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第十四話

第十四話


 青白い球体は、広間の中央で静かに脈動していた。


 光が強まる度に床の紋様が浮かび上がり、白い柱の表面を走る線が奥へ奥へと続いていく。


 魔導灯の光とは違う。


 炎でも魔法でもない。


 それはもっと冷たく、もっと無機質な光だった。


「……魔導炉、なのか?」


 ガルドが低く呟く。


 誰もすぐには答えなかった。


 ミレイは球体を見上げたまま動かない。


 琥珀色の瞳が、青白い光を映している。


「違うと思う」


「分かるのか?」


「分からない。でも、今まで見た魔導炉とは構造が違いすぎる」


 ミレイはゆっくり広間を見回した。


「これ、たぶん制御中枢」


「制御?」


「遺跡全体を動かしてる場所かもしれない」


 その言葉に、レンは無意識に球体へ視線を戻した。


 制御中枢。


 その響きは、彼にとってあまりにも馴染み深いものだった。


『解析継続中』


 セレスの声が響く。


 いつも通り淡々としている。


 だが、どこか僅かに硬い。


『対象構造体に航法制御装置との類似性を確認』


「……航法?」


 レンの声が低くなる。


『未知規格。完全一致はしません。ただし、星間航行用設備に類似する構成要素を複数確認』


 一瞬、周囲の音が遠くなった。


 星間航行用設備。


 この世界で、その言葉を聞くとは思っていなかった。


 レンは球体を見上げたまま、喉の奥で息を止める。


「……つまり、これがあれば」


『帰還手段となる可能性があります』


 セレスの返答は速かった。


 速すぎるほどだった。


 レンは思わず黙り込む。


 帰れる。


 その可能性。


 今まで遠くにあったものが、急に目の前へ置かれた気がした。


「レン?」


 ミレイの声で、意識が戻る。


 彼女が不思議そうにこちらを見ていた。


「顔、変」


「言い方」


「でも変だった」


 レンは小さく息を吐き、表情を戻した。


「ちょっと、嫌な予感がしただけ」


「それは私もしてる」


 ミレイは球体へ視線を戻した。


「これ、たぶん触らない方がいい」


「同感」


 だが、その瞬間だった。


 球体の光が強く脈動した。


 広間全体が低く震える。


 床の紋様が一斉に輝き、壁面を走る光が一本の線となって球体へ流れ込んでいく。


『警告』


 セレスの声が鋭くなる。


『対象構造体が艦長の生体情報へ反応』


「……俺に?」


『肯定』


 レンは一歩下がった。


 だが、球体の反応は止まらない。


 青白い光が彼へ向かって伸びるように揺れ、空間そのものが薄く歪む。


「おい、何した!」


 ガルドが叫ぶ。


「何もしてない!」


 レンはそう返しながら、視線だけは球体から外さなかった。


 何もしていない。


 だが、反応している。


 それが一番まずい。


 ミレイが短杖を構える。


「術式が起動してる。止められるか分からないけど、試す」


「危ないなら下がれ」


「下がって止まるならそうする」


 ミレイの足元に魔法陣が広がる。


 青白い球体の光とは違う、淡い金色の光。


 彼女は短杖を掲げ、壁面を走る紋様へ干渉しようとした。


 だが、次の瞬間。


 広間全体が大きく揺れた。


 天井の見えない暗がりから石片が落ち、床へ砕け散る。


 球体の奥で、何か巨大な機構が回転するような音が響いた。


『出力上昇。危険域に接近』


「止め方は?」


『不明』


「そこは分かってくれよ」


『解析時間が不足しています』


 レンは歯を食いしばる。


 その時、背後の通路から魔物の唸り声が響いた。


 グレイブハウンドの群れが追いついてきている。


 前には未知の装置。


 後ろには魔物。


 足元では遺跡そのものが動き始めており状況はかなり悪い。


 ガルドが大剣を構え直した。


「撤退するぞ! ここにいたら潰される!」


「出口は?」


「探しながら走るしかねぇ!」


 レンは球体を見上げた。


 帰還手段、その可能性がそこにある。

 

 だが今は調査をする余裕がない。


「セレス」


『はい』


「記録だけ取れ。今は生きて出る」


『了解』


 レンはナイフを握り直し、ミレイへ視線を向けた。


「走れるか?」


「平気」


 そう答えるミレイの顔色は、少し悪い。


 術式へ干渉しようとした負荷が残っているのだろう。


 レンは短く頷いた。


「なら行くぞ」


 その瞬間、球体がもう一度強く脈動した。


 広間の奥に、新たな通路が開く。


 白い壁が音もなく左右へ分かれ、暗い奥へ続く道が現れた。


 偶然ではない。


 明らかに、彼らを誘導している。


『新規経路を確認』


「罠っぽいな」


『同意します』


「でも行くしかないか」


 レンは小さく息を吐く。


 ミレイが隣に並んだ。


「こういう時、普通は行かない」


「じゃあどうする?」


「行くしかない」


「だよな」


 背後で魔物の群れが広間へ流れ込んでくる。


 ガルドが怒鳴った。


「走れ!」


 調査隊は一斉に新たな通路へ駆け込んだ。


 背後では青白い球体が静かに回転を始めている。


 その光は、まるで彼らを見送るように揺れていた。


 レンは走りながら、胸の奥に残った言葉を消せずにいた。


 帰還手段となる可能性があります。


 帰れるかもしれない。


 だが今はこの遺跡から生きて出なければならない。


 通路は緩やかに下へ傾いており白い壁面を走る紋様はさらに密度を増し、青白い光が足元を照らしている。


 まるで遺跡の内部を流れる血流みたいだった。


 後方からはグレイブハウンドの唸り声が追ってくる。


 だが、少しずつ距離は離れていた。


「……撒けたか?」


 槍使いが荒く息を吐く。


『後方敵性反応減少』


 セレスが即座に返す。


『ただし――』


 その瞬間だった。


 遺跡全体が大きく震えた。


 轟音。


 床そのものが揺れ、調査隊は思わず足を止める。


 直後。


 通路の前方で、白い壁がゆっくり開いた。


 重い駆動音。


 まるで巨大な扉だった。


「……またかよ」


 ガルドが顔をしかめる。


 開いた先は、広い空間だった。


 円形。


 白い柱が等間隔に並び、中央には巨大な紋様が刻まれている。


 だが、その中心に“何か”がいた。


 一瞬、全員の足が止まる。


「……人?」


 弓使いの女が呟く。


 それは人型だった。


 黒い外殻みたいな装甲を纏い、全身へ青白い線が走っている。


 身長は二メートルを超えていた。


 顔の半分は白い仮面みたいな装甲に覆われ、片目だけが青白く淡く発光している。


 そして。


 腰には、異様に長い黒剣。


 そいつは、ゆっくり顔を上げると、青白い光がレンを捉える。


『警告』


 セレスの声が変わる。


『高脅威反応確認』


「魔物……じゃないな」


『分類不能』


 その瞬間。


 黒い人影が、一歩前へ出ると床へ刻まれた紋様が一斉に発光した。


 空気が重くなる。


 ミレイが小さく息を呑む。


「……守護者」


「守護者?」


「古代遺跡の管理個体……かもしれない」


「かもしれない多いなこの遺跡」


「私も初めて見るから」


 ミレイの声は珍しく硬かった。


 つまり、本気で危険だと思っている。


 黒い人影はゆっくり剣を抜くと低い金属音が広間へ響いた。その動きは妙に滑らかで生物というより、機械に近い。


『対象、艦長を優先認識しています』


「……やっぱ俺狙いか」


 レンは小さく息を吐きながら、ナイフを握り直した。


 その瞬間。


 黒い守護者の姿が、消えた。


「っ!?」


 次の瞬間には。


 レンの目の前まで踏み込んでいた。

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