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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第8章 拍動を合わせて

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第8.7 量子パルス:識別確定、真名を呼ぶ

 ≡ Quantum Pulse 8.7 / Positive ID, Call Its True Name


 二十時五八分、堤防階段の直下。幅の狭いコンクリートのスロープが水に沈み、両側の護岸が音を抱えて重く返す。浅い層で底の砂が帯になり、舳先の前で薄い濁りへ変わった。

 〈サギリ〉は身を低く保ち、スロープの線へ斜めに入る。浅さが味方になり、砂の幕がこちらを探す視線をほどく。操舵輪の革は湿り、手の熱がじわりと吸い込まれていく。

 翔太は短い舵の段差に親指を掛け、戻りは腹で受け止めた。指先の血が退き、段差の角だけが冷たく鮮明だ。呼吸は短く、胸の内側で鼓動が速さを揃える。

 カナデ「接触報告(敵性の疑い)!海中の黒い影を確認、方位南東、距離一一五、速度上昇、進路は〈サギリ〉へ!」

 影山「接近の監視はカナデが持て。止める位置は俺が指示する」

 スロープの勾配が強まり、船底が水を押す手応えが濃くなる。堤防の壁は低い唸りを続け、舷の影は護岸の黒に溶けて輪郭を失った。甲板の金具が短く鳴り、静けさがかえって緊張を硬くする。

 カナデ「距離一〇五、速度維持、進路変わらずこちら!」

 翔太「半目だけ送る」

 ライラ「戻しは滑らかに。合図したら止めて」

 舳先が段差を撫で、底の砂が細く擦れる音で走る。振動は増えず、舵の反力は素直に返る。濁りは広がり、追ってくる線の輪郭がさらに薄くなる。

 郷田「おい、来るぞ!黒い影が速い、波頭が持ち上がる!」

  濡れた飛沫が頬に当たり、彼は額の汗を袖で乱暴に拭った。後部甲板の足取りは重く、視線は一点を離さない。

 カナデ「距離一〇〇!照合パターン、既知形に接近、一致率上昇!」

 影山「続行」

 結衣「学園は安定、ログは継続……みんな、聞こえてる?無事でいて」

  遠い校舎の屋上でヘッドセットを押さえ、唇の端をかすかに噛む。声は震えを隠して落ち着かせ、言葉の数だけ息を整えた。

 数字は等間隔で詰まり、骨格表示の角は崩れない。張力計は中央に貼りつき、後部のワイヤは静かに息をしている。堤防階段の縁は濡れて鈍く光り、上に人影はない。

 水際の線で黒い塊が輪郭を持つ。脚は二本、膝に当たる関節の可動域が広い。水際で半身を上げて進める構造だと、動きの節で分かる。

 カナデ「動作更新。陸上移行の前段、腰角度上昇、踏破準備」

 翔太「見えてる。手は離さない」

 ライラ「拍を維持。吸って、吐いて……揃えて」

  彼女の横顔は硬く、視線だけが翔太の手元と表示を往復する。喉仏の上下は小さく、声の高さは落ち着いている。

 その時、通信にざらついた歪みが混じり、影山の声が一拍抜けた。表示にも細かな粒が走るが、主電源は落ちず、指示器の針も生きている。広い周波数にまたがる雑音で、先の電磁パルスとは性質が違う。

 カナデ「二次ノイズ感知。広帯域、持続短い……いま収束」

 影山「電磁パルスではない。装置は稼働を維持」

 ライラ「拍、再固定。三、二、一」

 粒はすぐ引き、線は戻った。スロープの縁と舳先の角が噛み合い、舵の戻りが一段素直になる。夜気はひと呼吸ぶん冷たく、金属と海水の匂いが強まった。

 カナデ「距離九八!――識別確定、対象はUnit07!進路はこちら、揺れ少」

 郷田「張力中央、巻き上げ維持!……はぁ、はぁ……よし、持てる!」

  濡れた髪が額に張りつき、目尻の皺に水が溜まる。彼は片手でウインチ柱を叩き、もう片方でワイヤの触れを殺した。

 リク「研究追随。温度・加速度の揺れ小、記録継続」

  声は乾いて平板だが、語尾だけがわずかに強い。彼もまた、画面の数字に自分の手をかけている。

 翔太は舵をわずかに送り、すぐ戻して段差で止めた。舌の奥に金属の味がにじみ、視界の縁が細まって中心だけが濃くなる。足裏に重さが集まり、膝裏の汗が張り付いた。

 影山「翔太、次で正対の一合に入る」

  声量は抑え、言葉は角を立てない。目だけが鋭く、舵輪から翔太の肩へと移る。

 ライラ「合図は私が出す。止める位置で止めて」

  彼女は低い声で、途切れさせないように言葉をつなぐ。手首の脈に合わせ、数を刻む。

 カナデ「距離九二、速度維持、進路こちら!水際の角度、さらに深い!」

  数値は冷静に束ねるが、息継ぎが一音だけ早い。センサー群の重みを一身で受け、見落としを恐れていない。

「くっそ……!」翔太は喉の渇きを一度で流し込み、奥歯を強く合わせた。ここで退けば線が崩れ、後ろの誰かが傷を負う。ここで止めれば持ち帰れる。

 翔太「ここで止める。俺がやる!」

 ライラの目が一瞬だけ潤み、すぐ透明に戻る。影山は顎を短く下げ、舷の角に視線を戻した。結衣は遠い屋上で息を詰め、震えないように両手でマイクを包む。

 カナデ「距離九〇、識別は確定のまま、相手の揺れなし!」

 ライラ「三、二、一——今で合わせ!」

 翔太は舳先をいったん堤防の影へ戻す角度に切り、斜めに横抜きを狙った。水深がさらに落ち、底の砂が帯を広げる。浅さは味方だが、スロープの断面が想像より狭い。舷の下を流れる水が逆向きの筋を作り、戻りの手応えが重く変わった。

「……抜ける、か?」息が浅くなり、背中の汗が冷える。段差の角ははっきりしているのに、舳先の像だけがわずかに滲む。

 カナデ「更新。距離八九——相手、半身上げの角度を増した。速度、わずかに上昇」

  影山「横は——」その先が歯切れよく途切れた。

 通信に短い歪みが走る。返答の間が詰まり、影山の声が戻らない。

  「影山!?聞こえるか!」翔太は舵を一度戻し、すぐ切り直す。肘の内側に力が集まり、奥歯が固く噛み合った。

 郷田「舷、近い!堤防の角、当たるぞ!」後部甲板でワイヤの触れを殺しながら、肩で息を押しとどめる。張力計は中央を保っているが、余裕は薄い。

 ライラ「呼吸、落として。——翔太、角をもう半分。焦らないで」声は低いが、語尾にだけ強さが乗る。彼女の視線が舵輪と表示の間を往復し、拍が一拍深くなる。

 横抜きの角度では、砂幕が薄く切れ、水の筋が舳先に正面から返ってくる。スロープの縁が近づき、船底の押し返しが一段強くなる。

  「……ダメだ、横は詰まる」喉の渇きが増し、舌の奥に金属の味が広がった。

 カナデ「距離八八。相手の脚、段差を取った。こちらの横方向を読む動き」

  リク「研究、追随。ログは生きてる、誤差小」

  結衣「学園は安定。——翔太くん、無事でいて……!」遠い屋上でヘッドセットを押さえ、震えを声の奥に埋める。

 通信の歪みが抜け、影山の声が戻る。

  影山「翔太、横は一旦捨てろ。影には戻せない。——位置は保て。無理に抜くな」

 翔太は息を一度吐き切り、舵の段差に親指を押し当て直した。視界の縁が細まり、中心の像だけが濃い。退けば線が崩れ、誰かが傷を負う。退かないなら、次で受ける。

  「了解。位置、保つ。……まだ退かない」

 〈サギリ〉はスロープの線に貼りついたまま、舳先の角だけを微調整して正面に寄る準備を保つ。水は浅く、砂の幕は広がり、足場は狭い。距離の数字は詰まり続け、胸の中の鼓動が数値と歩調を合わせた。決着の向きは、次で決める。


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