第十話
第十話
北西遺跡へ向かう調査隊の募集は、三日後だった。
その間も、レンは普段通りラウムで依頼をこなしながら過ごしていた。
街道沿いの巡回や隊商護衛、小型魔物の討伐。最初は右も左も分からなかったラウム周辺の地理も、今では大分頭へ入っている。
危険な場所。
夜に近づかない方がいい道。
魔物の縄張り。
そういう“この土地の空気”みたいなものも、少しずつ分かるようになっていた。
だが、依頼を終えて宿へ戻る時も、屋台で食事をしている時も、頭の片隅にはずっと遺跡のことが残っている。
『艦長の思考傾向を分析』
「うるさい」
『遺跡関連情報への意識集中を確認』
「否定はしない」
ラウム北西部。
古代遺跡。
未調査区域。
その単語だけで妙に気になる。
レン自身、理由は分かっていた。
この世界へ来てから初めて、“自分の知らない文明”へ近づける気がしていたからだ。
◇
調査当日。
朝のギルドは、普段より少し空気が張っていた。
酒の匂いと、冒険者たちの笑い声。いつもの騒がしさはある。
だが、その奥に微かな緊張が混ざっている。
受付前には、北西遺跡へ向かう調査隊のメンバーが集まっていた。
重装備の大剣使い。
弓を背負った軽装の女。
槍使いらしい男。
どいつも場慣れした空気を纏っている。
「お、白銀の新人」
「ちゃんと来たか」
以前より軽口を叩かれる回数が増えた気がする。
レンは適当に手を上げて返した。
その時だった。
「来たんだ」
聞き慣れた声。
振り向くと、ミレイが立っていた。
淡い銀髪が朝の光を受け、白く透けるように揺れている。
黒いローブの裾からは軽装が覗き、細い腰には短杖と分厚い本。
静かな雰囲気の少女だった。
だが、不思議と周囲へ埋もれない存在感がある。
「そっちこそ」
「本当に北西遺跡来るんだなって」
「そんな意外か?」
「少しだけ」
ミレイはそう言って依頼書へ視線を落とした。
「普通、あそこは避ける人多いから」
「そういうお前は?」
「私は好きで来てる」
『推定:危険人物です』
「お前は黙ってろ」
ミレイは少しだけ不思議そうな顔をしたが、意味までは聞かなかった。
「ミレイ」
受付奥からリーナが声を掛ける。
「説明始めるから来て」
「分かった」
ミレイは小さく頷き、受付前へ向かった。
レンもその後ろへ続く。
カウンターへ広げられた地図には、複雑に入り組んだ地下通路と、崩落地点を示す赤印がいくつも書き込まれていた。
『構造記録開始』
視界端でセレスがマッピングを始める。
「今回の調査範囲は地下二層まで」
リーナが地図を指差した。
「三層以降は禁止。最近また魔物が増えてる」
「この前、死人出たばっかだからな」
大剣使いの男が低く言う。
その一言だけで、場の空気が少し重くなった。
「目的は調査補助と安全確認。遺物回収は二の次。危険だと思ったら即撤退」
リーナは周囲を見回す。
「最近は妙な報告も増えてるしね」
「足音だろ?」
「声もだな」
「あと光」
嫌そうな顔で冒険者たちが頷く。
レンは少し眉を上げた。
「本当に幽霊がでたりして……」
「笑えないやつ」
ミレイが真顔で返す。
「地下二層までは空気も変だから」
「空気?」
「魔力の流れが乱れてる」
そう言いながら、ミレイは地図の中央付近へ指を置いた。
「特にここ。術式反応が消えてない」
「術式?」
「古代式。今の魔法とは少し違う」
その瞬間だった。
『高優先度警告』
セレスの声。
レンの意識が切り替わる。
『該当地域地下より微弱エネルギー反応を検出』
「……どれくらい?」
『現段階では不明』
だが。
セレスが“警告”を出すのは珍しい。
『現地文明水準との差異を確認』
レンは無意識に視線を細めた。
その横顔を、ミレイがちらりと見る。
「……どうかした?」
「いや」
レンはすぐ表情を戻した。
「ちょっと気になっただけ」
ミレイは少しだけ不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
やがて説明が終わる。
冒険者たちはそれぞれ装備を確認し始めた。
剣帯を締め直し、矢筒の位置を確かめ、革鎧の留め具を調整する。
誰も口には出さないが、空気には僅かな緊張が混ざっていた。
北西遺跡は、ラウムから二日ほど離れた山間部に存在する未調査区域だ。
つい最近も死者が出ている。
普通なら、わざわざ近づきたがるような依頼ではない。
だが。
レンは少しだけ高揚していた。
『艦長の精神状態上昇を確認』
「お前、そういうとこだけ敏感だよな」
『事実です』
レンは小さく息を吐く。
その時。
ギルドの外から鐘の音が響いた。
朝の星環教の鐘。
静かな音がラウムの街へ広がっていく。
ミレイは一瞬だけそちらへ視線を向けた。
だが、すぐ地図へ視線を戻す。
その横顔を見ながら、レンは何となく思った。
――多分、この依頼。
思ったより面倒なことになる。




