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第十五話

第十五話


 守護者が床を蹴った瞬間、空気そのものが爆ぜた。


 黒い巨体が視界から消える。


 次の瞬間には、レンの目の前まで踏み込んでいた。


「っ!」


 咄嗟に身体を捻る。


 黒剣が頬のすぐ横を通り抜け、そのまま後方の白い石柱を斜めに切断した。


 轟音。


 巨大な柱が崩れ落ち、砕けた石片が広間へ降り注ぐ。


「おいおい……!」


 ガルドが顔を引き攣らせた。


 今の一撃をまともに受ければ、人間など原形すら残らない。


 守護者は無言だった。


 青白い片目だけが淡く発光している。


 その視線は最初からずっとレンだけを捉えていた。


『対象の優先攻撃先を確認』


 セレスの声が頭の内側へ直接響く。


『艦長を最優先目標として認識しています』


『嫌われたな……!』


 レンは後退しながら小さく舌打ちする。


 だが守護者は止まらない。


 重い鎧を纏っているとは思えない速度で床を滑り、再び剣を振り抜く。


 グレイブハウンドとは比較にならない。


 だが。


 レンの視界では、まだ追えていた。


 神経補助用ナノマシンが感覚情報を加速し、視覚処理と反応速度を引き上げている。


 統合星間連邦軍の軍用生体強化。


 戦闘用に最適化された身体は、この程度の高速戦闘なら対応可能だった。


 黒剣が横薙ぎに走る。


 レンは屈み込むように回避し、そのまま守護者の懐へ踏み込んだ。

 脚部へ埋め込まれた強化骨格が筋出力を増幅し、身体を一気に加速させる。


 普通の人間なら関節ごと壊れかねない踏み込みだったが、補強済みの骨格と筋繊維が無理やり耐え切っていた。


 一瞬で距離が潰れる。


 レンはそのままナイフを振るった。


 だが。


 金属音。


 黒い外殻へ火花が散る。


 浅い。


『硬っ……!』


 次の瞬間、守護者の肘が振り抜かれた。


 レンは腕で強引に受け流す。


 衝撃。


 身体が数メートル吹き飛んだ。


「ぐっ……!」


 床へ着地しながら勢いを逃がす。


 腕が痺れる。


 強化骨格越しでも衝撃を殺し切れない。


 今までの相手とは明らかに違った。


「なんだあれ……!」


 槍使いが呆然と声を漏らす。


「白銀級とかそういう次元じゃねぇぞ!」


 ガルドも息を呑んでいた。


 だが、驚いているのは守護者だけに対してではない。


 レンの動きだった。一瞬前まで守護者の正面にいたはずなのに、次の瞬間には懐へ潜り込んでいる。


 速い。


 いや、速すぎる。


 白銀級の冒険者なら何人も見てきた。


 猛者もいた。


 だが、今の動きは明らかに違う。


 踏み込みが異常だった。


 無茶な加速をしているはずなのに、身体の軸が一切乱れていない。


 まるで身体そのものが、そう動くよう最初から設計されているみたいだった。


 ガルドの背筋へ冷たいものが走る。


 ――蒼星級。


 ふと、その単語が頭を過る。


 国家級戦力。


 災害級魔物へ対処する、本物の化け物たち。


 もちろん、目の前の青年がそこまで完成された存在だとは思わない。


 だが。


 今の一瞬だけなら。


 踏み込みの鋭さも、戦闘感覚も、明らかに白銀級の枠を踏み越えていた。


 少なくともガルドの知る白銀級冒険者で、守護者相手に真正面からあの動きをできる人間はいない。


「おいおい……なんなんだ、あいつ……」


 だが。


 問題はレンだけではなかった。


 守護者がゆっくり立ち上がる。


 外殻の一部は砕けている。


 それでも。


 まだ止まらない。


 青白い片目が、再びレンを捉えた。


 広間全体が低く震える。


 天井の奥で、何か巨大な機構が駆動する音が響いていた。


 遺跡そのものが、さらに深く目覚め始めている。


「クソッ!!……まだ来るのかよ!」


 ガルドの声が掠れる。


 守護者が一歩前へ出るだけで、空気が重くなる。


 魔物とは違う。


 存在感そのものが異質だった。


 槍使いの男が、無意識に後退る。


「冗談だろ……」


 その額には汗が滲んでいた。


「これ、黄金級案件じゃねぇのか……?」


「いや……」


 ガルドが低く否定する。


 視線は守護者から離れない。


「下手な黄金級じゃ死ぬ」


 その声には、歴戦の冒険者特有の確信が混ざっていた。


 上位危険種。


 黄金級以上推奨。


 街や隊商を壊滅させる怪物たち。


 だが。


 目の前の存在は、それとも少し違う。


 もっと嫌な感じだった。


「蒼星級案件一歩手前だぞ……これ……」


 誰かが小さく呟く。


 その瞬間、空気がさらに重くなった。


 蒼星級。


 国家戦力。


 災害級魔物と戦う、本物の化け物たち。


 そんな領域の名前が出る時点で、普通の冒険者なら逃走を考える。


 実際、槍使いの男は完全に顔色を失っていた。


「おい……撤退できないのかよ……」


「できるならとっくにやってる!」


 ガルドが叫ぶ。


 後方では崩落が続いていた。


 白い通路が次々崩れ落ち、帰路を塞いでいく。


 守護者はそんな彼らを無感情に見下ろしていた。


 逃がさない。


 そう言われているみたいだった。


 ミレイも短杖を握る手へ力を込める。


 普段の落ち着いた雰囲気は消えていた。


 琥珀色の瞳に浮かんでいるのは、明確な緊張だった。


「……こんなの、遺跡調査で出てくる相手じゃない」


『対象脅威度を再評価』


 セレスの声が静かに響く。


『身体制御補助出力を上昇します』


『あまり目立ち過ぎたくなかったんだけど、命には変えられないか』


『同意です』


 次の瞬間、レンの感覚がさらに鋭くなる。


 視界。


 聴覚。


 筋肉の反応速度。


 全身の同期精度が一段階引き上げられた。


 守護者が再び剣を構える。


 空気が張り詰める。


 ミレイが短杖を握りながら叫んだ。


「レン!」


 次の瞬間。


 守護者が消えた。


『神経加速開始』


 世界が、遅くなった。


 舞い落ちる石片。


 空中へ漂う砂埃。


 揺れる青白い光。


 その全てが、静止したみたいに遅くなる。


 守護者の黒剣だけが、その中を高速で迫っていた。


 レンは半歩だけ踏み込む。


 強化骨格が膝と足首の負荷を支え、身体を無理やり加速させる。


 黒剣を紙一重で躱し、そのまま守護者の側面へ滑り込んだ。


『外殻接続部へ攻撃推奨』


 視界の中で、青白い線が浮かぶ。


 レンは迷わずナイフを突き込んだ。


 今までとは違う感触。


 刃が深く入る。


 守護者の動きが止まった。


 青白い片目が激しく明滅する。


『損傷確認』


『通った……!』


 レンが低く呟いた、その瞬間だった。


 守護者の外殻が軋む。


 次の瞬間、背中側から青白い光刃が展開した。


『は?』


『追加武装を確認』


『先に言え!』


 光刃が唸りを上げながら振り抜かれる。


 レンは咄嗟に後退した直後、轟音と共に炎が横から叩き込まれた。


 ミレイの魔法だった。


 爆炎が守護者を押し流し、レンとの距離を無理やり引き剥がす。


「下がって!」


 珍しく余裕のない声だった。


 守護者は炎の中でゆっくり立ち上がる。


 外殻の一部は砕けている。


 だが。


 まだ止まらない。


 青白い片目が、再びレンを捉えた。


 守護者の胸部。


 そこへ走った亀裂の奥で、青白い光が脈打っていた。


 まるで心臓だった。


『中枢部損傷を確認』


『止まりそうか?』


『いいえ』


 セレスが即答する。


『対象は損傷状態でも戦闘継続可能です』


『だと思った』


 守護者が再び床を蹴り一直線にレンへ突っ込んでくる。だが、さっきより少しだけ読みやすい。


『右回避推奨』


 レンは半歩だけ身体を逸らと、黒剣が肩を掠め、外套を裂いた。


 そのまま守護者が光刃を展開する。


 青白い閃光。


 レンは強引に踏み込んだ。


 強化骨格が軋み、普通の人間なら膝ごと砕けそうな急制動だった。


 だがレンの身体は止まる。


 守護者の懐。


 目の前。


 青白く脈打つ胸部。


『中枢部露出率上昇』


『見えてる!』


 レンがナイフを突き出す。


 だが。


 守護者の片腕が先に動いた。


 黒い装甲腕がレンの首を掴む。


「っ……!」


 床から身体が浮く。


 凄まじい握力だった。


 喉が軋む。


 守護者の片目が至近距離で発光する。


 その時だった。


「レン!!」


 ミレイの声。


 次の瞬間、金色の魔法陣が守護者の背後へ展開した。


 膨大な魔力。


 空気が震える。


 守護者が反応する。


 一瞬だけ視線がミレイへ向いた。


 その僅かな隙。


『筋出力上昇』


 強化骨格が駆動する。


 レンは守護者の腕を強引に捻り上げ、そのまま身体を回転させた。


 骨が軋む。


 普通の人間なら自分の関節の方が先に壊れる動きだった。


 だが。


 レンの身体は耐える。


 守護者の拘束が一瞬緩む。


『今だ!』


 レンは空中で無理やり体勢を変え、そのまま胸部へナイフを突き立てた。


 深く。


 今度は完全に。


 刃が中枢へ届く。


 青白い光が暴走した。


 守護者の片目が激しく点滅する。


 直後。


 ミレイの魔法が炸裂した。


 轟音。


 金色の奔流が守護者を飲み込む。


 広間全体が揺れた。


 爆風が吹き荒れる。


 レンは咄嗟に床を転がり、崩れた柱の陰へ飛び込んだ。


 次の瞬間。


 守護者の胸部が内側から砕け散る。


 青白い光が制御を失い、広間中へ溢れた。


 耳を裂くような高音。


 そして。


 守護者の巨体が、ゆっくり崩れ落ちた。


 轟音。


 白い石床が揺れる。


 静寂。


 誰もしばらく動かなかった。


 やがて。


「……倒した、のか?」


 槍使いが呆然と呟く。


 守護者は動かない。


 青白い片目の光も、完全に消えていた。


『対象反応消失』


 セレスの声が静かに響く。


『戦闘終了を確認しました』


 レンは荒く息を吐き、その場へ座り込む。


「……マジで死ぬかと思った」


「それはこっちの台詞」


 ミレイが疲れた顔で近づいてくる。


 だが、その琥珀色の瞳はレンを見ていた。


 さっきの動き。


 あれはもう、普通の冒険者の戦い方ではなかった。


 ガルドも無言のままレンを見ている。


 白銀級。


 そんな枠には、とても収まり切らない。


 レンはそんな視線に気付かないふりをしながら、小さく息を吐いた。


 その時だった。


 遺跡全体が、大きく震えた。


 天井の奥から崩落音が響く。


『警告』


 セレスの声が響く。


『遺跡構造の崩壊を確認』


 ガルドが即座に叫ぶ。


「全員走れ!!」

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