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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第11章 禁じ手の握手

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第11.2量子パルス:集結の航跡、理念の交錯

 ≡ Quantum Pulse 11.2 / Converging Trajectories, Intersection of Ideals


 壁に背を預けたまま、翔太は眠れずにいた。冷たいコンクリートの床が、体温を容赦なく奪っていく。部屋の隅で、リクが眠る医療ポッドの生命維持装置だけが、規則正しい音を刻んでいた。その音が、今はまるで、失われた命の秒針のように聞こえた。

 空気にはまだ、焼けた電子部品の匂いがかすかに残っている。ミカの死と、リクの犠牲を思い出させる、消えない痕跡のように。

 カナデが提案した「ウルトラC」 。その言葉が、頭の中で何度も反響していた。

 A8と手を組む。クロノス派と、手を組む。

 その言葉を噛み砕こうとするたび、喉の奥に苦いものがせり上がってくる。A8は、影山を奪った組織だ。冷静な判断力と、時に冷徹なまでの合理性でチームのブレーキ役だった親友。彼を甘言で惑わし、「歴史固定」という名の正義を吹き込み、自分たちの前から連れ去った敵。その敵と、手を組むのか。

 ミカの顔が浮かぶ。ホログラム越しに見た、芯の強そうな瞳。そして、その足元で無邪気に笑っていた娘、朱音の顔。

『がんばって!』

 そう言って振ってくれた小さな手。カラフルな風船を約束した。その母親は、もういない。自分たちの無謀な作戦のせいで、命を落とした。翔太の胸を、罪悪感という名の鋭い棘が抉る。このまま何もしなければ、ミカの死は本当に無駄になる。朱音との約束も、果たせないまま終わる。

 だが、A8と手を組むことは、影山を奪った相手の理屈を、一時的にでも受け入れることだ。それは、影山に向けた「お前の選んだ道は間違いだ」という自分の心の叫びを、自ら裏切る行為ではないのか。

「……どうすりゃいいんだよ……」

 呟きは、機械の唸りにも紛れず、冷たい床に落ちて消えた。


 夜が明け、研究所に仲間たちが再び集まり始めた時、彼らの顔には一様に、眠れぬ夜の苦悩が刻まれていた。結衣は医療ポッドの前の椅子に座り、静かにリクの寝顔を見守っていた。郷田は壁際で腕を組み、黙って床の一点を見つめている。ライラは、窓の外の灰色の空を、どこか遠い目で見上げていた。

 重い沈黙が、全員の覚悟を試すように続いていた。

「……やろう」

 最初に口を開いたのは、翔太だった。一晩中座り込んでいた壁から背を離し、ゆっくりと立ち上がる。その声はかすれていたが、もう迷いの色はない。

「カナデ。クロノスの条件を飲む。あいつらと、手を組む」

 全員の視線が、翔太に突き刺さる。郷田が「本気かよ」と唸るが、翔太は首を横に振った。

「本気じゃねえよ。虫唾が走る。あいつらの顔なんて見たくもねえ。でも……」

 翔太は、一度言葉を切り、仲間たちの顔を一人ひとり見回した。

「俺は、ミカさんにした約束を、まだ諦めたくない。あの子に……朱音ちゃんに、風船を渡してやりたいんだ。ミカさんが命がけで送ってくれた情報を、ここで腐らせたくない。これ以上、誰も失いたくない」。

 彼の行動原理、「誰も見捨てない」という信念が、憎しみと罪悪感の泥沼の中から、一つの答えを掴み取っていた。

「俺は、俺の感情を殺してでも、今やるべきことをやる。影山のことは……この戦いが終わってから、俺が必ず向き合う。だから、今は……」

 翔太は、仲間たちに向かって、深く頭を下げた。

「……頼む。俺に、力を貸してくれ」

 リーダーとしての、初めての本当の意味での懇願だった。結衣が静かに立ち上がり、彼の隣に並んだ。「私も、行く。翔太くんが決めたなら」。ライラも頷く。「希望を繋ぐためなら、どんな手だって使う」。郷田は大きく息を吐き、頭をガシガシと掻いた。「……しゃあねえな。借りは、きっちり返させてもらうぜ」。

 チームは、一つの苦しい決断を下した。


 合流地点に指定されたのは、湾岸地区にある閉鎖された貨物ターミナルだった。錆びたコンテナが山と積まれ、潮風が鉄骨の間を抜けるたびに、ヒュウと寂しい音を立てる。夕暮れの赤い光が、オイルの染みたアスファルトをまだらに照らしていた。

 カナデに率いられたアルカディア・コネクトのガーディアンたちが配置に着くと、ターミナルの反対側から、もう一隊が現れた。黒を基調とした、A8の制式コンバットスーツ。しかし、野村派の部隊とは違い、その動きには一切の無駄がなく、規律の取れた静けさがあった。彼らこそ、クロノス派が誇る理念優先の精鋭部隊「テンプラー」。

 その中心から、一人の男が静かに歩み出てきた。銀灰の髪を後ろで束ね、黒のジャケットは皺ひとつない。A8理念派の筆頭、クロノス。その目は、温度のない氷の色をしていた。

「君が、天野翔太か」。

 クロノスの声は、風の音の中でもはっきりと通った。翔太は、感情を押し殺して彼を睨み返す。この男が、影山を……。

「目的は一致している」クロノスは、翔太の内面の嵐を見透かすように、淡々と続けた。「我々は、歴史の連続性を保全する。エデン・プロジェクトの無軌道な時空改変は、看過できないノイズだ。そして、野村達也の利益追求もまた、組織の理念を蝕む内部のノイズに他ならない 。我々は、二つのノイズを同時に排除する」。

「あんたたちの正義を、聞く気はない」翔太は、吐き捨てるように言った。

「正義の話ではない。これは手順の話だ」クロノスは揺らがなかった。「結果の座りを良くするため、最も合理的な手順を選ぶ。それだけだ」。

「影山は……あいつは、どうしてる」

「彼は、彼の正義を選んだ」クロノスは、わずかに目を細めた。「君が今、自分の感情を殺してでもここに立っているのと同じように。彼は、友を“止める”という痛みを選んだ 。どちらも、守りたいものがあるという点では同じだ」。

 互いの視線が、見えない火花を散らす。理念は決して交わらない。憎しみも消えない。だが、目の前には共通の、そしてあまりにも強大な敵がいる。

「……いいだろう」翔太は、固く握りしめた拳を、ゆっくりと開いた。「この戦いが終わるまでだ。終わったら、あんたたちとも、影山とも、必ず決着をつける」。

「それでいい」クロノスは、静かに頷いた。「記録の線を太くする。接触は抑制する。だが、排除すべきノイズは、排除する。始めよう」。

 夕日がコンテナの影に沈み、空には一番星が光り始めていた。決して交わるはずのなかった二つの航跡が、今、時空の要塞を前に、危うい均衡の上で重なった。激戦の幕は、もうすぐ上がる。


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