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第二十一話

第二十一話


 昼前。


 レンがギルドの掲示板を眺めていると、不意に隣から声がした。


「レン」


 振り向くと、ミレイがいた。


 いつもの黒ローブ姿。


「……どうした?」


「市場行く」


「一人で?」


「うん」


 そこでミレイが少しだけ視線を逸らした。


「でも、荷物多くなりそうだから」


「ああ、荷物持ちか」


「そう」


 レンは小さく息を吐く。


「別にいいけど、俺もそこまで街詳しくないぞ」


「レン、ラウム長い」


「いや、遺跡とギルド往復してただけだからな……」


 実際、レンは街へそこまで馴染んでいない。


 必要な物を買う程度なら問題ないが、細かい店や市場の位置まで把握している訳ではなかった。


 ミレイは少し考えるように首を傾げる。


「じゃあ、一緒に迷う」


「それ成立してるのか?」


「たぶん」


 相変わらず淡々としていた。


 だが、その空気は不思議と嫌ではない。


 レンは少しだけ考えてから口を開く。


「……そういや、まだちゃんと礼言ってなかったな」


「礼?」


「遺跡の時」


 ミレイが瞬きをする。


 レンは視線を少し逸らした。


「あの時、守護者の攻撃止めてくれただろ」


 黒い守護者の追加武装。


 高速機動から放たれた一撃。


 直撃寸前で、ミレイの魔法が割り込んだ。


 あれがなければ、完全回避は間に合わなかった。


「助かった」


 ミレイは少し黙っていた。


「……別に普通」


「いや、普通じゃないだろ」


 レンが苦笑混じりに言う。


「ありがとな」


 ミレイは数秒視線を泳がせた後、少しだけ逸らした。


「……うん」


 ほんの少しだけ。


 嬉しそうだった。


「じゃあ今日は付き合って」


「結局そこに戻るのか」


     ◇


 ラウム中央市場。


 昼前の市場はかなり賑わっていた。


 露店が並び、行き交う人の声が絶えない。


 焼いた肉の匂い。


 香辛料。


 果物。


 魔獣素材。


 雑多な熱気が街を満たしていた。


 レンは周囲を見回しながら歩く。


「……思ったより広いな」


「ラウム大きいから」


 ミレイは慣れた様子で露店を見て回っていた。


 とはいえ、迷いなく歩いている訳でもない。


 時々立ち止まり、少し考えてから進んでいる。


 本当に雰囲気で歩いているらしい。


「お、黒閃じゃねぇか!」


 不意に声が飛んだ。


 肉串を焼いていた店主が笑いながら手を振っている。


 レンの表情が少し引きつる。


「もうやめません?」


「何言ってんだ、兄ちゃん。最近めちゃくちゃ有名だぞ」


「嬉しくないな……」


「守護者倒したって本当か?」


「盛られてる部分も多いですよ」


「ははっ! 謙遜するねぇ!」


 全然通じていなかった。


 隣でミレイが少しだけ口元を緩める。


「笑っただろ今」


「少し」


「他人事だと思って……」


 店主が串焼きを二本差し出す。


「ほら、黒閃記念で一本おまけだ」


「その記念やめてほしいんだけど」


 結局押し切られる形で受け取る。


 レンが片方をミレイへ渡すと、ミレイは素直に受け取った。


「ん」


 一口食べる。


 数秒後。


「……おいしい」


「そこまで反応薄いのにちゃんと美味いんだな」


「おいしい」


 少しだけ繰り返しが強くなっていた。


 どうやら本当に気に入ったらしい。


 レンは少し笑う。


 市場を歩きながら、レンは串焼きを齧る。


 隣ではミレイが小さな紙袋を抱えていた。


「……そういや」


 レンがふと横を見る。


「なんで俺誘ったんだ?」


「荷物持ち」


「半分本音だろそれ」


「うん」


 ミレイはあっさり頷く。


 レンが呆れたように息を吐くと、ミレイは少しだけ真面目な顔になった。


「あと、レンともう少し話してみたかった」


「話?」


「うん」


 少しだけ間が空く。


 市場の喧騒が周囲を流れていく。


「……また、一緒に遺跡行くかもしれないから」


 レンは小さく目を細めた。


「パーティの誘い?」


「仮」


「仮なんだ」


「まだレンのこと、よく知らない」


 ミレイは真っ直ぐ言った。


「でも、守護者相手に背中預けられた」


「それは結構大事」


 レンは少し黙る。


 冒険者にとって、“背中を預けられる”というのはかなり重い言葉だ。


「……なるほどな」


「だから確認中」


「何を?」


「レンが危ない人じゃないか」


「ひどくないか?」


「ちょっと危ない」


「否定しづらいな……」


 ミレイがほんの少しだけ笑った。


 その時だった。


『レン』


 不意にセレスの声が脳内へ響く。


『守護者コア解析に進展を確認』


 レンの表情が僅かに変わる。


『内部記録領域より、断片的星図データを検出』


 レンの足が止まった。


「……どうした?」


 ミレイが首を傾げる。


 レンは少しだけ視線を空へ向ける。


『座標は現在地周辺と推定』


『地下構造物反応との一致率上昇』


 ラウム。


 この街の地下に何かある。


 市場の喧騒は変わらない。


 人々は笑い、商人は声を張り上げ、いつもの日常が続いている。


 だが。


 その足元には、今も神代文明の何かが眠っているのかもしれなかった。


 レンはゆっくりと目を細める。


 守護者。


 古代遺跡。


 星環教。


 そして守護者コア。


 少しずつ、点が繋がり始めている。


『推定』


 セレスの無機質な声が続く。


『現在地周辺に、大規模地下施設が存在する可能性があります』


「……ラウムの地下に?」


『肯定』


 レンは小さく息を吐いた。


 帰還へ繋がる手掛かり。


 その可能性が、確かに近付き始めている。


 だが同時に。


 この世界へ足を踏み入れるほど、自分の居場所も少しずつ変わっている気がした。


「レン?」


 隣でミレイがこちらを見る。


 レンは小さく首を振った。


「いや、何でもない」


 まだ分からないことばかりだ。


 神代文明とは何なのか。


 何故守護者は動き続けるのか。


 この世界と、自分たちの文明は何故繋がっているのか。


 そして。


 自分は本当に、この世界を去ることになるのか。


 空を見上げる。


 青空はどこまでも穏やかだった。


 その遥か先に、帰るべき場所がある。


 ……はずだった。


 レンは小さく目を細める。


 市場の喧騒の中、ミレイが不思議そうにこちらを見ていた。


「……行こうか」


「うん」


 二人は再び人混みの中へ歩き出す。


 まだ知らない、この世界の深淵へ向かうように。


――第一章 漂着者編 完

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