第八話
第八話
ギルドを出た頃には、昼前になっていた。
ラウムの通りは朝よりさらに賑わっている。荷車が行き交い、露店からは肉の焼ける匂いが漂っていた。
レンは革袋へ入った報酬を軽く揺らす。中で硬貨が鳴った。
「思ったよりちゃんと貰えるんだな」
『依頼難度に対しては平均的報酬額と推定されます』
「基準が分からないんだよなぁ」
薬草採取の報酬は銀貨数枚。生活費としては十分らしい。少なくとも、宿代を払って数日困るような額ではなかった。
レンは通りを見回した。
武器屋、防具屋、露店、荷運びをしている獣。道具や建物には荒さがあるが、人の流れはしっかり機能している。
この街は、思った以上に活気がある。
完全な中世という感じでもなかった。
生活の匂いがあった。
「……腹減ったな」
『本日の摂取カロリーは不足しています』
「便利だけど風情ないな、その言い方」
通りの端に、湯気を上げている屋台が見えた。
大鍋からは香草と肉の匂いが漂い、細長い麺が湯の中で揺れている。
レンは少し目を細めた。
「……ラーメンっぽいな」
『類似率六十三パーセント』
「微妙だな」
屋台へ近づくと、店主らしい男が豪快に鍋をかき混ぜながら声を上げた。
「兄ちゃん、食ってくか?」
「おすすめは?」
「角兎の骨煮込み麺だな!」
レンは少し考えた後、小さく頷く。
「じゃあそれで」
「毎度!」
木製の椀へ盛られた麺料理が差し出される。
白っぽいスープに、香草と肉、それから太めの麺。
レンは席へ座り、立ち上る湯気を眺めた。
「……見た目はかなりそれっぽい」
『香辛料成分を確認』
「いただきます」
麺を啜る。
塩気は強めだったが、妙に癖になる味だった。
「……あ、美味いなこれ」
『高塩分、高脂質です』
「ラーメンにそういうこと言うなよ」
『栄養バランスに問題があります』
「夢がないなぁ……」
レンは苦笑しながら、もう一口麺を啜った。
周囲では冒険者たちが昼酒を飲み、商人たちが値段交渉をしている。
雑多で騒がしい。
だが、不思議と嫌ではなかった。
レンは少しだけ肩の力を抜く。
「……なんか、ちゃんと異世界だな」
『艦長の想定との差異を確認』
「もっとこう……滅亡寸前みたいなの想像してた」
『現地文明は安定的社会構造を形成しています』
「まあ、魔物はいるけどな」
『本日も遭遇済みです』
「言い方が事務的すぎる」
食べ終えたレンは小さく息を吐き、そのまま通りを歩き始めた。
途中、露店に並べられた鉱石へ視線が止まる。
淡く青白く発光していた。
「……あれ、魔石か?」
『高濃度エネルギー反応を確認』
店主が気付いたように声をかけてくる。
「兄ちゃん、魔石見る目あるな。そいつは東鉱山産だ」
「結構高いのか?」
「質次第だな。魔道具にも使うし、魔術師連中が買っていく」
レンは軽く頷いた。
この世界では、魔法がちゃんと社会へ組み込まれているらしい。
火を灯すだけではない。
生活そのものに使われている。
『魔力利用文明の可能性を確認』
「便利そうだよな」
『解析優先度を上昇させます』
「頼む」
レンは露店に並ぶ魔石をもう一度眺めた。
淡い青白い光。内部では霧のようなものがゆっくり揺れている。
ただの鉱石には見えなかった。
周囲の人々は、それを当たり前のように売買している。
魔法。
魔物。
魔石。
この世界では、それらが特別ではなく、生活の一部として根付いていた。
統合星間連邦の文明とは全く違う形だ。
だが、だからといって未熟にも見えない。
違う方向へ発展した文明。
そんな印象だった。
露店街を歩いていると、鍛冶屋からは金属を打つ音が響き、道端では子供たちが木剣を振り回して遊んでいる。
空を見上げれば、石造りの建物の向こうを鳥型の魔物が横切っていった。
人々は気にも留めない。
完全に、この世界の日常だった。
「……順応早いな、俺」
『艦長の環境適応能力は平均より高いと分析しています』
「褒めてる?」
『事実を述べています』
レンは少し笑い、そのままギルドへの道を歩き出した。
◇
それから数週間。
レンはラウムで依頼をこなし続けていた。
薬草採取。
小型魔物討伐。
隊商護衛。
黒鉄級向けの依頼から始まり、少しずつ受けられる範囲も広がっていく。
最初の頃は土地勘もなかったが、今ではラウム周辺の地形も大体頭へ入っていた。
東の森。
北側街道。
西の廃坑跡。
危険な魔物が出やすい場所も、ある程度は把握している。
依頼を終えてギルドへ戻る生活にも、もう慣れていた。
討伐帰りの冒険者。
昼間から酒を飲む連中。
受付で揉めている新人。
騒がしいが、妙に居心地は悪くない。
そんな日々を過ごす中で、レンの顔も少しずつ覚えられていった。
「最近よく見るな、お前」
「また討伐帰りか?」
軽く声を掛けられる程度には。
ただ、中には少し違う反応をする者もいる。
ロングファングの群れを単独で片付けた時などは、流石に周囲も少しざわついた。
「……おい、群れだったよな?」
「黒鉄級じゃなかったか、あいつ」
レンは適当に受け流し、そのまま受付へ向かった。
別に隠すつもりはない。
ただ、自分から言い回る趣味もなかった。
この世界の基準で考えれば、自分がかなり戦える側なのは理解している。
だからこそ、余計に目立ちすぎないようにはしていた。
『現地戦力水準との乖離を確認』
『まあ、多少はな』
レンは内心で肩を竦める。
身体能力。
反応速度。
戦闘経験。
どれも普通の冒険者とは少し違う。
とはいえ、セレスや艦の装備を本格的に使っているわけではない。
今のレンは、あくまで“現地基準で戦っている”だけだ。
『制限状態でも十分高性能です』
『言い方が機械なんだよなぁ』
そんなやり取りを続けるうちに、タグの色も変わっていた。
黒鉄から青銅へ。
さらに白銀へ。
「……ほんとに早いわね、あんた」
ギルドカウンターで、リーナが半分呆れたように言う。
レンは受け取った白銀色のタグを軽く眺めた。
銀色の金属板。
中央にはギルド紋章が刻まれている。
「問題あったか?」
「実力的にはない」
リーナは即答した。
「だから余計に変なのよ」
レンは肩を竦めながらタグを腰へしまう。
『白銀級到達を確認』
『なんか実績解除みたいに言うな』
『事実です』
レンは小さく笑い、そのまま視線を上げた。
掲示板。
大量の依頼書。
その中に、一枚だけ見覚えのある紙があった。
【旧地下遺跡調査補助】
以前、一度だけ目に留まった依頼だった。
依頼書の端には、白銀級推奨を示す銀印。




