第11.1.3量子パルス:禁じ手の握手
≡ Quantum Pulse 1.1.3 / A Handshake on a Forbidden Move
毒蝮研究所の重い沈黙の中、翔太はただ、ホログラム投射機が置かれた床の一点を見つめていた。カナデがクロノス派への接触を試みてから、どれくらいの時間が経っただろうか。返答がなければ、この絶望的な状況を打開する術はない。
その時、投射機が静かに起動し、青白い光の粒子が収束を始めた。翔太は息を呑み、仲間たちも一斉に顔を上げる。光の中に、再びクロノスの姿が浮かび上がる。彼の背後の景色は変わらない。だが、その目の奥の色は、先ほどとは明らかに違っていた。
『提案を受け入れる。我々もまた、野村達也とエデン・プロジェクトを“排除すべきノイズ”と判断した』。
その言葉に、翔太たちは息を呑んだ。だが、クロノスは淡々と続けた。
『ただし、条件は三つ。ひとつ、作戦における全ての指揮権は、こちらが持つ。君たちは、我々の駒として動いてもらう。ふたつ、作戦終了後、アルカディア・コネクトの主要メンバー、及び関連技術の全ては、A8理念派の管理下に置かれる。みっつ、天野翔太。君の身柄は、作戦開始と同時にこちらで確保する』。
あまりにも一方的で、屈辱的な条件だった。
「ふざけるな!」郷田が叫ぶ。「なんだそりゃ、ただの奴隷契約じゃねえか!」
「翔太くんを人質に取るってこと……?」結衣の声が震える。
クロノスは揺るがない。『これは取引ではない。救済だ。君たちだけではエデンに勝てない。我々の力を借りる以上、これは最低限の保証だ。歴史を乱す可能性のある君たちを、野放しにはできない』
通信が切れ、研究所に再び沈黙が落ちた。誰もが、その過酷な条件を前に言葉を失っていた。
「……やるしかない」
最初に口を開いたのは、翔太だった。
「俺の身柄一つで、ミカさんの仇が討てるなら。リクを傷つけた奴らを止められるなら。安いもんだ」
「翔太!」ライラが彼の肩を掴む。「そんな簡単に言わないで!」
「簡単じゃねえよ」翔太は、固く握った拳を見つめた。「でも、俺はもう誰も失いたくないんだ。俺のせいで誰かが死ぬのは、もうたくさんだ」
彼の脳裏には、朱音の笑顔が焼き付いている。あの笑顔を守るためなら、どんな屈辱にだって耐えられる。
カナデは、黙って翔太の顔を見つめていた。やがて、彼女は静かに頷いた。
『……分かった。その条件を、我々は受け入れる』
それは、未来を賭けた、あまりにも危険な握手だった。理念も憎しみも消えないまま、ただ共通の敵を前に、二つの組織は禁じ手ともいえる一歩を踏み出した。




