第十九話
第十九話
北西遺跡の件から三日後。
レンは朝からギルドへ呼び出されていた。
理由は聞かされていない。
だが、タイミングを考えれば大体予想はつく。
ラウムの朝はいつも通り騒がしかった。
依頼帰りなのか、朝から酒臭い冒険者まで歩いている。
だが、最近は街を歩くだけで妙な視線を感じるようになっていた。
「あれじゃねぇか?」
「黒閃」
「マジで若ぇな……」
聞こえてくる。
レンは無言で歩いた。
正直かなり恥ずかしい。
二つ名なんてもっと歴戦の冒険者が付けられるものだと思っていたし、まさか自分へ向くとは思っていなかった。
しかも黒閃。
妙に格好つけた響きなのが余計に居心地悪い。
レンは小さくため息を吐いた。
『通称“黒閃”の使用率が増加しています』
『やめろ』
『現在、酒場周辺での使用頻度が特に――』
『やめろって言ってるだろ』
セレスの声が少しだけ楽しそうに聞こえるのが腹立たしい。
ギルドへ入る。
すると受付のリーナが、レンを見るなり小さく苦笑した。
「おはよう、黒閃さん」
「お前までやるんですか……」
「結構広がってるわよ」
最悪だった。
レンが頭を押さえる。
「……で、今日は何です?」
「支部長が呼んでる」
「帰っていいですか?」
「駄目」
即答だった。
◇
ギルド上階。
普段は滅多に来ない区域だった。
廊下も静かで、下の喧騒が嘘みたいに聞こえない。
リーナに案内され、レンは一番奥の部屋へ入る。
中には、初老の男が座っていた。
灰色混じりの髪。
鋭い目。
だが同時に、長年面倒事を処理し続けた人間特有の疲労感も滲んでいる。
「座れ」
低い声だった。
レンは軽く頭を下げて椅子へ腰掛ける。
机の上には数枚の書類。
その一番上には、レンの名前が書かれていた。
支部長が小さく息を吐く。
「単刀直入に言う」
嫌な予感しかしない。
「ギルド本部より、黄金級昇格申請が正式承認された」
レンは数秒黙った。
「……早くないですか?」
「異常だ」
支部長が即答する。
「本来なら白銀から黄金まで数年かかる」
「ですよね」
レンは苦笑した。
「自分でもそう思います」
支部長は書類へ視線を落としたまま続ける。
「だが今回は守護者案件だ」
「……まあ、あれは普通じゃなかったですね」
「複数の白銀級冒険者からも証言が出ている」
レンは小さく息を吐く。
「盛られてないといいんですけど」
「残念ながら一致している」
リーナが横で肩を竦めた。
「ガルドたち全員、似たようなこと言ってたわよ」
レンは少しだけ遠い目をした。
絶対あいつらだ。
支部長が静かに続ける。
「遺跡守護者との交戦」
「未知遺跡からの生還」
「中枢部の回収」
「加えて、お前の戦闘能力」
支部長の目が細くなる。
「本部は、“白銀級として扱うには危険すぎる”と判断した」
「なんですかその評価……」
「私に言うな」
疲れた返答だった。
レンは頭を掻きながら小さく息を吐く。
黄金級。
国家案件にも関わる上級冒険者。
白銀とは扱いが明確に変わる。
『黄金級権限取得による利便性向上を確認』
『お前ほんと好きだなその言い方』
『事実です』
レンは少し考える。
断る理由は特にない。
むしろ動きやすくなるなら都合は良かった。
「……分かりました」
支部長が頷く。
「なら今日からお前は黄金級だ」
静かな言葉だった。
だが、その重みは小さくない。
リーナが机の横から、小さなケースを取り出した。
中には黄金色のタグ。
白銀級より僅かに重く、縁には細かな紋様まで刻まれている。
「失くさないでよ」
「善処します」
「不安になる返事やめて」
レンがタグを受け取る。
その瞬間、不思議と少しだけ実感が湧いた。
自分の立場が変わり始めている。
そんな感覚だった。
そして。
支部長が書類を片付けながら、ふと思い出したように口を開く。
「あともう一つ」
「嫌な予感しかしないですね」
「黒閃」
レンが真顔になる。
「……誰ですか最初に言い始めたの」
「槍使いの男らしいな」
リーナが吹き出した。
「酒場でかなり楽しそうに喋ってたわよ」
レンが無言になる。
『発信源を確認』
『槍使いの男性でほぼ確定です』
『あいつか……』
『通称“黒閃”は現在ラウム周辺で急速に普及中です』
『やめろ』
『現時点で取り消しは困難と思われます』
『なんでちょっと嬉しそうなんだ』
『興味深い現象です』
最悪だった。
支部長が小さく笑う。
「二つ名なんてそんなものだ」
「いらないんですけどね……」
「諦めろ」
レンは深くため息を吐いた。
どうやら。
北西遺跡の件は、思っていた以上に自分の立場を変えてしまったらしい。




