第十一話
第十一話
ラウムを出て二日ほど経った。
街道には朝靄が残り、草葉の先には細かな露が浮かんでいる。
調査隊は一定の間隔を保ちながら山道を進んでいた。
先頭を歩くのは大剣使いの男だ。
名前はガルド。
無口だが、周囲を見る目はかなり慣れている。
後方には弓使いの女と槍使い。
ミレイは隊列の中央あたりを歩き、時折周囲へ視線を向けていた。
レンはその少し後ろを歩く。
『周辺索敵継続中』
「何かいるか?」
『小型生体反応を複数確認』
「魔物?」
『鳥類に近い』
「紛らわしいな」
レンは軽く息を吐きながら森を見上げた。
木々は高く、枝葉が空を覆っている。
時折吹く風に揺れ、ざわりと音が広がった。
山道そのものはそこまで険しくない。
だが、人の気配は薄い。
ラウム周辺の街道とは空気が違っていた。
「……静か」
前を歩いていたミレイがぽつりと呟く。
「そうか?」
「いつもより鳥が少ない」
レンは周囲を見回す。
言われてみれば、確かに妙だった。
森のわりに鳴き声が少ない。
静かすぎる。
ミレイは少しだけ眉を寄せる。
「多分、遺跡側の魔力流れてる」
「そんなの分かるのか」
「なんとなく」
『周辺環境に高濃度エネルギー粒子を確認』
「お前まで言い始めると嫌な感じしかしないんだけど」
『事実です』
レンは小さく肩を竦めた。
そのまま山道を進み続ける。
やがて木々が開けた。
そこで、調査隊の足が止まる。
「……おい」
前方を歩いていたガルドが低く声を漏らした。
レンも視線を上げる。
山肌に巨大な穴が空いていた。
崩れた石柱。
半ば埋もれた白い壁。
そして、その奥へ続く暗い通路。
まるで山そのものを削って造られたような構造だった。
「これが北西遺跡か」
レンは自然と視線を細める。
遠目に見ても分かる。
普通の建築物ではない。
石の質感も、壁面の加工も、ラウムの街とは明らかに違っていた。
妙に滑らかで、継ぎ目が少ない。
『構造物解析開始』
セレスの声が響く。
『現地文明平均水準との差異を確認』
レンは無言のまま入口を見つめた。
風が吹き抜ける。
だが、遺跡の奥は不自然なほど暗かった。
「……嫌な感じする」
弓使いの女が小さく呟く。
「毎回言ってるな、お前」
「でも大体当たるんだよ」
軽口はある。
だが、誰も完全には気を抜いていない。
それだけ、この遺跡は危険視されているのだろう。
ミレイは入口近くの壁へ触れた。
白い指先が石の表面をなぞる。
「やっぱり残ってる」
「何が?」
「術式」
ミレイの琥珀色の瞳が僅かに細まる。
「しかもかなり古い」
レンも壁へ視線を向けた。
一見するとただの石壁だ。
だが、よく見ると表面には薄く線が走っている。
文字のようにも見えた。
その瞬間。
『照合開始』
セレスの声が響く。
『統合星間規格文字との部分一致を確認』
レンの表情が止まる。
「……は?」
思わず声が漏れた。
ミレイが振り向く。
「どうかした?」
「いや……」
レンは壁へ視線を戻した。
今の一瞬で、背筋が妙に冷えた。
偶然なのか。
それとも。
『一致率二十三パーセント』
低い。
だが、ゼロではない。
レンはゆっくり息を吐く。
「……面倒なことになりそうだな」
その呟きを、ミレイだけが静かに聞いていた。
ガルドが入口付近へ歩み寄り、地面へ突き立っていた古い杭を蹴った。
半ば朽ちていた木片が乾いた音を立てて転がる。
「前の調査隊の目印か」
「撤退地点の印だと思う」
ミレイが静かに答える。
入口周辺には、崩れた荷箱や折れた松明も残されていた。
急いで撤退したのだろう。
レンは周囲を見回す。
遺跡の外周だけでもかなり広い。
白い壁面は山肌へ半ば埋まりながら続いており、全体像が見えない。
まるで巨大な建造物の上半分だけが地表へ露出しているようだった。
『地下構造推定開始』
「分かりそうか?」
『推定空間規模は地上露出部の十三倍以上』
レンは思わず眉を寄せた。
「でかすぎだろ……」
ミレイがちらりとこちらを見る。
「何か分かった?」
「いや、なんとなく広そうだなって」
「それはそう」
ミレイはあっさり頷いた。
「地下三層以降、まだ全然地図埋まってないから」
「そんなにか」
「途中で構造変わるし、通路も動いてるみたいだから」
「動く?」
「たまに道が変わる」
「厄介だな」
「だから皆嫌がる」
ミレイは真顔だった。
冗談ではないらしい。
レンはもう一度遺跡入口を見る。
暗く奥が見えない。だが、それ以上に妙だったのは空気だ。肌に張り付くような圧迫感があり森の中とは明らかに違う。
『周辺空間に異常エネルギー循環を確認』
セレスの声が低く響く。
『極めて不安定です』
「……崩落とか起きないよな?」
『可能性は否定できません』
「安心材料ゼロだな」
その時だった。
入口奥から、微かに風が吹き抜ける。
冷たい風だった。
だが。
レンはその瞬間、違和感を覚えた。
風に混ざって、何か音がした気がした。
金属が擦れるような。
遠くで何かが軋むような。
「……今、何か聞こえたか?」
レンがそう呟くと、周囲の冒険者たちが一瞬黙る。
ガルドが嫌そうに顔をしかめた。
「もう始まったか」
「おい、脅かすなよ……」
弓使いの女が肩を竦める。
ミレイだけは、遺跡の奥をじっと見つめていた。
「……今日は近いかも」
「何が?」
「音」
静かに言う。
その横顔には、僅かな緊張と、それ以上の好奇心が混ざっていた。
レンはそんなミレイを見て、小さく息を吐く。
やっぱり似ている。
怖がっているはずなのに、どこか引き寄せられている感じが。
『艦長の心理状態を分析』
「それ以上言うなよ」
『好奇心の上昇を確認』
「だから言うなって」
そのやり取りを聞いたミレイが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
そして調査隊は、ゆっくりと北西遺跡の中へ足を踏み入れた。




