第十七話
第十七話
遺跡を脱出して山道を下る頃には、空が赤く染まり始めていた。
全員かなり消耗していた。
鎧は傷だらけで服も土埃まみれで誰もが疲れ切っている。
それでも、生きて帰れているだけマシだった。
しばらくは誰も喋らなかった。
聞こえるのは足音と、時折吹く風の音だけ。
やがて。
「……なぁ」
槍使いの男が重そうに口を開く。
「あれ、本当に遺跡調査だったのか?」
「知らねぇよ」
ガルドが疲れた声で返す。
「俺もあんなの初めて見た」
守護者。
あの黒い鎧の怪物を思い出したのか、空気が少し重くなる。
「黄金級案件とか言ってたけど……」
槍使いが乾いた笑いを漏らす。
「ありゃそんなもんじゃねぇだろ」
「ああ」
ガルドも真顔だった。
「あれは下手な黄金級なら普通に死ぬ」
少し間が空く。
そして低く続けた。
「蒼星級案件一歩手前だ」
その言葉に、誰も軽口を返さなかった。
国家戦力級。
そんな領域の名前が出るだけで十分異常だった。
レンは黙ったまま前を歩く。
すると。
隣を歩いていたミレイが、小さく口を開いた。
「……でも、多分まだ終わってない」
レンがちらりとそちらを見る。
ミレイは崩れた遺跡の方角を見ていた。
「あの施設、完全には止まってなかった」
『同意します』
セレスの声が頭の内側へ響く。
『内部反応の一部継続を確認済みです』
『やっぱりか』
レンが小さく息を吐く。
その時。
「……そうだ」
ミレイがふと思い出したように立ち止まる。
全員がそちらを見る。
ミレイはローブの内側へ手を入れ、小さな布包みを取り出した。
「これ」
布が開かれる。
中から現れたのは、黒い金属片だった。
だが。
ただの金属ではない。
中心部で、青白い光が弱々しく脈打っている。
一瞬で空気が変わった。
「……なんだ、それ」
槍使いの声が掠れる。
ミレイは平然としていた。
「守護者の中枢部」
「は?」
「脱出前に回収した」
数秒。
誰も言葉を失う。
最初に反応したのはガルドだった。
「いやお前あの状況で何やってんだ!?」
「貴重そうだったから」
「命をなんだと思ってんだ!?」
「ちゃんと逃げ切れた」
「結果論だろ!?」
ミレイは少しだけ不満そうに眉を寄せる。
だがレンはそのコアを見ていた。
青白い光。
内部構造。
微細な発光線。
どう見ても、この世界の技術じゃない。
『微弱エネルギー反応を確認』
セレスの声が静かに響く。
『完全停止していません』
レンの目が細まる。
『……まだ生きてるのか』
『極低出力状態と推定されます』
ミレイがちらりとレンを見る。
「何か分かる?」
「いや」
レンは視線を逸らした。
「ただの勘だけど、あんまり触らない方がいい気はする」
「同感」
珍しくミレイが即答した。
そのまま布を閉じる。
だが。
ガルドたちの視線は完全に変わっていた。
守護者のコア。
そんなものを持ち帰った時点で、今回の話は冗談では済まなくなる。
そして。
問題なのは、それだけじゃなかった。
「……いやほんと何なんだお前」
槍使いが疲れた顔のままレンを見る。
「そうか?」
「そうか?じゃねぇよ」
ガルドが深く息を吐く。
「あの守護者相手に普通に斬り合ってる時点で意味分かんねぇんだよ」
レンは少し困ったように頭を掻く。
「まあ、近付かないと通らなかったし」
「その発想が怖ぇんだって……」
槍使いが半笑いで言う。
「何回死んだかと思ったか分かるか?」
「こっちも結構危なかったぞ」
「危ないで済む相手じゃなかっただろあれ」
ガルドが苦い顔で続ける。
「正直、白銀級の動きじゃねぇ」
少し間が空く。
そして低く言った。
「下手すると蒼星級に片足突っ込んでるぞ、お前」
槍使いが乾いた笑いを漏らす。
「国家案件と斬り合ってるようにしか見えなかったからな……」
レンは何も答えない。
代わりに前を向いたまま歩く。
するとガルドが小さく息を吐いた。
「……お前ほんと何者なんだ」
「ただの冒険者」
「その答えで納得できると思うか?」
レンは少しだけ笑う。
ミレイだけは何も言わなかった。
ただ静かにレンを見ている。
琥珀色の瞳が細くなる。
あの踏み込み。
あの加速。
普通の人間の動きではない。
強い。
だが、それ以上に違和感があった。
まるで身体そのものが、最初から戦闘用に作られているみたいだった。
レンはそんな視線に気付かないふりをしながら、小さく息を吐く。
「……ギルド、絶対揉めるぞこれ」
「だろうな」
レンは苦笑しながら空を見上げた。
夕焼けの向こうでは、北西遺跡の方角からまだ薄く白煙が上がっていた。




