2話
ハルトの血の気がひき、黄金色の瞳から一切の温度が消えた。指先から冷気が滲み出し、窓枠に霜が這う。
「……さーちゃん、どこ!」
ハルトは部屋に残された魔力の痕跡を読み取った瞬間、表情が完全に変わった。
「砂の魔術の残滓……あの野郎。」
歯を食いしばりながら、残留する転移魔術の残滓に手をかざす。追跡しようと魔力を練り上げたが、術式がすでに焼き切れていた。
ハルトは転移魔法でカキの執務室へ向かった。
「兄上!姉上が攫われた!ザルハーンの第一王子だ。今すぐ騎士団を動かしてくれ。」
カキは弟の尋常ではない様子に眉をひそめる。
「落ち着け、ハルト。何があった。」
ハルトから冷気が漏れ、魔力が暴走しかけている。床、窓ガラスに霜が張り、空気中に雪のような氷の結晶が舞っている
「落ち着けるわけないだろ……! 姉上の部屋に残ってたのはザルハーン王国の転移術式だ、砂属性の。あの男が前から姉上を狙ってたのは知ってたのに!俺がずっとそばにいればこんなことには……!」
言葉の途中で唇を噛み、こぼれかけた感情を押し殺すように息を吐いた。しかしその呼気すら凍てついて、冷気が室内に満ちていく。
カキは椅子から立ち上がり、弟の肩に手を置いて
「騎士団団長のライトを呼ぶ。それと、ハルト。単独で行くな。」
「俺が追う。早く行かないと姉上が....!」
「一人で突っ込むな、ハルト!」
カキの言葉を聞く前にハルトは転移魔法で行ってしまった
ハルトは城の中庭に出ると目を伏せ、両掌を地面に押し当てる。探知魔法の網を薄く、細く、蜘蛛の巣のように広げていった。
「見つけた。ザルハーン王宮の東棟……あのクソ王子、自分の居住区に直接引っ張り込んでやがる。」
ハルトの足元に巨大な魔法陣が展開され、青白い光が中庭の噴水を一瞬で凍結させた
ライトは転移しようとするハルトの襟首を掴んだ。
「単独行動は許可できない、殿下。俺も行く。」
振り返りもせず
「離せよ、ライト。姉上が待ってるんだ。」
ライトは掴んだまま離さずに
「だからこそ、だ。お前が先走って罠に嵌まれば、助けられるものも助けられなくなる。カキ殿下からの命令だ、俺も連れて行け。」
「……チッ、わかったよ。でも姉上に何かあったら、お前ごと凍らせるからな。」
「ああ、覚悟しておく。」
二人が魔法陣の上に立った瞬間、光が弾けるように膨れ上がったかと思うと、次の瞬間にはもう景色が変わっていた。乾いた風が頬を叩き、目に映るのは果てしなく続く砂丘と、ザルハーン王国の王宮は、陽光を反射して目が眩むほどに輝いている。
ハルトは着地するなり、周囲の気配を冷たい魔力で探る。
「東棟は……あっちだ。」
ライト「正面から行くか? それとも。」
ハルト「姉上の前で格好つけたいんだよ。派手にやらせろ。」
一方、サリーナはその頃
サリーナが目を開けたとき、そこは見知らぬ天蓋の下だった。重たい絹のカーテンが幾重にも垂れ下がり、焚かれた香が甘く重く漂っている。ニマルディアの城とは何もかもが違う、乾いた熱を含んだ空気が肌にまとわりついた。手首には魔力封じの細い腕輪が嵌められていて、淡い光を放っている。
ザルハーン王国の王子ジックは寝台の傍らに置かれた長椅子に腰掛け、褐色の長い脚を組んでいた。切れ長の目がゆっくりとサリーナへ向けられた。
ジック「目が覚めたか。手荒な真似をしたつもりはないが……気分はどうだ、ニマルディアの王女殿。」
サリーナ「ここは...?!帰りたい、帰して」
ジック「怯える必要はない。……いや、無理もないか。
ここはザルハーン王宮、俺の私室だ。お前の弟がどれだけ優秀な魔術師だろうと、この結界の中では探知も容易ではない。」
ジックの言葉通り、部屋を囲む壁には砂の術紋が幾重にも走っており、外部からの魔力干渉を遮断する造りになっていた。サリーナの手首に巻かれた魔力封じの腕輪と合わせれば、二重の檻と言っていい
ジック「喉が渇いているだろう。毒など入っていない、安心しろ。俺の花嫁になるかもしれない女に、そんな無粋な真似はしない。」
サリーナ「いらない」
ジック「強情なところは嫌いじゃない。だがな、王女殿。ここはお前の国から馬で何日もかかる場所だ。」
東棟の廊下の遥か遠くで、何かが砕ける音が響いた。石壁が軋み、香の煙が不自然に揺らぐ。ジックの護衛兵たちの怒号がくぐもって聞こえ、それもすぐに途絶えた。
ジック「……思ったより早いな。だがこの部屋にいることは分からないだろう。」
廊下を伝って冷気が這い上がり、結界にひびが入る音が鳴り響く。




