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第九話

第九話


 第九話


 ギルドの中は、昼を過ぎても騒がしかった。


 酒の匂いと怒鳴り声、それから冒険者たちの笑い声が広い空間へ混ざり合っている。


 レンはそんな空気を横目に見ながら、何となく掲示板へ視線を向けた。


 大量の依頼書が並ぶ中、一枚だけ少し古びた紙が目に止まる。


『対象依頼へ視線集中を確認』


「分かってるよ」


 レンは依頼書を手に取った。


【旧地下遺跡調査補助】


 場所はラウム北西部。


 報酬は周囲の依頼より少し高い。


 依頼書の端には、白銀級推奨を示す銀印が押されていた。


「遺跡、ねぇ……」


『推奨:慎重な判断を』


「まだ受けるとは言ってない」


 依頼書へ書かれた内容を眺める。


 北西部に存在する地下遺跡の調査依頼らしい。


 内部では崩落が発生しており、魔物の出現も確認されているという。


 そのせいで調査は途中段階のまま止まっているようだった。


 どう見ても危険寄りだ。


 だが。


 少しだけ気になる。


『艦長は未知探索を好む傾向があります』


「人を厄介者みたいに言うな」


『事実です』


 レンは苦笑しながら、もう一度依頼書へ視線を落とした。


 白銀級へ昇格してから、受けられる依頼の幅はかなり広がった。


 討伐依頼も増えたし、護衛報酬も明らかに高くなっている。


 だが、その中でも遺跡系だけは少し空気が違った。


 掲示板の前で足を止める冒険者は多い。


 けれど、実際に手を伸ばす者は少なかった。


「……どう考えても面倒そうなんだよな、これ」


『発言内容と視線行動に矛盾を確認』


「うるさい」


 レンは依頼書を掲示板へ戻さず、そのまま近くの席へ腰を下ろした。


 昼時のギルドは相変わらず騒がしい。


 酒を飲む者もいれば、昼食を食べている者もいる。


 依頼内容について口論している集団もいた。


 その中でも、遺跡の依頼だけは少し空気が違った。


「あそこ、また募集してんのか」


「人足りてねぇんだろ」


「前の調査隊も撤退したらしいしな」


 レンはさりげなく耳を傾ける。


「そんなにヤバいのか?」


 自然な流れを装って話へ混ざる。


 話していた冒険者の男がレンを見た。


「ああ、白銀級の兄ちゃんか」


 以前なら“新人か?”と言われていた。


 それだけでも、少し時間が経ったのを感じる。


「北西遺跡は薄気味悪いんだよ」


「魔物が強いとか?」


「それもあるが……なんつーか、妙なんだ」


 男は少し声を潜めた。


「音がする」


「音?」


「誰もいねぇはずなのに足音が聞こえるとか、壁の向こうで声がするとかな」


「幽霊でもいるのかな?」


「笑えねぇよ。実際死人も出てる」


 別の冒険者が会話へ入ってくる。


「地下深くがまだ全然調査できてねぇらしい」


「崩落も多いって聞いたぞ」


「星環教も絡んでるとかなんとか」


 星環教。


 この世界で最も広く信仰されている宗教だ。


 “空に浮かぶ光の環は、神々が世界を見守る証である”――そんな教えを持つらしい。


 ラウムでも、街の中央には星環教の礼拝堂が建っていた。


 白い石造りの建物で、朝になると鐘が鳴る。


 レン自身はまだ詳しく知らないが、少なくともこの辺りではかなり影響力が強いようだった。


 レンは少し眉を上げる。


「教会が?」


「ああ。なんか古代遺跡らしい」


 古代遺跡。


 その言葉に、レンの中で何かが引っかかった。


 この星には魔法がある。


 未知の生態系もある。


 なら、未知の文明が存在していても不思議ではない。


 むしろ、その方が自然だった。


「そんな危険なのに、なんで調査続いてるんだ?」


 レンがそう聞くと、冒険者の男は肩を竦めた。


「金になるからだよ」


「深部の魔石は高いし、遺物も出る。たまに古代魔導具まで見つかる」


「しかも星環教が調査に金出してる」


 別の冒険者が続ける。


「神代文明の遺跡だとかでな」


 すると。


「……実際、今使われてる魔導技術の一部は遺跡由来」


 静かな声が後ろから聞こえた。


 レンが振り向く。


 そこに立っていたのは、一人の少女だった。


 淡い銀髪が肩口で揺れ、光を受ける度に白く透けるように見える。


 琥珀色の瞳は静かで、どこか眠たげにも見えたが、その奥には妙に鋭い知性が宿っていた。


 黒を基調にしたローブの下には動きやすそうな軽装。


 細い腰には短杖と、使い込まれた分厚い本が提げられている。


 派手ではないが、不思議と目を引く綺麗さがあった。


 静かな夜みたいな雰囲気の少女だった。


「だから皆、危険でも潜る」


 少女はそう言って、レンの持っていた依頼書へ視線を向ける。


「北西遺跡なら、最近かなり危ないよ」


「詳しいのか?」


「まあ、それなりには」


 少女はそう言って、軽く依頼書を指差した。


 その動きで、腰元のタグが揺れる。


 白銀級。


 レンは一瞬だけそこへ視線を向けた。


 なるほど、と内心で納得する。


 周囲の冒険者たちの反応を見る限り、実力者なのは間違いないらしい。


「そこ、古い術式反応も出てるから」


 レンは少し眉を上げる。


「分かるのか?」


「遺跡調査やってると、なんとなく」


 さらっと言う。


 だが、周囲の冒険者たちは妙に納得した顔をしていた。


「あー、ミレイなら分かるか」


「また潜る気か?」


「死ぬなよー」


 軽口が飛ぶ。


 どうやら知り合いらしい。


 ミレイと呼ばれた少女は軽くため息を吐いた。


「人を勝手に死ぬ前提にしないで」


「でもお前、この前三日帰ってこなかったじゃねぇか」


「調査してただけ」


「普通は帰るんだよ」


 ミレイは不満そうに眉を寄せる。


「途中で崩落したから、遠回りしてただけ」


「それを普通じゃねぇって言ってんの」


 周囲から笑いが起きレンも思わず少し口元を緩めた。


 すると、ミレイがちらりとこちらを見る。


「……何?」


「いや、遺跡の話してる時だけちょっと楽しそうだなって」


 ミレイは一瞬だけきょとんとした。


「……そう見えた?」


「少しだけ」


 ミレイは少し考えるように視線を逸らした後、小さく息を吐く。


「まあ、好きだから」


 その言い方は、どこか開き直ったようでもあった。


 レンは何となく思う。


 ――この人、多分ちょっと似てるな。


 好奇心が強くて危ないものに首を突っ込むタイプだ。


『推定:同類です』


「言うと思った」


レンは小さく笑いながら、手元の依頼書を軽く見下ろした。


すると、ミレイが依頼書の端を指先で軽く叩く。


「ちなみに、募集は三日後」


「すぐじゃないんだな」


「調査隊の人数集めと、星環教側の許可待ち」


「教会の許可いるのか」


「一応、管理区域扱いだから」


 ミレイはそう言いながら椅子へ腰掛けた。


「まあ、その辺は向こうが勝手にやる」


「雑だな」


「現場は大体そんな感じ」


 レンは少しだけ笑う。


 静かな雰囲気のわりに、案外言うことは適当らしい。


「じゃあ三日後まで待機か」


「その間に逃げてもいいよ?」


「おすすめしてる?」


「半分くらい」


『推奨:同意します』


「お前まで乗るな」


 ミレイはそこで少しだけ口元を緩めた。


 ほんの僅かだったが、不思議と印象に残る笑い方だった。

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