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ツヨイチカラ  作者: 桃馬 穂
第11章 禁じ手の握手

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第11.5.7量子パルス:三つ巴の終焉、復讐の座標

 ≡ Quantum Pulse 11.5.7 / The Conclusion of Trinity, Coordinates of Vengeance


 郷田の肉体が稼いだ時間と、結衣・ドクの完璧な後方支援によって切り開かれた通路の先。翔太、ライラ、そして支援の郷田(通信のみ)と影山(情報)を乗せた連合チームは、時空バリア中枢の最後の広間へと足を踏み入れた。

 そこは、超古代文明アルカトラスの遺構がそのまま残る、巨大な円形広場だった。その中央奥、青白い光を放つクリスタル製の玉座に、エデン・プロジェクトの最高責任者、ゼファルが静かに座している。その周囲を、重力制御自律防衛体〈ティターン〉と、古代ガーディアン・ゴーレムの残骸が取り囲んでいた。

 そして、広間の手前、瓦礫と金属片が散乱する境界線では、A8理念派の精鋭テンプラー部隊が、クロノスの指揮のもと、野村派の残党とエデンの自律防衛体を同時に相手取る、三つ巴の混戦を演じていた。

『翔太君、行け!』 ドク博士の興奮した声が、翔太の通信機に響いた。

『最終アップグレード完了じゃ!ボードのシールド強度を三〇%向上、そして高周波振動ナイフを足元のソケットに組み込んだ!』

 翔太は足元を見た。カーボンのボード のストラップの横に、薄い高周波ナイフの柄が、静かに光を反射している。これは、中枢の超硬質な素材を破壊するための、ドクの最後の切り札だった。

「了解、ドク!借りるぞ!」

 翔太はボードを蹴り、瓦礫を縫って広場の中心へと飛び出した。


 混乱の中、黒い外套のクロノスは、テンプラーの隊列の最後尾に立っていた。彼の目は、あくまでゼファルの玉座へ向かう翔太たちの座標を示している。

 その時、一人の女性が、エデンの兵士に守られながら、彼の視界に入ってきた。マーラ・ヴェロー。エデンの広報統括官。高潔な選民思想と、クロノスへの個人的な優越感を隠さない女。

「お久しぶりね、クロノス」

 マーラは微笑んだ。その背後では、野村派の国会議員石川が、怯えながら野村達也の影に隠れている。

「まさか、あなたがこんな野蛮な『無秩序』な戦いを指揮するとは。理念はどこへ行ったの? ソフィアが聞いたら、嘆くわよ」

 クロノスの視線の氷が、一瞬だけ揺らめいた。ソフィア。クロノスとマーラ、そして亡きソフィア [会話履歴]。かつて、理念と技術、そして未来への希望を無邪気に語り合った、三人の若き天才たちの記憶。

「マーラ。君の選民思想こそが、ソフィアの理念を汚した」クロノスの声は低く、感情を押し殺していた。「君は、人類を救済するのではなく、選別し、独占しようとした。それは、我々の原則に対する最大の裏切りだ」

 マーラは肩をすくめる。「正しい秩序の構築よ。弱者を切り捨てなければ、全体は生き残れない。あなたには、その痛みを均す資格はないわ」

 彼女は懐から小型のデバイスを取り出した。エデンの技術が組み込まれた、光子収束兵器。

「私が、ここであなたを永遠に固定してあげる」


 マーラが発射ボタンを押すよりも早く、クロノスの護衛であるテンプラーの一団が、正確にマーラとエデンの兵士たちの間に割って入った。

「テンプラー、排除」

 クロノスの無表情な指示が、通信機を通して発せられた。テンプラーの動きは、人間的な情動を一切含まない、精密なアルゴリズムによるものだった。彼らの光子ブレードが閃光を放ち、マーラの護衛が瞬時に切り伏せられる。

 逃げ場を失ったマーラは、クロノスと一対一で対峙した。彼女は最後の抵抗として、持っていたデバイスをクロノスに向けた。

 その瞬間、クロノスの目に、温度の無い、深い悲しみが宿った。それは、マーラに向けられたものではなく、過去に向けられた感情だった。マーラの脳裏に、数フレームの映像がフラッシュバックする。

 公園のベンチ。ソフィアとクロノスとマーラ。三人で笑い合っている。クロノスがマーラの髪を優しく撫で、ソフィアが二人の間にアイスを差し出す。

「……懐かしいでしょう? クリス(クロノスの本名)。あの時、私たちは、ただ無邪気に未来を信じていた」

 マーラは、自らの頬を伝う涙に気づいた。彼女が思い出したのは、選民思想でも、憎しみでもなかった。ただ、失われた、純粋な希望だった。

「…………思い出させてくれて、ありがとう」

 彼女は静かに笑い、デバイスを放り投げた。そのデバイスが地面に落ち、小さなスパークを上げた直後、テンプラーの一人が、彼女の胸に向けて正確なレーザーを放った。

 マーラの躯体が倒れる。その瞳は、空虚な輝きを放つクリスタルを映したまま、永久に閉ざされた。クロノスは、その光景をただ観測するだけで、感情の波紋を一切見せなかった。


 マーラの死を目撃した瞬間、傍観者に徹していた野村達也が、恐怖に顔を歪ませた。彼の腰ぎんちゃくだった国会議員の石川もまた、野村の隣で小さく震えていた。

「ひ、ひぃいいいい!」野村は悲鳴を上げ、崩れ落ちたマーラの遺体を飛び越え、逃走を図ろうとする。

 その時、石川の目つきが変わった。

「よくも今までオレをバカにして、見下した目をしやがって……!」

 石川は懐から、隠し持っていたナイフを取り出した。

「俺は国会議員の石川だぞ! 国連の事務総長との接触もすべて俺のおかげじゃないか!何をいまさら『能無しはいらん!』だぁ! 能無しはてめぇだぁ!」

 野村は命乞いをしようと手を伸ばすが、石川は狂ったようにナイフを振り下ろした。

「見ろ!マーラも死んじまったぞ?お前もここで死ねやぁ!」

 金属と皮膚を突き刺す鈍い音が響き、野村は何度も刺されて床に倒れ伏した。その目には、裏切りと絶望の色だけが浮かんでいた。

 石川は、血に濡れたナイフを持ったまま、クロノスに向かってすり寄った。興奮と恐怖で、その顔は醜く歪んでいる。

「クロノス、これからは、お前と組んでやる! ひひひっ! 国連を牛耳って世界征服だぁ! いいだろぅ?」

 クロノスは、石川の醜い姿と、その足元で息絶えた野村の遺体を、ただ無表情に見下ろした。彼の目の温度は、冷たいままだ。

「テンプラー、やれ」

 クロノスが短く指示を出すと、護衛のテンプラーが音もなく石川に銃口を向けた。マシンガンが火を噴き、石川は悲鳴を上げる間もなく即死した。

 クロノスは、一歩前に進み、野村の血の海に立つ石川の遺体を冷徹な視線で見据えた。

「お似合いの死に方だな、野村」

 それは、理念を金銭と権力で汚した野村達也への、クロノスによる冷酷な秩序の裁きだった。


 三つ巴の戦いの結末が、血塗られた静寂と共に確定した。クロノスの冷徹な裁きが、翔太の背中越しで繰り広げられた。

「翔太!行け!」

 郷田の声が、通信機を通して響く。クロノスが引いた血の線。その先に、最後の敵が待っている。

 翔太は、恐怖も、感傷も、全てを振り払った。彼はボードに足を乗せ、ドクが組み込んだ高周波振動ナイフに手を添える。

「ライラ、行くぞ!」

「うん!」

 翔太は最後の力を振り絞り、ゼファルが座す玉座へと、ボードを一気に蹴り出した。



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