなりにしおらしく生徒会長をしている。



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