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姉上は渡しません  作者: 燈明春


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3話

結界が破れ、扉が開いた瞬間、冷気が廊下から流れ込んできた。ジックの護衛兵が二人、氷の柱に閉じ込められたまま廊下の壁際に並んでいる。意識はあるが指一本動かせない、見事なまでの無力化だった。



銀髪が乱れ、肩で息をしながらも、その目だけは刃物のように研ぎ澄まされている。視線がジックを射抜き、次いでサリーナの姿を見つけた途端、ほんの一瞬だけ瞳が潤んだ。


ハルト「さーちゃん!」



ジック「噂通りだ、氷の王子。だが随分と息が上がっているな、ここまで来るのに相当無理をしたと見える。」



答える代わりに、ハルトの右手から氷の槍が三本、音もなく生成された。



ハルトの背後からライトが現れ、抜剣したままジックとの距離を測る。


ライト「殿下、殺すな。外交問題になる。」



ハルトは横目でライトを睨む。


ハルト「知るか。さーちゃん、そこから動かないで。腕輪壊すから!」



ライトの剣が届く寸前、ジックは笑っていた。最初からこの展開を読んでいたかのような、嫌味なほど余裕のある笑み。砂の魔法陣が足元に瞬時に展開され、褐色の腕がサリーナのいる寝台へ伸びる。


ジック「悪いな、手札は多いほうが好きなんだ。」



ハルト「さーちゃんっ!!」


叫びと同時に放った氷撃が、ジックの残像を貫いたが手応えがない。砂埃だけが舞い散り、サリーナがいた場所には魔力残滓しか残っていなかった。ハルトは膝から力が抜けそうになるのを堪え、震える指で床に触れる。



血走った目で探知魔法を再起動させる。先ほどとは比べものにならない密度の魔力が全身から噴出し、銀髪の毛先が逆立った。体が限界を訴えているのに、ハルトはそれを完全に無視している。


ハルト「追えるに決まってんだろ……姉上の魔力は、俺には分かる……っ。」

ハルト「王宮の地下、祭壇の間。あそこは……あいつの魔力炉だ。」




ジックは祭壇の間に着地した瞬間、息が乱れた。(想定より遥かに早い。あの小僧、姉のためとなると本当に化け物じみた魔力量を出してくる。)


ジックは舌打ちしながら懐から小瓶を取り出した。


琥珀色の液体が揺れている。


それはザルハーン王家に代々伝わる秘薬――『契約の聖薬』。


本来は王家同士の婚約が正式に結ばれた後、魂の婚約契約を交わす際に用いられるものだった。


飲んだ者の魔力を活性化させ、祭壇で儀式を行うことで二人の魂を結びつける。


しかし、その契約は本来、互いの同意があって初めて成立する神聖なものだ。


ジックは小瓶を見つめながら苦く笑った。


ジック「本来なら、こんな形で使うつもりはなかった。」


拘束魔法で四肢を縛られたサリーナは警戒するように身を引く。


サリーナ「何をするつもり……?」


ジックは答えず祭壇中央へ歩み寄る。


床に刻まれた古代文字が淡く輝き始めた。


ジック「この祭壇で契約を結べば、お前はザルハーン王家の正式な婚約者となる。」


サリーナ「嫌よ。」


即答だった。


だがジックは目を伏せるだけだった。


ジック「そう言うと思った。」


遠くで轟音が響く。


護衛たちの悲鳴。


そして空気そのものが凍りつくような冷気。


ジックの表情が険しくなる。


ジック「もう来たか……。」


石壁に霜が走り始める。


階段の方角から、とてつもない魔力が迫っていた。


ジックは決断したように目を閉じる。


ジック「時間がない。」


そして契約の聖薬を開封した。


祭壇の魔法陣が眩く輝き始める。


ジックがサリーナへ手を伸ばし、聖薬を飲ませる。


サリーナの手首に刻まれた契約紋が淡く光り始める。


祭壇に広がる魔法陣と共鳴するように、黄金色の光が足元から立ち昇った。


サリーナは苦しそうに胸元を押さえる。


サリーナ「……っ」


体が熱いわけではない。


けれど、自分の中にある回復魔法の力が勝手に引き出されていくような奇妙な感覚に襲われていた。


ジックは空になった契約の聖薬の小瓶を見下ろし、小さく息を吐く。


ジック「もう始まっている。祭壇が契約対象を認識した。」


その瞬間――


地下祭壇の天井全体が凍り付いた。


轟音と共に氷が砕け散り、銀髪を振り乱したハルトが降り立つ。


ハルト「姉上から離れろ!!」


氷刃が唸りを上げる。


砂壁が二枚砕け、三枚目にも大きな亀裂が走った。


ジックは舌打ちしながら後退する。


ライトも続いて祭壇へ飛び降りた。


ライト「殿下、殺すな。外交問題になる。」


ハルト「知るか。」


だが次の瞬間、ハルトの視線はサリーナへ釘付けになった。


祭壇の光がサリーナの体を包み込み、手首の契約紋が脈打っている。


ハルトの顔から血の気が引いた。


ハルト「……何をされた。」


ジック「魂の婚約契約だ。」


静かな声だった。


ジックは崩れた石柱に背を預けながら続ける。


ジック「契約が完成すれば、サリーナはザルハーン王家の正式な婚約者となる。」


ハルト「ふざけるな。」


ジック「まだ完成はしていない。だが止めなければ数分で終わる。」


ハルトは祭壇へ駆け寄る。


サリーナの指先は冷たくなり始めていた。


魔力が契約陣へ吸い上げられている。


ハルト「さーちゃん!」


サリーナはうっすらと目を開く。


サリーナ「……ハルト……」


その声を聞いた瞬間、ハルトは安堵と怒りで震えた。


祭壇の契約紋に手を叩きつける。


莫大な氷属性魔力が流れ込み、祭壇全体が凍結していく。


ジックが目を見開いた。


ジック「正気か!? 無理に止めれば反動で――」


ハルト「関係ない。」


黄金色の瞳が冷たく輝く。


ハルト「姉上が望まない契約なら、全部壊す。」


祭壇に亀裂が走る。


契約紋が悲鳴のような音を立てて崩れ始めた。


光が弾ける。


サリーナの手首に浮かんでいた紋様も砕け散り、粒子となって消えていった。


ハルトは崩れ落ちそうになったサリーナを抱き留める。


ハルト「大丈夫。もう終わったから。」


サリーナは力なくハルトの服を握る。


サリーナ「……助けてくれて、ありがとう。」


その一言だけで、ハルトの張り詰めていた糸が切れそうになった。


額をサリーナの肩へ押し当てる。


ハルト「無事で……本当によかった。」


祭壇の向こうで、ジックは静かに目を閉じた。


自分の敗北を悟ったように。


しかしその口元には、どこか諦めきれない笑みが浮かんでいた。


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