第二十話
第二十話
黄金級へ昇格してから数日。
レンは朝からギルドへ向かっていた。
理由は単純。
星環教から呼び出しが入ったからだ。
北西遺跡の件を考えれば、むしろ遅いくらいだった。
ラウムの朝は今日も騒がしい。
露店の呼び声。
荷車の軋む音。
依頼帰りなのか、朝から酒臭い冒険者まで歩いている。
だが。
最近はそこへ妙な視線が混ざるようになっていた。
「あれが例の……」
「守護者倒した黄金級か」
「まだ若ぇな……」
レンは聞こえないふりをして歩く。
正直かなり居心地が悪い。
最近では《黒閃》なんて名前まで広がり始めている。
絶対あの槍使いのせいだ。
しかも微妙に格好つけた響きなのが腹立たしい。
「……普通もっとこう、別の呼び方あるだろ」
『通称は周囲の印象によって自然形成されます』
「その分析いらない」
『現在の定着率から変更は困難と思われます』
「聞きたくなかったな……」
小さくため息を吐きながらギルドへ入る。
すると受付のリーナが、レンを見るなり小さく苦笑した。
「おはよう、黒閃さん」
「リーナさんまでやるんですか……」
「結構広がってるわよ?」
最悪だった。
レンが頭を押さえる。
「星環教の人、奥で待ってるわ」
「ですよね……」
◇
ギルド奥の応接室。
中には白い法衣を纏った女性が座っていた。
胸元には銀環紋章。
星環教。
北西遺跡の件から、いずれ来るとは思っていた。
年齢は二十代半ばほどだろうか。
長い銀髪。
落ち着いた雰囲気の整った顔立ち。
静かな知性を感じさせる美人だった。
そして法衣越しでも分かるくらい胸が大きい。
レンの視線が一瞬だけ逸れる。
『視線移動を確認』
『うるさい』
『対象女性の胸部へ視線集中を――』
『黙れ』
セレスの念話を強引に遮る。
女性はそんなやり取りに気付いた様子もなく、静かに頭を下げた。
「初めまして。星環教第三調査局所属、エレナと申します」
「レンです」
軽く返しながら席へ座る。
エレナは落ち着いた目をしていた。
だが、その視線は油断なくこちらを観察している。
「本日は、北西遺跡についてお話を伺いに参りました」
「やっぱりその件ですよね」
「はい」
エレナは静かに頷く。
「加えて、回収された守護者中枢部についても確認したいと考えています」
レンは小さく息を吐いた。
やはりそこか。
「星環教って、そんなに遺跡を気にしてるんですか?」
レンが聞くと、エレナは静かに頷いた。
「星環教では、文明は巡るものとされています」
「巡る?」
「生まれ、栄え、滅び、そして次の時代へ受け継がれていく」
エレナは胸元の銀環紋章へ触れる。
「それを我々は《星環》――星の循環と呼んでいます」
静かな声だった。
「国家も、種族も、文明も永遠ではありません」
「全てはいずれ終わり、次へ移る」
「それが世界の理であると、星環教では考えています」
レンは黙ったまま聞いていた。
「そして古代文明――我々が“神代文明”と呼ぶ存在も、本来なら既に循環の中で終わっているはずでした」
エレナの目が僅かに細くなる。
「ですが、神代文明は違った」
「今なお遺跡は稼働し、守護者は動き続けている」
「滅んだはずの文明が、死後も世界へ干渉を続けているのです」
その言葉には、僅かな警戒が滲んでいた。
「星環教にとって、それは教義に反する異常事態です」
「……異常事態?」
「本来、文明は終われば静かに次の時代へ譲るべきものです」
「ですが神代文明は、滅んだ後も力を残し続けている」
「それは《星環》の循環を歪める行為とされています」
レンは小さく目を細めた。
「だから遺跡を管理してるんですか」
「はい」
エレナは静かに頷く。
「現在使われている魔導技術の一部も、神代文明の遺産を解析・転用したものです」
「ですが我々は、その全てを理解している訳ではありません」
「遺跡から発見される技術は、時に国を変えます」
「同時に、都市一つ滅ぼすこともあります」
レンは小さく息を吐く。
なるほど、と理解した。
星環教は単なる宗教組織ではない。
危険技術管理機関。
それを宗教という形で世界へ浸透させている。
「星環教の教義には、“神の火を無闇に暴いてはならない”という戒律があります」
「神の火?」
「神代文明の力を指す言葉です」
エレナは静かに答えた。
「人は神代の力を完全には扱えない」
「故に、危険な遺物は管理し、封印し、監視しなければならない」
「それが星環教の使命です」
そして。
「守護者も、その一つです」
エレナの声が少しだけ低くなる。
「星環教の古い教典には、こう記されています」
――“神代の守人は、終末の日まで眠らない”
室内が静まり返る。
「守護者は、神代文明の墓守と考えられています」
「そして問題なのは……何故、彼らが今も動き続けているのかです」
レンの目が僅かに細まった。
「古代文明は既に滅んでいるはずです」
「にも関わらず、守護者は命令に従い続けている」
「ならば、その命令は誰が出しているのか」
エレナは真っ直ぐレンを見る。
「我々はそれを解明しなければなりません」
「神代が未だ終わっていないのなら――」
そこで一度言葉を切る。
「次に滅ぶのは、今の文明かもしれないのですから」
その瞬間。
『未知規格航法制御装置との類似点を確認』
セレスの声が頭の奥へ響く。
『本星系文明技術との関連性存在確率上昇』
レンは黙ったまま黒箱を机へ置いた。
「……これです」
中に収められていたのは、青白く脈動する守護者コア。
エレナの表情が初めて僅かに変わった。
「……やはり」
小さな呟きだった。
その目には、明確な警戒が浮かんでいる。
「解析とか出来るんですか?」
「一部なら」
エレナは静かに頷く。
「ですが完全解析は困難でしょう」
「そんなに複雑なんです?」
「現在の魔導技術と根本構造が違います」
レンは小さく目を細める。
セレスの解析結果と一致していた。
やはり。
この世界のどこかには、自分たちと無関係ではない何かが存在している。
エレナは慎重な動作で黒箱を見つめる。
「……正直に言えば、これは本来ラウム支部だけで扱っていい代物ではありません」
「そんなに危険ですか」
「危険かどうかすら、まだ分かっていません」
静かな声だった。
「だからこそ危険なのです」
短い沈黙が落ちる。
やがてエレナは、少し迷うように口を開いた。
「レンさん」
「もし可能であれば、その中枢部を星環教へ預けていただけませんか」
レンは小さく眉を動かす。
「預ける?」
「はい」
エレナは静かに頷いた。
「管理設備、解析術式、人員――どれを取っても、現状は星環教が最も適しています」
「もちろん強制ではありません」
「所有権もレンさん側にあると認識しています」
その言い方が妙に丁寧で、レンは少し考え込む。
確かに、自分で持っていても解析できる訳ではない。
だが。
帰還へ繋がる可能性がある以上、簡単に手放していい物でもなかった。
「……解析結果は共有してもらえます?」
「保証します」
「あと、勝手に中央へ持ってかれたりしないですよね」
エレナは少しだけ苦笑した。
「可能な限り、ラウム支部で管理します」
「可能な限り?」
「上層部案件になれば、流石に私にも止められません」
「正直だな……」
レンは小さく息を吐いた。
誤魔化さない辺り、多少は信用できる。
エレナは静かに続ける。
「当然ですが、報酬も用意します」
「報酬?」
「危険遺物提供に対する正式な協力金です」
「かなりの額になります」
レンは少しだけ考え込む。
正直、金自体にはそこまで困っていない。
黄金級昇格で依頼単価も上がった。
だが。
今後の探索や装備更新を考えれば、資金はあって困らない。
『推奨』
セレスの声が響く。
『現状、個人管理より解析効率が高いと判断』
『加えて、星環教側設備へのアクセス権確保が可能です』
レンは小さく目を細めた。
確かに。
コアを預けることで、逆に星環教内部へ関われるようになる。
それは悪くない。
「……分かりました」
レンは黒箱を軽く押し出す。
「預けます」
エレナが僅かに目を見開いた。
「ありがとうございます」
その声には、少しだけ安堵が混ざっていた。
彼女は慎重な動作で黒箱を受け取る。
まるで爆発物でも扱うようだった。
「解析結果は共有します」
「お願いします」
「それと」
エレナの目が少しだけ真剣になる。
「今後、追加調査をお願いする可能性があります」
「追加調査?」
「神代遺跡関連です」
レンは小さく息を吐いた。
「……ですよね」
守護者。
神代文明。
未知技術。
そして帰還の可能性。
もう、自分は完全に無関係ではいられないところまで来ている。
帰れるなら帰る。
その考えは変わらない。
……変わらない、はずだった。
だが。
最近、自分の中で何かが少しずつ変わり始めていることを、レンはまだ認めきれずにいた。




