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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第8章 拍動を合わせて

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第8.5 量子パルス:影と並走、二歩で渡れ

 ≡ Quantum Pulse 8.5 / Run in the Shadow, Cross in Two Steps


 二十時五六分、〈ミズハ〉風下舷・堤防の影側。外は灰色の海で波は低く、舷の影が堤防の黒に溶ける。表示は骨格と張力計に絞り、紙帯の擦れる一定の音が床の金具に淡く返った。空調の低音が途切れず流れ、塩と油の匂いが薄く鼻に残る。

 影山は右後ろで立ち、視線だけで全体をひと回しした。舵輪の革は湿り、汗の塩の匂いがわずかに立つ。失敗は派手に起きない、細部で起きる。堤防の角度、舷の角度、戻りの手応えを一度で揃えた。

「〈サギリ〉を寄せる。合図したらすぐ渡れ。」影山は短く言い、指で舷の角を示した。ライラは左席で拍を作り、息の高さを全員に合わせる。「三、二、一——今。」〈サギリ〉の舷が滑り込み、ザザザッと波が立って飛沫が灯りに散り、舷と舷が触れそうな距離に詰まった。寄せの反力がデッキに低く返り、手すりがひやりと冷たい。

 カナデ「姿勢、合わせた。横揺れ、小。——翔太、行ける。」遠隔の微調整で〈サギリ〉の艫が静かに吸い寄せられる。操舵入力は細く、舳先はぶれない。郷田は後部でワイヤを抱え、張力計の針を中央に貼りつけたまま息を止めた。ウインチ柱の金具に薄い水滴が付き、照明で細く光る。

 影山「行け。前はお前だ。」

  翔太は舵輪から手を離し、手すりを掴んで二歩で渡った。足裏に金属の冷たさが刺さり、指先の汗が滑りを呼ぶ。胸の奥で鼓動が跳ね、耳の奥にゴーッという風の帯が張りつく。〈サギリ〉のデッキは低く、足の反力がすぐ膝に返った。舷側の水が裂けてすぐ閉じ、細かい雫が袖に散った。

「戻らなかったら怒る。」ライラは声を抑えて笑わずに言う。笑えば崩れる場面もある。翔太は振り返らず、「戻る。」とだけ返した。喉は乾いて金気がするが、声はまっすぐ出た。

 影山「〈ミズハ〉は影沿いに出る。〈サギリ〉は浅い水路へ斜め。——カナデ、二隻の間隔、十ごとに報告。」

  カナデ「了解。二隻の間隔、五。増加に転じたら言う。——外部の接触、更新は私が持つ。」報告の背で遠隔トリムが細く動き、〈サギリ〉の頭が水路の入口へわずかに向いた。舷側の水が裂けて低い音で戻り、堤防の影が広がって黒を増す。

 郷田「張力、中央。撚りゼロ。巻き上げ、持てる。」

  後部甲板でブーツが床を噛み、ワイヤの微振動が腕に伝わる。巻き足は焦らない。焦れば撚りが出る。撚りが出れば、数字が腐る。

 翔太は〈サギリ〉の短い舵を握り、親指の古い傷を段差に押し当てた。怖い。だが、その怖さが余計を切る。腹で戻りを受け、横は半目で止める。舳先の揺れ幅が一段小さくなり、デッキの震えが均されていく。

 影山「いい。視線を割る。——〈ミズハ〉、影の角を保て。〈サギリ〉、浅い水路の線へ。」

  海は黙っているが、線は動く。動く線を先に見つけた方が、次の一手を決める。堤防の切れ目には逆向きの風が溜まり、ゴーッと長く流れて角で巻く。

 カナデ「間隔、七——十。〈サギリ〉、水路の入口、見える。——〈ミズハ〉、影の濃さ、増し。」数字の端がそろい、迷いが削られる。視界の端で、堤防のコンクリが濡れて鈍く光った。

 紙帯は一定に送られ、梁は低く一度だけ鳴った。ガラスが二度指で叩かれたように響き、遠くで小型艇の低い唸りが空気の底に乗る。二隻は影の中で、別の方向へ滑り始めた。〈ミズハ〉は黒へ沈み、〈サギリ〉は浅瀬の線をなぞる。舳先の前で、茶色の底が細い帯になって流れ、飛沫がときどき光った。


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