16話
ニマルディア王国の王城は、かつてないほどの賑わいに包まれていた。
今日は第二王子ハルトと第一王女サリーナの婚約披露宴。
王族、貴族、各国の使節団まで招かれた盛大な宴だった。
大広間には無数のシャンデリアが輝き、楽団の演奏が優雅に響いている。
だが。
会場中の視線を集めていたのはただ一組だった。
ハルトとサリーナである。
純白のドレスに身を包んだサリーナは、誰もが息を呑むほど美しかった。
その隣には正装姿のハルト。
普段より少し髪を整えた姿は、まさに絵本に出てくる王子そのものだった。
もっとも――
本人は周囲など全く見ていなかった。
ハルトの視線は最初から最後までサリーナだけに向いている。
カキは遠くから見てため息を吐いた。
カキ「おい。」
ハルト「何。」
カキ「少しは周り見ろ。」
ハルト「見てる。」
カキ「見てないだろ。」
ハルト「さーちゃん見てる。」
即答だった。
カキは頭を抱えた。
ライトが肩を叩く。
ライト「いつものことです。」
⸻
宴が始まり、来賓たちが次々と祝福に訪れる。
サリーナは笑顔で応対していた。
だが。
ハルトはずっと隣にいる。
ぴったり。本当にぴったり。
少しでも人が近づけば視線を向ける。
男性貴族が話しかければさらに近づく。
若い貴族令息が笑顔で話しかけた瞬間など、
サリーナの腰に手を回していた。
サリーナ「ハルト。」
ハルト「何。」
サリーナ「近い。」
ハルト「婚約者だから。」
万能の言い訳だった。
⸻
やがて音楽が変わる。
舞踏会の始まりを告げる曲だった。
国王が微笑む。
国王「主役たちが最初の一曲を。」
会場から拍手が起こる。
ハルトは当然のようにサリーナへ手を差し出した。
黄金色の瞳が優しく細められる。
ハルト「さーちゃん。」
サリーナ「うん。」
その手を取る。
大広間の中央へ進む二人。
楽団の演奏が始まった。
ハルトの手がサリーナの腰を支える。
もう片方の手は優しく指を絡めるように握った。
サリーナ「緊張してる?」
ハルト「全然。」
そう答えたが。
少しだけ握る手に力が入っている。
サリーナは小さく笑った。
「嘘。」
ハルトが少しだけ視線を逸らす。
図星だった。
サリーナの前では最強の魔法使いも形無しである。
⸻
ゆっくりと踊りながら。
ハルトは誰にも聞こえない声で囁いた。
「綺麗。」
サリーナの頬が赤くなる。
「ありがとう。」
ハルトは首を横に振る。
「違う。」
「え?」
「思ってたよりずっと綺麗。」
真顔だった。
サリーナは思わず目を逸らす。
ハルトはそんな反応を見て微笑んだ。
そしてさらに近付く。
「今日ずっと思ってた。」
「何を?」
「自慢したい。」
サリーナは思わず吹き出した。
「何それ。」
ハルトは真剣だった。
「俺の婚約者だって。」
その言葉に胸が熱くなる。
⸻
曲が終わりに近づく。
会場中が二人を見守っていた。
だがハルトにとっては関係なかった。
今見えているのはサリーナだけ。
ずっと昔から好きだった人。
守りたいと思った人。
そしてこれから一緒に未来を歩く人。
ハルトはそっと額を寄せる。
触れるか触れないかの距離。
黄金色の瞳が幸せそうに細められる。
「さーちゃん。」
「なに?」
「今日。」
ハルトは少し笑った。
「人生で一番幸せ。」
サリーナの瞳が優しく揺れる。
「私も。」
その答えを聞いた瞬間。
ハルトは本当に嬉しそうに笑った。
氷の王子と呼ばれる彼が見せる、サリーナだけのための笑顔だった。
そして大広間には大きな拍手が響く。
誰もが祝福していた。
ニマルディア王国の王女と王子。
二人の未来を。
そして何より――
誰よりも幸せそうな婚約者たちを。
宴はまだ続く。
けれどハルトにとっては十分だった。
隣にサリーナがいる。
それだけで、世界は満たされていた。




