7話
控室の鏡の前で、ハルトは微動だにせず立っていた。純白の正装に銀糸の縁取り、そして裏地にはサリーナの青。
ふと、控室の扉が叩かれた。入ってきたのはカキだった。
カキ「……お前、顔が怖いぞ。もう少し笑え。」
ハルト「笑えるわけないだろ、こんなの。心臓がうるさくて死にそう。」
カキ「死なないから安心しろ。ほら、花嫁の準備ができたそうだ。迎えに行ってこい。」
扉の先にはサリーナがいた。
銀と青を基調にしたドレスがサリーナの身体を包み、裾に散りばめられた氷の結晶を模した銀色の刺繍がきらめく。裏地に仕込まれたハルトの目の色の黄色が、歩くたびに裾の奥に覗いては隠れる。
ハルト「……きれい。行こう。」
ハルトの指がサリーナの指に絡む。二人は並んで歩き始めた。
司祭が聖典を開き、古い言葉で祝詞を唱え始める。誓いの言葉ではハルトは聖堂の隅々まで届く声で宣誓した。
ハルト「病める時も健やかなる時も、俺のすべてを捧げます。」
指輪の交換でサリーナの薬指に銀の輪を滑らせながら、声は出さずに小さく唇だけ動かした。
ハルト「もう誰にも渡さない。」
式が進み、誓約の口づけを交わす段になって、ハルトはヴェールを上げたサリーナの顔を間近で見つめた。
ハルトの唇が、サリーナにそっと触れた。
聖堂を震わすような拍手が湧き上がる中、ハルトだけはサリーナから目を離さない。
サリーナは赤くなっている。
カキは列から立ち上がって拍手しつつ、隣のライトにだけ聞こえる声量で。
カキ「あいつ、完全に自分の世界に入ってるな。」
ライト「ハルト殿下のあんな顔、初めて見ました。」
カキ「妹を頼むぞ、とは言ったが……あれはもう誰の言葉も聞こえてないだろうな。まあ、ハルトなら安心か。」
バルコニーへ移る道すがら、ハルトはごく自然にサリーナを横抱きにした。
腕の中のサリーナにだけ聞こえるように
ハルト「ねえ、さっきのキス。もう一回していい?」
サリーナ「え?恥ずかしいよ....。」
恥ずかしがるサリーナを見て、目を細めた。腕の力がほんの少しだけ強くなる。
ハルト「恥ずかしがってるさーちゃんも好き。」
カキはバルコニーの扉の前で待ち構えていて、呆れた顔で
「おい、せめて人前では下ろしてやれ。お前の兄として俺の立場も考えてくれ。」
カキの声に、ようやくサリーナを床に下ろした。
ハルト「兄上、今日は来てくれてありがとう。」
カキ「おめでとう、2人とも。幸せにな。行ってこい。」
カキがバルコニーの扉を開けると、民衆の興奮は最高潮に達していた。口笛を吹く者、手を振る者、中には感極まって泣き出している者までいる
見渡す限りの人の海が広がっている。ハルトは外を向いた途端、すっと表情を整えた。
民衆が静まり返った。
ハルトは民を見下ろしながら、サリーナの手を取り、高く掲げた。
ハルト「本日、俺たちは夫婦になった。この先何があろうと、俺が守る。それだけだ。」
一拍の沈黙のあとに割れんばかりの拍手と歓呼が返ってきた。
民への挨拶を終えた途端、サリーナだけを見て、耳元に口を寄せる。
ハルト「ねえ、早く二人きりになりたい。」
サリーナはくすっと笑って「あと晩餐会が終われば2人きりだよ」
ハルト「長い。」
カキは背後からハルトの肩をぽんと叩いた。
「おい、ハルト。顔に出てるぞ。」
ハルトはぎくりと振り返る
「出てない。」
式典が終わり、晩餐会が始まる




