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後編

 ゲームの涼音は、小菅と付き合って以降、家まで送られるシーンがあった。要するに通学路デートだ。

 私の場合であってもゲームと同じ進行なんだろう。

 “正式”に付き合って以降、家まで送られることとなった。

 それまで、放課後ギリギリまで勉強会をやっていたこともあって、帰りは途中までは一緒に帰っていた。なのに、わざわざ遠回りしてまで、とは思う。小菅は私に付き合っているという自覚を持たせるためだと言ってたけれど。

 なんとなく、家がバレたことに危機感を感じた。

 ヒロインが違っても、小菅自体は同じなんだから、思考回路は同じだろう。

 そしたら、次は休日にデートかな……デートは行かなくてもいいんじゃない?


 ***


 案の定、休みの日に遊びにいこうと誘われた。

 もちろん、断った。

 3回断った。本物の予定も架空の予定も詰め込んで。

 4回目は誘われなかった。が、日曜日に小菅が家に来た。

 予告もなく、家のインターフォンを押し、対応した母に彼氏だと宣言してくれた。なんてことを!

 ゲームの攻略対象だけあって、顔はいいんだ。いや、頭もいいけど。こんな時ばっかりは迷惑。

 感激した母が、私をそれはそれは晴れやかな笑顔で送り出すから、断れなかったし、家に早々に帰ることもできない。仕方なく小菅に付き合うことにした。

 ゲームの通りならと水族館を想像していたのに、着いた場所はショッピングモールで。

 手を引かれて行った場所は映画館。チケットは予約済み。

 気づけば見たかった映画を一番いい席で並んで見ている。

 なんで?


 それからは、家に突撃されては敵わないからと、本当の予定以外は誘われたらokするようにした。

 時々連れ出されて、お揃いのシャープペンを買ったり、遠くの大きな本屋へ行って洋書をのぞいたり。きっと、名前はデートだと思う。

 私たち、受験生なんだけど。


 ***


 勉強会をしている部屋で模試の結果を見ていたら、小菅が現れて覗き込んだ。

「理科系、やっぱり鳩村だったか」

 順位を確認したらしい。

「私のだけ見るの、不公平じゃない?」

 そういうと、小菅の分を見せてくれた。数学も英語も取られている。5教科総合も1位らしい。

 志望校判定に目を走らせると、5つ中4つは私と同じだった。学部も同じ。

 私の書く志望校は、行こうとしている学校が一覧にないから、上から書いているに過ぎないけれど。

「鳩村も同じとこ書いてるんだな。本命、どこ?」

 小菅は、やっぱり東京の大学を受けるんだろうなぁ。

 小菅の志望校のうち、3つは涼音と同じだ。学部は違うけれど。きっとその3つのうちのどこかに2人とも合格して進むのだろう。

 正しいハズなのに、なぜか苦い気持ちになるのはなんでだろう?

 置いていかれるような。

 実際に置いていくのは私の方なのだけれども。

 聞かれたことに、どう答えるべきか迷って、質問に質問で返した。

「小菅は東京に行くの?」

「行くよ。受かれば。一人暮らししたいしね」

 私も離れちゃうから、卒業までには別れちゃうんだろうなぁ。元々、彼氏いなかったハズだしね。

 それが少し寂しく感じて驚いた。

 あぁ、さっきのも寂しいって思ったんだ。

 情が移ったのかも?

「そっかぁ」

「鳩村もじゃないの? 志望校、ほとんど東京だろ?」

「私は……。私はね、4月からはニェルヴィスコラに行って、9月からオルヴォシ・エジェテムへ行こうと思ってるよ」

「は?」

 そりゃそうだよね。まず、どこ?ってなるよね。そんな大学ないよなって。

 進路相談の時に毎回同じ反応をされ続けてきた。

 生徒会については森崎を恨んでいるけれども、先生としてはすごく良かった。

 私が留学したいって言った時、無理とは言わないで一緒に調べてくれた。自分でも調べていたけれど、先生として理解してくれて、3年になっても担任じゃないのに配慮してくれてる。

 おかげで、校長とかにまで話がいってるはず。

「私、留学するの。離れ離れになるね」

 小菅は理解が追いついてないのか、びっくりしたまま動かない。

「ごめん。帰るね」

 その間にまだ広げていなかった荷物を、肩にかけて部屋を出た。

 もう今日は何もする気にならない。

 家に帰って、明日までの課題だけこなして、すぐにベッドに入った。

 離れたら恋は終わる。そういうものだ。

 情が移った?

 そんなもので済んでいればいいのに。

 私は好意を自覚した。

 けれど。

 私は小菅のポジションを奪って、約束された幸せな恋を奪って、私を好きだと言った小菅の恋まで壊そうとしてる。

 それなのに、寂しいなんてどうして言えるだろう。

 泣く資格さえないのに、眠る前、少し涙が溢れた。


 ***


 ゲームの中では、卒業間際、鳩村紗耶香に彼氏はいない。だから小菅との付き合いも、長くても数ヶ月で終わる。

 昨日あんな話をしたのだから、別れ話になるんじゃないだろうか。

 ちょっと勉強会行きにくいなと思っていた。

 3時間目、同じ授業になった時。小菅の机を素通りしようと思ったら、腕を掴まれて

「今日、絶対に来いよ?」

 釘を刺された。

 見抜かれてた。

 怖いと思いつつ迎えた勉強会は、驚くほど一昨日と同じ空気だった。

 それからもそれまでと同じように勉強会をしているが、一向に勉強会を辞めることもなければ、別れ話もない。帰る時も家まで送るし、日曜日も変わらず誘いに来る。

 いつ別れ話が来るか身構えていたのが緩んだ頃。

 模試の判定を見た日から、2週間経っていた。

 その日、小菅はいつもの教室にくると、席には座らなかった。

 私はいつも通りの席に座って、入り口の小菅を見た。

「なぁ、離れたら終わりなのか?」

 遂に来た。

 いつくるか分からなかったものが、今日になっただけ。ただ、気が緩んでいたぶん、びっくりしただけ。

「離れるのが先か、終わるのが先かの違いだけだよ」

 距離はいつだって別れを呼ぶ。遠距離恋愛が成り立つなんて幻だ。

 この感覚は、もしかしたら私が鳩村紗耶香になる前の、もうゲームの情報以外何も覚えていない私の覚えている唯一のことなのかもしれない。よほどトラウマなのだろう。

 だから、私の中では離れたら終わりなのは確かだ。

「そうだよな」

 小菅は何か吹っ切れたように笑った。

 なんで笑えるのだろう。この結果は、小菅の恋を壊すものなのに。

「じゃあ、やることあるから、今日は帰るわ」

 そう言って、小菅はバックパックを背負い直し、部屋を出て行った。

 いつか終わると思っていた。そう、数ヶ月の間には終わるって。

 始まるはずもなかった関係で、今まであるはずのない時間を過ごしていた。

 だからきっと、これで終わり。

 私は元のルートに戻るだけ。小菅は戻るルートがあるのか分からないけれど。

 だけど。

 なぜか、こんなに苦しい。

 これじゃ、まるで、私が小菅のことを好きみたい。

 それが腑に落ちた。

 離れ離れが寂しいと思ったのも、別れ話がいつくるか身構えていたのも、来なくて気が抜けたのも、今終わりを知って苦しいのも、全部。

 全部、好きだからだ。

 好意なんて生ぬるい。

 いつの間にかどうしようもなく好きになっていた。

 でも進路も譲れない。どうしても譲れない。

 私は恋を選べない。でも終われそうにない。

 気づいたらダメだった。

 追いかけるどころか、立ち上がることもできなくて、机に突っ伏してただ声を殺して泣いた。


 ***


「鳩村」

 揺さぶられて、目を開けようとしてうまくいかなかった。

 そうだ、泣いてたんだった。

 泣き疲れて寝てしまったらしい。

 顔を上げると、帰ったはずの小菅がいた。

 絶対酷い顔をしているはずで、見られたくなくて、外を見るふりをして顔を背けた。

 外はもうかなり暗い。腕時計を確認したら、下校時刻を過ぎて、そろそろ先生が施錠確認に回る時間。

 起こしてくれたお礼を言って、カバンをかけて帰ろうとしたら、小菅が腕を掴んで止めた。

「どうした?」

 なんて言ったらいい?

 泣いたってバレてるだろうし。目が少し腫れぼったくて見にくいし。見られたくないから、早く離れたい。

 何も言えないでいたら、小菅は私の頭を胸に引き寄せた。そして腕を私の背中に回すから、暖かくて。熱が何かを溶かしていくみたい。

 今、小菅が何を言っても頷いてしまいそう。そんな気がする。

 抱きしめられれば余計に感じる。

 もうダメなんだってわかる。

 離れ離れになったって終われない。

 小菅の胸を少し押して離れた。

 少し上を向けば顔がある。

 私の背が高めでよかった。背伸びすれば届くから。

「好きだよ」

 そう言って、背伸びして唇に瞬きのようなキスをした。

 小菅は驚いた顔をして、唇に手を当てている。それがなんだか可愛い。

「私、わかったの。さっき、離れるのが先か終わるのが先かの違いって言ったけど、たぶん違うね。終われるかどうか、だね。私は無理だと思う」

「……それって、終わりたくないって思ってくれたってことでいい?」

「うん」

「好きって言った?」

「うん」

「そっか。そっかぁー」

 小菅は、深くため息をついてその場でしゃがみ込んだ。

「よかった。ほんと」

 額に手を当てて動かない小菅を見下ろして、こんなふうに見るのは初めてだ。

 小菅とは座って向かい合ってる時間が多いから、いつも顔を正面から見ている。その顔を見たくて、私もしゃがんだ。

「よかったの?」

「もちろん。俺はもちろん別れるつもりなかったし」

 ガチャリ。

 振り返れば日直の先生がドアを半分開けたところだった。

「お前らか。どうした?大丈夫か?」

 2人でうずくまっているから、何事かとは思うかも。

「落とし物探してただけなんで、大丈夫です」

「そうか。というか、小菅、お前帰ったんじゃなかったのか?」

「忘れ物、取りに来たんで」

「まあいい。早く帰れよ。もう締めるぞ」

 そう言って、ドアを全開にした。

 私たちはそれぞれの荷物を持って、先生にさよならを言い、街灯に照らされた帰り道を辿った。

「それでさ。明日言おうと思ってたんだけど。今日はもう会うと思ってなかったからさ。……俺、志望校、変えて来た」

「え?」

 思わずその顔を見上げる。

「俺、医学部選んでたんだけど、そりゃ施設とか?行きやすさとか?学費とか?その辺は見てたけど、別に入れるとこに入って勉強して、医者になればいいと思ってたんだよね。結果が同じならさ。だから、まず留学って選択肢があることに驚いたんだよね」

「まぁ、一般的じゃないよね」

「でさ、調べたんだよ。親にも話した。そんで、届くと思った」

 まさか、って。もしかして、って。

 そんなことあっていいのかな。だって、それは、あまりにも予定外。

「たぶん、鳩村と同じくらい、届くって思った。だから、今日、俺も9月からオルヴォシ・エジェテム?行くって学校に言ってきた」

「なんで!?」

「鳩村と勉強会してたおかげ。だから俺にも届きそうな範囲だってわかった。親の説得はそう大変じゃなかったし。医者になる過程は、まぁ、多少ハードル上がったけど。医者になってから追いかけるより今の方がハードル低いだろうし」

「終わりだって言ったから、終わるかと思った」

「そんな簡単に諦めよくなれない」

 そうだった。この人は。

 私から望んだ答えが出ない上で、付き合う道筋を作った人だった。

 とても嬉しいと思うなんて。

 私は小菅の運命をことごとく曲げてしまった。それがいいのか悪いのかもうわからない。

 でも、いつも、私を望んでくれることがこんなに嬉しい。

「でもあれはなぁ。今日、志望校、鳩村とおんなじとこにするって言いに行ったら、進路指導室、大変だった。ほんと。6対1で面談になるとは思わなかった」

「あぁ、あれね」

 思わず笑ってしまった。私の時もその面談は開かれたのだ。もう随分と前だけれど。

「しかもこんな時期に言い出すから、余計色々言われたんじゃない?」

「ああ、もうそれは、目一杯言われた気がする。でも、届くってわかったら、もう諦められないでしょ」

 小菅がそう言って笑う。その顔はちょっと不敵だ。

 何を言ったらいいかわからない。ありがとうも嬉しいも何か違う気がして。

 でも、気持ちが溢れそうで。

「だから、明日からも一緒に勉強会しような。行き先、一緒なんだし」

「うん!」



 ***



 卒業旅行を計画するほどの時間と余裕がなくて、仲のいいメンバーでパーティーをした。私と、ゲームのヒロインたちのお弁当メンバー。そして、その彼氏たちで。

 ほとんどはシナリオ通り、ハッピーエンドを迎えていた。

 涼音は、やはりシナリオを外れているらしい。

 東京の大学に行くものと思っていたが、隣の県の大学に自宅から通うことになっていた。塩原も同じ大学ではなかったが、近隣ではあるらしい。

 きっと涼音と小菅の2人なら東京を選んでた。

 お互いに合わせてたのだと、今ならわかる。

 涼音は塩原に、小菅は私に合わせた。2人は、離れてしまわないよう相手に合わせるよう選ぶ性格だったのだろう。

 小菅だったから、今、隣にいられるのだ。小菅じゃなかったら、やっぱり私に彼氏はいなかったに違いない。

 小菅が進路を急に変えた話は、時期が時期なだけに、すぐに学年中を駆け抜けた。

 それを聞いたいつものお弁当メンバーは、もちろん私の進路を知っているからこそ、浮き足だった。当事者以上だったし、小菅の株が上がっていた。

 今も、涼音の「うまく行くかなんて誰にもわかないでしょ」の言葉が、ずっと残ってる。

 そのとおりだったね、涼音。

 絶対に上手くいかないと思っていたのに、絶対なんてなかった。

 私たちはシナリオ(運命)を外れていたのに、好きな人の隣にいられるんだもの。



 それぞれの家族に見送られて、保安検査場を通り抜ける。

 小さなボストンを持って、搭乗ゲートの待合まで歩く。

 この場所を2人で歩くことになるなんて、1年前は思ってもなかった。

 隣に座った小菅を見て、不思議よりも安心する。この距離が当たり前になっている。

「いよいよだな」

「ドキドキしてる?」

「そりゃあ、親としか飛行機乗ったことなかったし」

「私もだよ」

「でも2人だ」

「うん、心強いよ」

 搭乗ゲートの案内が始まった。

「行こうか」

 小菅が立ち上がって手を差し出す。

 私は立ち上がってから、その手を握った。

 そういえば、青い花のこと言ってないや。

 まぁいいか。向こうで部屋に飾ってたら、きっと気づいてくれるだろう。

 驚く顔が楽しみだ。


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