第六話
第六話
街へ近づくにつれて、人の数が増えていった。
荷車を押す者、籠を抱えた女、武装した男たち。
服装はばらばらだが、誰もが当たり前のようにこの街で生活している。
石壁の前では、簡単な検問が行われていた。
レンは列の最後尾に並ぶ。
軽くこめかみへ触れた。
『セレス』
『接続正常』
『ここ、なんて街だっけ』
『ベルグラント王国辺境領、交易都市ラウムです』
内部通信へ切り替える。
外部には音は漏れない。
『検問所で止められそうか?』
『現時点で問題となる要素は確認できません』
『ならいい』
前方では、門番が荷物を確認していた。
やり取りを見る限り、そこまで厳密ではない。
順番が来る。
「名前は?」
「レン」
「旅人か?」
「そんな感じ」
門番はレンを軽く見回した。
外套、荷物、腰のナイフ。
「問題起こすなよ」
「善処する」
門番は鼻を鳴らし、そのまま通した。
街へ入る。
途端に空気が変わった。
人の声と鉄を打つ音が重なり、どこかから肉の焼ける匂いも漂ってくる。
通りには露店が並び、様々な商品が置かれていた。
子供が走り抜け、店主の怒鳴り声が飛ぶ。
『周辺地図を更新します』
『頼む』
視界端に簡易マップが展開される。
しばらく街を歩く。
通り過ぎる冒険者たちは、それぞれ違う装備をしていた。
剣や槍、弓を持つ者もいれば、杖を背負った者もいる。
壁際には依頼帰りらしい集団が座り込み、水を飲んでいた。
レンは通りを眺める。
笑い声、値切り交渉、荷運び。
やがて。
武装した集団が、大きな建物へ入っていくのが見えた。
石造りの建物。
入口には、剣と盾を組み合わせたような紋章。
人の出入りも多い。
『……あれか』
『ギルド施設と推定』
レンは少しだけ口元を上げた。
「分かりやすいな」
扉を開ける。
中は想像以上に騒がしかった。
酒の匂いと怒鳴り声、笑い声が入り混じり、壁には大量の紙が貼られている。
依頼書だった。
視線が何人かこちらへ向く。
見慣れない顔だからだろう。
だが、すぐに興味を失ったように逸れていった。
レンは受付へ向かう。
受付嬢と思われる赤髪の女性が顔を上げた。
「登録?」
レンが口を開く前に言われた。
「分かるのか」
「見れば大体」
女性は慣れた様子で紙を取り出した。
「名前」
「レン」
「姓は?」
一瞬だけ間が空く。
「……サナダ」
「サナダ・レンね」
紙に書き込まれていく。
「武器は?」
「ナイフ」
「魔法は?」
「使えない」
「ふーん」
受付の女性は紙へ視線を落とす。
その横を、杖を持った冒険者が通り過ぎた。
指先に、小さな火が灯る。
レンはそちらをちらりと見る。
『……魔法やっぱ便利そうだな』
『魔法現象の解析は継続中です』
『そのうち使えたりしない?』
『理論上は可能性があります』
レンは少しだけ眉を上げた。
『マジで?』
『艦長の身体構造を現地環境へ適応させる必要があります』
『さらっと怖いこと言わないでくれる?』
『検討段階です』
「まあ、最初はみんなそんなもんか」
受付の女性は登録用紙を置いた。
「私はリーナ。受付」
「どうも」
「説明いる?」
「簡単に頼む」
リーナは壁の依頼書を指した。
「依頼受けて、達成して、報酬もらう。それだけ」
「シンプルだな」
「冒険者なんて大体そんなもんよ」
レンは掲示板を見る。
討伐、採取、護衛――様々な依頼書が壁一面へ貼られていた。
その中には、“遺跡調査”という文字も見える。
依頼書の端には、それぞれ色の違う印が付いていた。
「……これ、なんか基準あるのか?」
レンがそう聞くと、リーナは頷いた。
「依頼危険度と、受注推奨ランクがあるわ」
「ランク?」
「冒険者には階級があるの。下から黒鉄級、青銅級、白銀級、黄金級、蒼星級、星冠級」
リーナは慣れた様子で説明する。
「登録したばっかの新人は黒鉄級からね」
「へぇ」
「依頼の達成数とか実績とか、あとは実力。そういうので昇格してく感じ」
レンはもう一度掲示板を見る。
確かに依頼書には、黒や銅、銀色の印が押されていた。
「この遺跡調査は?」
「入口周辺だけなら青銅級でも入れるけど、中層以降の調査依頼は白銀級を推奨してるわ」
「結構変わるんだな」
「遺跡は深くなるほど危険だからね。魔物も罠も強くなるし」
リーナは軽く肩を竦めた。
「調子乗って奥まで行くと、そのまま帰ってこない奴もいるけど」
「急に怖いな」
「だからランク分けされてるのよ」
リーナは依頼書を一枚整理しながら続ける。
「魔物にも危険度指定があるしね。下位危険種なら新人でも対処できるけど、上位になると普通に死人出るわよ」
「なるほど」
「基本、自分より上の依頼受ける時はパーティ前提。無理して死ぬ新人、毎年いるし」
レンは小さく頷いた。
「ちなみに、一番上の星冠級ってどんな感じなんだ?」
その瞬間だけ、周囲の冒険者が少し反応した。
リーナは苦笑する。
「大陸最高峰。国に数人いるかどうかってレベル」
「そんなに?」
「災害級とか厄災級の魔物相手にするようなのが星冠級。普通は一生関わらないわね」
レンは軽く息を吐いた。少なくとも、“できれば遭遇したくない類”なのは名前で分かった。
「ま、最初は薬草採取でもやっときなさい」
「急に地味だな」
「新人なんてそんなもんよ」
レンは掲示板へ視線を向ける。
討伐依頼の方が面白そうではある。
だが、この世界の常識も地理も、まだ何も分かっていない。
まずは慣れる方が先か、とレンは小さく息を吐いた。
「……じゃあ、その薬草採取で」
適当に一枚を剥がして受付へ置く。
リーナは依頼書へ視線を落とした。
「東側の森ね。黒鉄級の定番」
「危険は?」
「ロングファングがたまに出るくらい」
「たまに、ね」
「群れじゃなければ新人でもどうにかなるわ」
リーナは小さな黒鉄色のタグを机へ置いた。
「これ、ギルドタグ。身分証みたいなものだから無くさないように」
レンはタグを受け取る。
黒い金属板。
中央には剣と盾を重ねた紋章が刻まれていた。
「……意外とちゃんとしてるな」
「偽物防止の術式も入ってるからね」
レンはタグを軽く眺め、それを腰へしまった。
冒険者。
まだ実感は薄い。
だが、不思議と悪い気分ではなかった。
◇
ギルドを出る頃には、外はすっかり夕方になっていた。
ラウムの通りには橙色の光が落ち、露店の店主たちが片付けを始めている。
『現地時刻、十八時十二分』
『今日はもう動かなくていいか』
レンは通りを見回す。
野宿でも問題はない。
最悪、艦へ戻ることもできる。
だが、街へ継続的に出入りするなら、表向きの拠点は必要だった。
『宿泊施設を周辺に複数確認』
『近いとこでいい』
『了解』
セレスの案内に従い、レンはギルド近くの安宿へ向かった。




