15話
王城の中庭は騒然としていた。
突然現れた巨大な転移魔法陣。
そしてその中心に立つハルトたち。
何より目を引いたのは――
サリーナを抱き上げたまま離そうとしないハルトだった。
カキが額を押さえる。
カキ「……ハルト。」
ハルト「何。」
カキ「そろそろ下ろせ。」
ハルト「嫌。」
サリーナ「ハルト……。」
少し恥ずかしそうな声だった。
だがハルトは離さない。
攫われていた間の不安がまだ消えていなかった。
国王「無事で何よりだ、サリーナ。」
サリーナはようやくハルトの腕の中から顔を出した。
サリーナ「ご心配をおかけしました、お父様。」
国王は頷く。視線がジックへ向く。
空気が一瞬で張り詰めた。騎士たちが警戒する。
当然だった、サリーナを攫った張本人なのだから。
ジックは静かに前へ出た。
そして、国王へ深々と頭を下げる。
周囲がざわつく。ザルハーン王国第一王子が頭を下げたのだ。
ジック「今回の件について謝罪したい。」
静かな声だった。
ジック「サリーナ王女を攫ったことも、ニマルディア王国へ迷惑をかけたことも、全て俺の責任だ。」
カキが目を細める。
国王も黙って聞いていた。
ジック「言い訳をするつもりはない。」
少しだけ視線を落とした。
ジック「俺は呪いを終わらせるためなら何をしてもいいと思っていた。」
その言葉には後悔が滲んでいた。
サリーナは静かに見つめる。
ジック「だが間違っていた。」
ハルト「今さら。」
ジック「そうだな。」
否定しなかった。
ジック「だから謝罪する。申し訳なかった。」
長い沈黙。やがて国王が口を開いた。
国王「顔を上げよ。」
ジックが顔を上げる。
国王「許すとは言わん。」
ジックは頷いた。当然だと思った。
だが次の言葉は予想外だった。
国王「だが、お前が呪いを終わらせるために戦ったことも事実だ。」
カキも頷く。
国王「今回だけは不問にする。」
ジックの目がわずかに見開かれた。
国王「二度目はない。」
ジック「……承知した。」
ジックは静かに頭を下げた。
⸻
その時だった。
ハルトが突然サリーナを抱え直す。
サリーナ「ハルト?」
ハルト「もう終わったよね。」
カキ「終わったな。」
ハルト「じゃあ帰る。」
カキ「どこに。」
ハルトは当然のように答えた。
ハルト「さーちゃんの部屋。」
全員が固まる。
ライトが頭を抱えた。
国王も嫌な予感がした。
カキが聞く。
カキ「何しに。」
ハルトは本気で不思議そうな顔をした。
ハルト「一緒にいる。」
カキ「今も一緒だろ。」
ハルト「足りない。」
即答だった。
サリーナが顔を赤くする。
サリーナ「ハルト……。」
ハルトは真顔だった。
ハルト「だって攫われた。」
サリーナ「うん。」
ハルト「二回も。」
サリーナ「うん……。」
ハルト「だからしばらく離れない。」
全く反省していない。
カキは深いため息をついた。
⸻
その日の夜。
サリーナの部屋。
ようやく静かになった頃だった。
サリーナはソファに腰掛けていた。
向かいにはハルト。……ではない。
隣だった。ぴったり肩が触れる距離。
サリーナ「向かい空いてるよ?」
ハルト「遠い。」
即答。
サリーナは苦笑する。
攫われる前より距離が近くなっている気がした。
いや、確実になっている。
ハルトはサリーナの肩に頭を預けた。
サリーナ「疲れてる?」
ハルト「うん。」
珍しく素直だった。
サリーナは優しく頭を撫でる。
ハルトの瞳が細くなる。
心地良さそうだった。
しばらく沈黙が続く。
その静かな時間を破ったのはハルトだった。
ハルト「さーちゃん。」
サリーナ「なに?」
ハルト「婚約しててよかった。」
サリーナは目を瞬く。
ハルトは真剣だった。
ハルト「あの時ずっと思ってた。」
手を握る。
ハルト「絶対取り返すって。」
黄金色の瞳が真っ直ぐ向けられる。
ハルト「俺の婚約者だから。」
サリーナの顔が一気に赤くなった。
サリーナ「そういうこと普通に言う……。」
ハルトは首を傾げる。
ハルト「事実だし。」
悪気はゼロだった。
⸻
その頃。
客室では。
ジックが一人、窓の外を見ていた。
月明かりが差し込む。
静かな夜だった。
ふと今日の出来事を思い出す。
サリーナ。ハルト。
命を懸けて守ろうとしていたハルトの顔。
ジックは小さく笑った。
ジック「敵わないな。」
最初からきっとずっと勝負になっていなかった。
そう呟きながら、静かに夜空を見上げるのだった。




