第11.6量子パルス:玉座への突入、最後の敵
≡ Quantum Pulse 11.6 / Charge to the Throne, The Final Enemy
翔太は、ライラと共に、熱波の通路を抜けた先にあった最後の扉を押し開けた。金属が石を擦るような鈍い音が、背後のクロノス派とエデン、野村派の激戦の轟音にかき消される [11.5.7]。
中枢の聖域は、これまでの遺構とは異なっていた。空間全体が、青白い光を放つ巨大なクリスタル製の壁に囲まれており、天井は遥か高く、無数の古代文字が発光しながら螺旋状に上昇していた。空気が澄んでおり、鉄の匂いではなく、まるで純粋なオゾンと静電気の冷たい匂いがした。
その広大な円形広場の中央。無数のケーブルと発光する導管が集中する最奥に、一際巨大なクリスタル製の玉座があった。
玉座に座す男の姿が、翔太の視界に飛び込んできた。ゼファル。エデン・プロジェクトの最高責任者。
彼は、古代の法典にある賢者のような、優雅な白いローブを身に纏っていた。その顔は、極めて整っているが、感情の温度を持たない、冷酷で傲慢な選民思想の権化を思わせた。その目は、扉を破ってきた翔太たちを、汚い虫でも見るかのように、ただ静かに見下ろしていた。
ゼファルの周囲を、残存する古代ガーディアン・ゴーレムの巨体と、重力投射砲を構えるティターンの小型自律防衛体が取り囲んでいた。
「よく来たな。無秩序の象徴たる、現代のノイズどもよ」
ゼファルの声は、広場の反響を吸収するように静かだったが、その一音一音に、全てを支配する者の揺るぎない確信が宿っていた。
翔太はボードを床に滑らせ、静かに足を止めた。肌を刺すような冷たい視線。その圧力が、クロノスやUnit07が放つそれとは、根本的に質が異なっていた。彼らは脅威として排除しようとしたが、ゼファルは、最初から自分たちを人類の数に入れない、究極の排他性を体現していた。
「君たちの到着は、量子計算で既に織り込み済みだ」ゼファルは、玉座からわずかに身を乗り出した。「君たちの行動は、単なる歴史の無駄な揺らぎに過ぎない。君たちは、愚かな偶然と、感傷的な友情で動く。それに対し、我々は科学的必然性と、究極の選民の秩序で動いている」
ライラが一歩前へ出た。彼女の顔には、この最終決戦に至るまでのすべての犠牲、ミカの死、リクの負傷、郷田の覚悟、その全てに対する怒りが宿っていた。
「選民の秩序だと? あなたたちは、パンデミックで苦しむ『わたしたちの世界』を見捨て、自分たちだけが過去の楽園へ逃げようとしているだけだ!」。
ライラは、故郷の人間が、絶望の中でエデン・プロジェクトに騙され、切り捨てられてきた現実を知っている。
「逃走ではない」ゼファルは淡々と否定した。「これは存続のための苦渋の選択だ。君たちの世界は、自らの過ちで因果律の泥沼に沈んだ。君たちの血筋にある特殊な配列が必要なのは事実だが、その配列も、我々の厳格な管理下になければ、無秩序の源となり、時空全体を崩壊させる。我々こそが、真の歴史の守護者だ」。
その言葉は、翔太の最も深い場所――自分の行動が世界を狂わせるのではないかという、影山の言葉によって植え付けられた恐怖の種を、再び揺さぶった。
翔太は、ゼファルの冷酷な言葉に反論する言葉を探さなかった。理屈では、この男には勝てない。彼の語る「秩序」は、あまりにも完成されすぎていた。
だが、翔太を動かしているのは、もはや理屈ではない。
彼の胸の奥で燃えるのは、ミカを殺し、リクを傷つけ、そして朱音から母親を奪ったエデン・プロジェクトへの静かな怒り、そして復讐の炎だった。
「あんたの言う秩序は、俺には理解できない」
翔太の声は低く、広場の冷たい静寂の中で、乾いた音を立てた。
「だが、俺の仲間を殺し、家族を奪い、そして大切な人を切り捨てて逃げようとするあんたたちは、俺の正義の前に立ちはだかる、ただの敵だ」
翔太は、ボードのスイッチをオンにした。ウィールが低く唸りを上げ、靴底に微細な振動が伝わる。
「ライラ、行くぞ」
「うん!」
ライラは即座に反応し、翔太の隣で戦闘態勢に入った。
その瞬間、ゼファルがわずかに口角を上げた。それは、嘲笑だった。
「来るか。面白い。君たちが、我々の最後の障害にならなければ良いが」
ゼファルが手をわずかに振り下ろした。その動作に合わせ、玉座の周囲に展開していた巨大なガーディアン・ゴーレムと、重力制御自律防衛体〈ティターン〉が一斉に起動した。




