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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第8章 拍動を合わせて

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第8.1 量子パルス:呼吸を合わせる

 ≡ Quantum Pulse 8.1 / Sync the Breaths


 二十時五二分、〈ミズハ〉・ブリッジ。表示は二画面に絞り、船体の骨格表示と張力計だけを残す。空調は低く回り、塩と油の匂いが薄く混じる。

  ライラは左席で背筋を伸ばし、指先を卓の角に置いた。声は張らず、語尾を切らず、拍だけをはっきりさせる。揺れは小さいが、心拍はまだ速い。

  彼女は視線で全員をなぞり、短い順で名前を拾った。翔太、影山、カナデ、郷田。遠方は学園の結衣、研究所のリク。

  「全員、呼吸を合わせる。ここからは私が拍を持つ。」

  影山「了解。命令は短く出す。」

  カナデ「表示、維持。二画面のまま。」

 ライラは顎を一度だけ引き、掌を軽く上げ下げした。吸う時は指を開き、吐く時は指を閉じる。合図は小さく、でも全員に見える。

  心の中で八つ数え、端で止める準備をする。止めの一拍が遅れると、整った線はすぐに崩れる。

  「翔太、手は置いたまま。戻りを腹で受けるだけ。」

  翔太「了解。置く、受ける、待つ。」

  「郷田、張力の報告は短く。一語で構わない。」

  郷田「中央。撚りゼロ。」

 遠方の二つの声も短く揃える。

  結衣「連続、穴なし。」

  リク「生存、継続。」

  ライラは数字を見ながら、声の温度を同じ高さにそろえた。報告の順は変えない。順が乱れると、判断が遅れる。

 揺れの端が消え、骨格表示の線が細く立つ。張力計の針が中央でわずかに震え、すぐ静かになった。体の震えは残るが、手の震えは消える。

  ライラは唇の内側を軽く噛み、言葉を一つだけ許す。

  「吸って、吐いて。」

  それ以上は言わない。定型は一度だけでいい。二度言えば、合図が鈍る。

  影山「次の指示、ライラ。」

  「臨界手前で停止。抽出はまだ待つ。式をなぞる。」

 彼女は指で机の角を二回叩き、三回目を空中で止めた。止めの位置が今夜の基準になる。誰かが迷ったら、ここへ戻す。

  骨格表示の角度が緩く揺れ、やがて同じ角へ戻る。戻りの幅は小さく、戻りの速さは一定だ。

  「カナデ、数字を一つだけ。重なり。」

  カナデ「八割台、維持。」

  「結衣、偏差。」

  結衣「四十ミリ秒以内。」

 ライラは短く息を吸い、喉を通す音を殺した。喉が鳴ると全体が揺れる。揺れが出れば、誰かが焦る。

  彼女は視線を左下の端に落とし、抽出器の起動欄がまだ暗いことを確認した。暗いままでいい。早い起動は失敗の種になる。

  「翔太、横の一目盛りだけ許可。戻しは滑らかに。」

  翔太「一目盛り。戻す。」

  「郷田、固定。」

  郷田「固定。」

 内側の時間がゆっくりと伸び、外の灰色は動かないまま進む。張力計の針が中央に貼りつき、骨格表示の線は細いまま保たれた。

  ライラは指で八を描き、端で止める。止めた拍の端が、次の「今」になる。

  「全体、合図は私が出す。抽出の起動は、私の『今』だけで押す。」

  影山「了解。閾値は握ったまま。」

  カナデ「表示、問題なし。」

 ライラは心の底で二つだけ願いを整え、願いの言葉は口にしない。願いは口にすると緩む。緩んだ願いは、現場では役に立たない。

  彼女は手の甲に残った細い塩の白さを見て、目を前へ戻した。数字の線は一本に見えるが、実際は三つの面が重なって一本に見える。

  重なっているうちは、踏み外さない。踏み外さなければ、取れる。

  「次の拍で合わせる。——今度は落とさない。」

  声は静かで、でもよく通った。全員の呼吸が、そこに揃った。


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