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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第7章 「深海の攻防」(ROV降下〜妨害対処〜接近戦の縁)

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第7.8 量子パルス:臨界層、あと一息

 ≡ Quantum Pulse 7.8 / The Threshold Layer, One Breath Away


 二十時五一分、〈ミズハ〉・ブリッジ。表示は二画面に絞ったまま、左が船体の骨格表示、右が張力計。空調の低音が一定で、舵輪の革は体温で湿る。翔太は前席で姿勢と推力を抱え、親指の段差に指腹を沈めた。呼吸は短く切る。怖い。だが、怖さは余計を削る刃だ。

 影山は右後ろで立ち、視線だけで全体を押さえる。左席のライラは拍を持ち、指先で机の角を一度叩いて止めた。右後席のカナデは各センサーの数字を一列に束ね、後部甲板の郷田はウインチ柱に肩を当てて張力計を見張る。遠方には学園の結衣、研究所のリク。順番は崩さない。崩すと遅れる。

「ここで止める。」影山が短く言う。「臨界の手前、半身。抽出はまだだ。」

  「了解。横は生かす。」翔太は舵を一目盛りだけ送り、戻りを腹で受けた。中央は触らない。端だけ生かす。端が生きれば、距離は嘘をつかない。

  ライラ「拍、維持。合図は私。」

 カナデの声が一段硬くなる。「接触報告(敵性の疑い)。水中スラスターの音紋。方位、南東。推定距離、一八〇。一致率、七割前後。識別は保留。」

  影山「推定で名を口にするな。識別は保留だ。数値だけで動け。撤収閾値は一〇〇。距離は二〇刻みで更新しろ。」

  カナデ「了解。進路、こちらへ。速度変化、小。更新は私が持つ。」

 甲板の奥でワイヤが低く唸り、すぐ静かになる。郷田は膝で衝撃を潰し、手首で余分を逃がした。

  郷田「張力、中央。撚りゼロ。固定できる。」

  結衣「学園、連続、穴なし。」/リク「研究、生存、継続。」返事は短く、順は崩れない。

 ライラは八拍を数え、端で「今」と囁く。翔太は即座に舵を一目盛り送り、戻しを滑らかに落とす。骨格表示の角は薄く揺れ、すぐ元の角へ戻った。戻りは素直だ。素直なら、次も置ける。

  「よし。」影山が顎を一ミリ下げる。「その置き方で保て。」

  「保つ。」翔太は喉の乾きを飲み下げ、親指の傷を基準に力をのせ直した。

 カナデ「外部接触、更新。推定距離、一六〇〜一八〇。進路はこちらへ。撤収閾値まで余裕あり。識別は保留。」

  影山「了解。撤収判断は俺が持つ。接近はカナデが持て。」

  カナデ「持つ。」数字の列は短く、意味は重い。

 海は灰のままで、波は低い。ブリッジの梁が一度だけ低く軋み、床のボルトが「ギッ」と鳴る。紙帯ロガーの擦過音は一定で、記録の字は途切れない。一定の音が、胸の波を平らにする。

  ライラ「翔太、横、半目盛り。戻しは滑らかに。」

  「半目盛り——戻す。」送りは短く、落としは静かに。過ぎれば崩れる。遅れれば伸びる。その間に置く。

 郷田「中央、維持!」針は中央で止まり、震えは小さい。

  結衣「同周期の影、追認。」リク「加速度の微細成分、収束側。」報告は一往復で足りる。

  影山「抽出はまだ待て。式をなぞる。乱れはこっちで切る。」

 カナデ「外部接触、更新。推定距離、一五〇。一致率、七割後半。進路は変わらず、こちらへ。」

  影山「距離の刻みを上げろ。二〇から一〇へ。百を切る前に一度止める。」

  カナデ「了解。——一四〇。速度変化、小。角度、良。」

 ライラは指で机の角を二回叩き、三回目を空中で止めた。止めの位置が今夜の基準だ。迷ったら、ここへ戻す。

  「翔太、次の『今』で置く。一目盛り。」

  「置く。」翔太は腹で戻りを受け、舵輪の革を握り直した。親指の段差が熱い。熱は基準になる。基準があれば、手は迷わない。

 骨格表示の角は揺れず、張力計の指針は中央で止まる。外の舷側の影だけがわずかに進む。退屈に見えるが、退屈は罠だ。退屈に見える時ほど、線は動く。

  影山「全員、声は短く。判断は一度。戻す時は一拍早く止めろ。」

  翔太「了解。」舌を噛み、癖を殺す。止めたくなる手は前へ行く。前へ行った手は、戻りで暴れる。

 カナデ「外部接触、更新。推定距離、一三〇。一致率、七割台後半。——識別は保留。」

  影山「いい。百を切ったら、俺の合図で一度止める。」

  ライラ「拍、維持。——次の『今』で合わせる。」

 翔太は舵を抱え、視界の一点だけを見る。息は短いが、頭は静かだ。怖さは残る。残るから、余計を切れる。

  甲板の水が排水溝へ細く集まり、靴底は床を噛む。郷田の呼吸は肩で揃い、声は出ないが持っている。

  カナデ「外部接触、更新。推定距離、一二〇。進路は直。速度変化、小。」

 影山「翔太、そこで一旦固定。」

  「固定。」親指の段差で止め、腹で揺れを受ける。骨格表示の角は静かで、張力計の針は中央に貼りついた。

  ライラ「三、二、一——維持。」拍が刺さり、全員の息が同じ高さで止まる。

 カナデの声がさらに硬くなる。「外部接触、更新。推定距離、一一〇。一致率、八割。——こちらの表示の上で線が重なる。」

  影山「固有名は口にするな。識別は保留。数値だけで動け。」

  翔太は舵輪の革を強く握り、痛みで手を安定させた。

 灰の海は何も言わない。だが、同じ表示の上で線は太り、向きは変わらない。

  直線は、こっちへ揃ってくる。

  臨界層は近い。あと一息。


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