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第十八話

第十八話


 ラウムへ戻った頃には、空はすっかり暗くなっていた。


 街の灯りが石畳を淡く照らしている。疲労で足は重かったが、街へ入った瞬間だけ少し空気が緩んだ。


「……帰ってきたな」


 槍使いが小さく息を吐く。


 門番がこちらへ気付く。


「ああ、北西遺跡組か」


「随分ボロボロだな」


「色々あった」


 ガルドが短く返す。


 門番たちは少し怪訝そうな顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。


 一行はそのままギルドへ向かう。


 夜のギルドは昼より騒がしかった。依頼帰りの冒険者たちの笑い声と酒の匂いが混ざる、いつもの空気だ。


 だが、ボロボロの一行が入った瞬間、周囲の視線が少し集まった。


「お、北西組か」


「戻ったのか」


「随分派手にやったな」


 軽い声が飛ぶ。


 だがガルドたちは誰も笑わなかった。


 その空気で、周囲も少しだけ異変を察する。


 レンはそのまま受付へ向かった。


 リーナが顔を上げる。


「おかえ――」


 言葉が止まる。


 全員の状態を見て眉を寄せた。


「……何があったのよ」


「長くなる」


 ガルドが疲れ切った声で言う。


「かなりな」


 リーナの表情が変わる。


「奥使うわ」


     ◇


 ギルド奥の部屋で、ガルドたちは遺跡内部で起きたことを順番に説明していった。


 二層目で遭遇した変異種、深部で発見した白い施設、遺跡全体を走っていた青白い発光線、そして施設が閉鎖するように崩れ始めたこと。


 リーナだけでなく、支部職員らしき男たちも話を聞いていた。


 最初は記録を取りながら聞いていた職員たちも、話が進むにつれて表情を険しくしていく。


 そして、黒い鎧の守護者の話が出た瞬間、部屋の空気が明らかに変わった。


「……守護者型か」


 職員の男が低く呟く。


 リーナも小さく息を飲んでいた。


 守護者。


 古代遺跡の深部で極稀に確認される、自律防衛存在。


 大半は長い年月で停止しているが、稼働状態の個体は別格だった。


 確認例そのものが少なく、生き残った記録も少ない。


 黄金級討伐隊が壊滅した例すらある。


 だからこそ、遺跡探索を生業にする者なら誰でもその危険性を知っている。


 部屋の空気が重くなる。


 ガルドが小さく息を吐いた。


「守護者を倒したのはレンだ」


 短い返答だった。


 一瞬、部屋が静まり返る。


「俺たちは援護してたが、正面でやり合ってたのはずっとこいつだ」


 槍使いも苦い顔で続けた。


「最後に中枢ぶち抜いたのもレンだな」


 職員たちの視線がレンへ集まる。


 レンは少し居心地悪そうに頭を掻いた。


「いや、かなりギリギリだったぞ」


「ギリギリで済む相手じゃねぇんだよ、あれは……」


 槍使いが疲れた声で返す。


 ミレイも静かに口を開いた。


「……事実」


「あの守護者を止められてたの、レンだけだった」


 数秒、部屋が静まり返る。


 やがて職員の男がゆっくり息を吐いた。


「……なるほどな」


 その顔には、驚きより先に疲労が浮かんでいた。


 まるで、厄介な案件を確信したみたいだった。


 その時、ミレイが布包みを机へ置いた。


「これもある」


 全員の視線が集まる。


 布が開かれると、中から青白い光を放つ黒い金属片が現れた。


 部屋が再び静まり返る。


「……なんだこれは」


 職員の男が掠れた声を漏らす。


「守護者の中枢部」


 ミレイが静かに答える。


「脱出前に回収した」


「いや何してるのよあんた……!」


 リーナが本気で引いた顔をする。


 ミレイは少しだけ首を傾げた。


「貴重そうだったから」


「そういう問題じゃないでしょう!?」


 ガルドが深く頷く。


「俺も言った」


 職員たちはコアを凝視していた。


 青白い光が微かに脈動している。


 どう見ても普通の魔導具ではない。


「……星環教へ報告が必要だな」


「間違いなく案件だ」


 職員同士の低い声が交わされる。


 北西遺跡の一件は、もうラウム支部だけで抱えられる話ではなくなっていた。


 しばらく話し合いが続いた後、ようやく聞き取りは終わった。


 ガルドたちが立ち上がる。


「じゃあ先に飲んでるぞ」


「勝手に奢り扱いするなよ」


「生還祝いだ」


 槍使いが笑いながら部屋を出ていく。


 ガルドも軽く手を振った。


 ミレイだけは最後にちらりとレンを見る。


「また後で」


 静かな声だった。


 部屋の扉が閉まる。


 職員の男が疲れたように椅子へ深く座り込む。


「……頭痛くなってきたな」


「守護者案件なんてそうそう来ないもの」


 リーナも深くため息を吐いていた。


 レンは少し眉を上げる。


「そんなに大事なのか?」


「大事よ」


 リーナが即答する。


「しかも稼働状態の守護者なんて最悪クラス」


 職員の男も低く続けた。


「今回の件は上へ報告を上げる」


「北西遺跡も封鎖になるかもしれんな……」


 レンは小さく息を吐く。


 どうやら思っていた以上に面倒な話になっているらしい。


『高確率で継続調査案件へ発展します』


『嫌な予感しかしないな』


『同感です』


 珍しくセレスが肯定した。


 レンは小さく笑う。


 その時。


 リーナがちらりとレンを見る。


「……あんたも、しばらく静かにしてた方がいいわよ」


「なんで」


「絶対変な噂広がるから」


 レンが嫌そうな顔をする。


『高確率で発生します』


『嬉しそうに言うな』


『事実確認です』


 レンは深くため息を吐いた。


 こうして。


 北西遺跡の一件は、ラウムの冒険者ギルドへ大きな爪痕を残すことになった。


 そして数日後。


 酒場で、ひとつの噂が広がり始める。


 北西遺跡で黒い怪物を斬った新人黄金候補。


 異常な速さで名を上げた白銀級。


 黒い閃光みたいに戦場を駆けた男。


 ――《黒閃》。


 そんな名前が、いつの間にか使われ始めていた。

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