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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第8章 拍動を合わせて

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第8.6 量子パルス:線を割れ、目を二つに

 ≡ Quantum Pulse 8.6 / Split the Line, Make Two Gazes


 二十時五七分、堤防の切れ目・浅い水路の入口。〈サギリ〉は低い姿勢で北西へ、〈ミズハ〉は堤防の影沿いに南へ。影の濃さが変わり、舷の輪郭は薄く、操舵の反力は軽い。堤防の壁面は濡れて鈍い光を返し、風は長く流れ、角で巻く低い唸りが続く。

 カナデ「接触報告(敵性の疑い)。方位、南東。推定距離、一二〇。一致率、八割。識別は保留。進路、こちら」

  受動の束から出やすい嘘は落とし、残った一致だけを言う。数字が揃えば、手は迷わない。

 影山「了解。接近はカナデが持て。止める判断は俺が持つ」

  表示の骨格は角を保ち、張力計は中央で揺れを殺す。誰が何を見るかは、今、声で分けた。

 翔太は〈サギリ〉の短い舵で半目送り、戻りを腹で受けた。舳先は水路の浅い段差に沿い、右舷の影を堤防の黒に重ねる。足場は狭い方がいい。迷いが削れる。

 カナデ「接触、更新。一一〇。速度、わずかに上げ。進路、こちら。——海面の小型艇(第三者)は一五〇、〈ミズハ〉側に寄り気味」

  追尾の焦点は別の方向へ向かい始め、片方ずつしか見られない状態になる。

 結衣「学園、連続、穴なし」

  リク「研究、生存、継続」

  背景の面は静かで、その静けさが前の音を浮かせる。紙帯の一定が胸の波を平らに戻す。

 影山「〈ミズハ〉は影の角を保て。——〈サギリ〉、水路へ斜めで入れ。正面は最後に残す」

  正面は最終の一合に取っておく。そこまでは、線を割って時間を作る。

 翔太「了解。斜めで入る」

  舳先が浅瀬の茶色をかすめ、舷の下で底の砂が擦れて走る音がした。手に伝わる震えが強くなる前に、半目戻す。背中のシャツがじっとり貼りつき、呼吸は短く整う。

 カナデ「接触、更新。一〇〇。一致率、八割強。識別は保留。進路、こちら」

  ここで止める線に近い。だが、まだ越えてはいない。影山は顎を一ミリだけ下げ、息を短く置いた。堤防の縁で飛沫が一度だけ頬に冷たい。

 カナデ「二隻の間隔、増加。——追尾の焦点、分離が成立」

  〈ミズハ〉の影は堤防に吸われ、〈サギリ〉の影は水路に沈む。数字は同じ面に残り、線は別の面へ離れる。

 郷田「張力、中央。巻き上げ、持つ」

  後部の金具は鳴かず、ワイヤは静かに息をする。鳴かない時は良い時だが、油断はしない。

 翔太は舵の段差に親指を押し、呼吸を一つ捨てた。怖い。けれど、怖い手は細く動ける。視界の端で水面の光が跳ね、耳の奥で風の唸りが太くなる。

 カナデ「接触、更新。九五。速度、維持。進路、こちら」

  影山「よし。ここで一度、固定」

  ライラ「三、二、一——固定」

  合図に合わせて翔太の手が次の送りを寸前で止まり、舳先は水路の線に貼りつく。骨格の角は崩れず、堤防のコンクリが湿り、反響が少し重くなる。濡れた匂いが鼻の奥に薄く立った。

 カナデ「海面の小型艇、一四〇。〈ミズハ〉側に寄ったまま。——接触(敵性の疑い)は九〇」

  数字は嘘をつかないが、人は嘘をつく。だから、数字だけを見る。

 影山「いい。監視の焦点は二つに分かれた。——次は正面に持ち込む」

  言い切る声は短く、迷いを渡さない。翔太は舳先を浅瀬の段差へ向け、手の汗をズボンで一度だけ拭った。指先は乾き、段差の感触が戻る。

 ライラ「拍、維持。合図は私が持つ」

  拍は刃だ。鈍らせない。翔太は「了解」と短く返し、親指の古い傷をもう一度だけ段差に押しつけた。

 堤防の切れ目で風が巻き、薄い波がガラスを二度叩く。紙帯の擦れは一定で、梁が低く一度鳴った。二隻は互いの影を背に、別の線へ深く入っていった。


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