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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第8章 拍動を合わせて

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第8.2 量子パルス:抽出、ゼロ線の上

 ≡ Quantum Pulse 8.2 / Extraction on the Baseline


 二十時五三分、〈ミズハ〉・ブリッジ。表示は左が船体の骨格、右が張力計に絞った。空調の低音が床を這い、塩と油の匂いが薄くまとわりつく。舵輪の革は手の熱を吸ってしっとり重い。

 掘削は遠隔操作の水中作業機でやる。機体は海底の目標点で静止しており、今から起動するのは先端に組んだ抽出系だけだ。抽出ヘッド(選択吸着膜)と小型ポンプ、回収管路と小瓶ユニットの組み合わせを、ブリッジから立ち上げる。

 基準は一本のゼロ線だ。起動が正しく乗れば、その上に均一な小さな峰が並ぶ。乱れたら、すぐ止める。

 影山「起動はライラの合図だけ。各員、報告は短く、順番は崩すな」

  カナデ「表示、正常。方位・速度・姿勢、許容内」

  郷田「張力、中央。撚りゼロ。固定できる」

  結衣「学園、連続、穴なし」

  リク「研究、生存、継続。温度の揺れ、小」

 ライラは左席で背筋を伸ばし、指先で机の角を一度叩いて止めた。目線だけで全員を拾い、呼吸の高さを揃える。声は短く、合図ははっきり。

 ライラ「——今!」

 翔太は水中作業機の抽出系の起動キーを押した。指先の皮下に埋めた微小チップが自分の血清の型と共鳴し、回路が「正しい利用者」として開く。左の掌に「コッ」と小さな反力が返り、見えない脈が神経を細かく叩いた。

 影山「舵は触るな! 戻りは腹で受けろ!」

  翔太「了解!」

  舵輪の革がひやりと冷え、汗で滑りそうになる指先を段差で止める。喉は乾き、奥に金属の味がした。

 張力計の針が一目盛りだけ右へ跳ね、すぐ中央へ戻る。後部甲板で金具がギンと短く鳴り、郷田が膝で衝撃を潰す。

  郷田「中央、戻り。撚りゼロ、維持!」

  カナデ「抽出系の微振動ログ、取得。間隔、基準の七割。位相のずれ、小」

 ライラ「拍、維持。乱すな」

  ゼロ線の上に粒の峰が二つ、三つ。最初は不揃いで、四つ目から詰まり始める。骨格表示の角は保たれ、空調の低音が一定に続いた。

 翔太「維持」

  骨格の角がわずかに逃げ、すぐ戻る。戻りが素直なら、横の微調整が許される。

 ライラ「翔太、横、半目盛り。戻しは滑らかに」

  翔太「半目盛り——戻す」

  送りは短く、落としは静かに。親指の古い傷がうずき、痛みが基準になった。

 結衣「学園、同周期の影。連続に変化なし」

  リク「研究、加速度の細い成分、収束側に寄る」

  カナデ「一致率、六割後半。帯の乱れ、縮小」

 外は灰色の海で、波は低い。ガラスを小さく二度叩く音がして、ブリッジの梁がギッと応じた。紙帯ロガーのしゃっという一定の擦れが、胸の波を平らにする。

 ライラは顎をわずかに上げ、それを「押せ」の合図にした。

  ライラ「同じ速さで、もう一つ」

  翔太「もう一つ」

  掌の奥でポンプの脈が整い、ゼロ線の上で峰の高さがそろっていく。

 影山「よし。見たまま保て」

  郷田「張力、中央。撚りゼロ、持てる」

  カナデ「一致率、七割台。間隔がそろう」

 翔太は舌の奥の金気を飲み下し、息を短く切った。怖い。だが、その怖さで余計を切れる。親指の段差に体重を落とし、左の掌で推力の脈を受け続ける。額の汗がこめかみを伝い、視界の端で光った。

 カナデ「外部接触の更新。方位、南東。推定距離、一五〇〜一八〇。こちらへ。ここでやめる線(一〇〇)までは余裕あり。識別は保留」

  影山「了解。接近の報告は君が持て。止める判断は俺が持つ」

  カナデ「持つ」

 ライラ「拍、維持。今の帯を離すな」

  翔太「離さない」

  骨格の角は揺れず、張力計の針は中央に貼りついた。空調の低音、機器の微振動、靴底が床を噛む乾いた感触が重なる。

 ゼロ線の上の粒が八つ、九つと並び、一本の帯に見え始める。呼吸の高さがそろい、声は減った。声が減るほど、手は細くなる。

  結衣「学園、追認。影の太り、継続」

  リク「研究、三点同時の一致、継続」

  影山「このまま保て。止めるときは俺が言う」

 ライラ「三、二、一——維持」

  拍が空気に刺さり、全員の体が同じ高さで止まる。外の海は何も言わないが、帯は細いまま崩れずに伸びた。

 翔太は舵輪の革を握り直し、親指の段差に力を込める。痛みは鮮明で、意識は細い。ここで外すな。ここで決めろ。

  カナデ「抽出ログ、良好。間隔の揃い、継続」

  郷田「張力、中央。持続」

  ライラ「拍、維持。封の準備に入れる」

 影山は一度だけ顎を下げた。

  影山「よし。封の一歩手前で保て。次の合図はライラが出せ」

  ライラ「了解。——次も、同じ今で押す」

 ゼロ線の上の帯は、細いまま、確かにそこにあった。全員の息が同じ高さで解け、また揃う。成功はまだ呼ばない。呼ぶのは持ち帰ったあとだ。


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