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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第4章 暗躍する影

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第4.1量子パルス:エースエイト・クロノスとユニット07の影

 ≡ Quantum Pulse 4.1 / Shadow of Chronos & Unit-07


 地下の統制階は夜に強い。空調の低いうなりが床を這い、演算ラックのファンが規則の良い呼吸で応える。壁の大型パネルには数式の帯と発熱点の地図、監視回線の波形が途切れず流れ、時折、施設外縁の撮像が差し込まれる。


 金属フレームが温度差で小さく鳴り、ガラスに映る人影は細く長い。エースエイトの神経中枢は、音を立てない音で満ちていた。ドアの先に、ひときわ背の高い男が立つ。


 銀灰の髪を後ろで束ね、黒のジャケットは皺ひとつない。足取りは軽いのに床が鳴らない。灯りを一段落としたように、彼が近づくと周囲のコントラストが静かに深くなる。


 名はクロノス。理念派の筆頭、作戦統制主任。目は氷の色をしているが、見ているものは温度ではなく時間だと、ここで働く者は皆知っている。


「クロノス主任、第三域の報告、最終版です。」


 オペレーターが黒いリングノートを差し出す。紙がトレイに触れてかすかに鳴る。クロノスは受け、開く前に紙の乾きを手の甲で確かめた。


「三行。」


「一、接続境界周辺で“小揺れ”が連続。二、外部勢力が受信点を増設する兆候。三、こちらの手跡は露見していません。」


「時刻の集中帯は。」


「二時十三分と五時十七分。規則的です。」


「規則は意思の影だ。影があるなら、光の向きが読める。」


 クロノスは短く言い、ページを繰る。余計な形容のないメモに“寄り方の癖”とある。良い。


 癖は対話の入口になる。癖のない現象は祈りになる。祈りは現場の敵だ。


 会議室のドアが開き、革靴が床を強く叩いた。野村——資金と調達を握る実務派——が派手すぎない光沢の背広で入ってくる。その後ろに若い国会議員の石川。


 ふたりは椅子をわざと音を立てて引いた。


「主任、外で受信点が増えている。向こうは警戒中。こちらは一段深く出るべきだ。ゲート運用は“実証”から“適用”に。装置のロット増も今なら通る。」


 野村の語尾は跳ね、言葉に速度があった。石川が腕を組んだまま静かに足した。


「委員会は目に見える成果を求めています。数字で。」


「成果は線の上に置く。線の外で掲げる旗は、翌日には別の色になる。」


 クロノスはペンのクリップを指で鳴らす。かちり、と小さな金属音。ふたりの視線が音へ一瞬引かれて、また戻った。


「踏み込みは、読むためにやる。読むには、触る前に見る。触った手は跡を残す。跡は必ず反作用を呼ぶ。反作用の計算も、こちらに乗るのか。」


「主任、公共を敵に回す気はない。ただ、技術には時間価値がある。遅れれば競合に抜かれる。」


 野村が笑う。歯が多い笑いだ。


「競合は外ではない。我々自身の“欲”だ。」


 クロノスは笑わずに答える。低い水音のような声。


「理念を腐らせるのは外ではない。内側の近道だ。」


 空調の音が一拍強くなり、すぐ戻る。石川が腕を解いてペンのキャップを外す。間合いを取る所作が手慣れている。


「では主任の方針は。」


「記録の線を太くする。接触は抑制。示威は一度のみ。攻撃はさせない、させられない。」


「Unit07は“足”です。見せなければ、届かない。」


 野村が身を乗り出す。クロノスは壁の一枚を指で示した。校舎非常口の夜の映像が走る。


 黒い影が一つ、二つ。少年が角を蹴って板に乗り、直線をズラす。計算外の斜めは、時に最短距離になる。


「見せた。十分だ。あれは足だ。手にするな。足で踊れば足がもつれる。」


「主任、比喩はわかりづらい。」


「君らの数字は、譬えがなさすぎる。」


 クロノスはファイルを閉じ、トレイに戻した。人は記録を裏切るが、記録は人を裏切らない。だから紙の抵抗で確かめる。


 彼は昔からそうしてきた。


「理事会への文面は私が起こす。――――野村、ロット増産案は凍結。石川、“適用”は早い。“実証拡張”に言い換えろ。拡張は人を不安にさせない。」


「それでは動けない。」


「動ける。動かない手が最短なときがある。」


 野村は唇の内側を噛む。石川は眉を一度だけ上げ、うなずいた。ドアが静かに閉じ、ハンドルが戻る音が薄く響く。


 クロノスは統制室の奥、整備ベイへ向かった。隔壁の内側は暗く、作業灯が点で浮かぶ。カバーの下、Unit07のフレームが骨格だけで立つ。


 整備員がグリスを薄く延ばし、トルクレンチがかちりと鳴る。クロノスは一歩だけ近づき、吐息が届かない位置で止まった。


「検知系のしきい値を一段上げろ。過敏な兵は戦場を増やす。」


 整備主任が即答する。


「了解。許可なく近接した対象には、照準のみで通過、接触禁止で。」


「記録は落とすな。映像と時刻、経路。――――そして、正義を名乗る衝動に手を貸すな。正義は記録の外にいるときほど速く腐る。」


 彼は誰にともなく言い置いた。黒い装甲が灯りを硬く返す。無機は素直だ。


 だから人が順序になる。順序を間違えたときだけ、機械が代わりに決める。その順序を守るのが自分の役目だ。


「主任、外部観測の逆算。向こうは学園、沿岸、研究施設の三角で時刻を揃えてくる見込みです。」


 若い分析官が駆け寄る。


「よろしい。揃える頭は信用できる。揃えられない腕力より、ずっと。」


「こちらは対抗の増設を。」


「こちらは受信点より可視化だ。“見える化”は誤解を減らす。誤解が減れば、武力は遅れる。」


 分析官がうなずき、踵を返す。足音が薄く遠ざかる。クロノスは歩幅を変えず、ゆっくり統制室へ戻った。


 古いベルの電話が一度だけ鳴る。電子音より遠くまで届く音だ。彼は受話器を取り、名を名乗らない相手の息を一秒で測る。


「今夜は見る夜だ。手は出すな。――――出したくなるのはわかる。だが出した手は、明日の議論を失う。」


 通話は短く終わった。受話器をがちゃんと置かない。置き方も記録になる。


 置き方の音は、組織の態度だ。スクリーンに地図。赤い三角の頂点が、一定の刻に点灯しては消える。


 規則は美しい。美しい規則は、破りたくなる衝動を呼ぶ。だから叩かない。


 育てる。太らせる。太った規則は、そのうち自分から語りだす。


「主任。」


 戻ってきた野村が、声だけ低くした。


「一点、提案がある。“見せしめ”ではない。動作確認だ。例の若い監視者の周辺で、Unit07の“敏捷試験”を。接触はさせない。十五秒で十分。彼らの反応速度と回避経路が見える。」


「不要だ。」


 クロノスは即答し、画面から目を離さない。


「“敏捷試験”は、現地では“襲撃”と呼ばれる。言い換えは現場に通じない。」


「主任、我々は炎上を恐れて止まる組織じゃない。抑止のためのテストだ。彼らに“見える”ようにしておくのは、有効だ。」


「抑止は、相手の言葉があるときに効く。言葉を持たない対象には、曲がって届く。」


 沈黙。野村は笑って見せるが、目は笑っていない。


「では、別ルートでデータを集めます。投資家が画像を求めているので。」


「画像は渡さない。数字を渡せ。画像は餌になる。」


 クロノスは通知欄を一つ切り、キーボードを軽く叩く。運用権限表に“停止コードΦ”を追加。発効は管理者権限のみ。


 配布先は自分一人。画面の角で小さなチェックが緑に変わる。


「石川。」


 メッセージを打つ。議題名は“実証拡張段階”。グラフは四つ、数字は三つ。


 最も目を引く数字は最後。最初に置く数字は、すぐ嘘になる。石川から“了解”の返事。


 要領の良い政治家は刃を紙で包む。整備ベイの主任が顔を出す。


「Unit07、立ち上がりテスト、合格。しきい値、指定どおり一段上げました。」


「いい。あれは影だ。前を歩かせるな。背後だけを歩かせろ。影が前に出るのは、光が弱いときだ。光を弱くするな。」


 主任は頷き、扉が閉まる。統制室の光がわずかに揺れ、ログの線が伸び続ける。そのとき、端末の片隅で見慣れないジョブが点滅した。


 タイトルは事務的だが、発行者IDが野村系統のサブプロセスを示している。実行時間は学園周辺の静かな時刻帯、十五秒。タグは“運動能力試験”。


 クロノスはカーソルを止め、すぐには消さなかった。消すと、もっと深く潜る。同じ行に“監査フラグ”を挿し、監視系の巡回を二倍に上げる。


 上位停止の経路だけは、自分の端末へ直結。画面の端で緑の点がひとつ増えた。


「主任、投資家が“次の絵”を欲しがっています。」


 野村から再び短いメッセージ。クロノスは返さない。返事は言質になる。


 窓ガラスに自分の姿が薄く映る。銀灰の束ね髪、影の輪郭は細く長い。セフィロス、という古い比喩を耳にしたことがある。


 彼は剣を持たない。持つのは、遅らせる手段だ。


「――――記録の線を太く。足は静かに。手は出すな。」


 独りごとのように低く言う。ファンの回転が音を揃え、照明のちらつきが収まる。背後で、野村が側近に低声で指示するのがわずかに漏れた。


「監査フラグは想定内だ。サブの経路で行け。十五秒、外縁だけ舐めろ。“若い監視者”の反応を取る。名前は上げるな。」


 コツ、と遠ざかる靴音。クロノスは聞こえないふりをした。耳で対立を増やしても、現場は救えない。


 救うのは、指先で止める準備だ。彼は懐から古い懐中時計を出し、蓋を開けずに親指で拍を取った。針の進みが指に伝わる。


 時刻は、見るより触れたほうが正確だ。モニタの片隅で、学園周辺の地図が微かに呼吸する。赤い点が、遠慮がちな間隔で灯っては消える。


 あの路地には、慎重に歩く“ひとり”がいる。彼を分類しない。分類すると、捨てやすくなる。


 捨てないために、名を呼ばない。だが、止める方法だけは用意しておく。停止コードΦ。


 十五秒なら間に合う。十五秒を、こちらが握る。戦いを遅らせることが、今夜の戦いだ。


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