9・セドリックとローラ
「──母なる大地よ、聖なる力を以て傷つきし守りを修復せよ──」
ローラの手のひらから眩い光が放たれ、領地を囲む防御魔法へと注がれる。
少しずつ、少しずつ、うっすらと亀裂が入り、穴の開いた防御魔法の壁が修復されていく光景に、防御魔法の外で魔物と戦う騎士達が歓声を上げる。
セドリックも自ら剣を抜き戦いに参加して、集中しながらひたすら力を防御魔法壁へ力を注ぐ聖女ローラを守っている。
そんな彼らを、少し離れたところから一人ぽつんと見守る無力な私。
待っていたらいい、そう言ったセドリックに、無理を言ってついてきたのも私自身だ。
自分の生まれ育った領地で我が物顔でイチャイチャされるだろう事が、なんだかものすごく気分が悪くて、見ているのも嫌だし何ができるの訳でもないのに来てしまった。
「全員、休憩だ!!」
「はいっ!!」
セドリックの指示を受けて騎士達が修復されたばかりの防御魔法の内側へと入ってくる。
この防御魔法壁は魔物にのみ効果を発揮し、普通の人間は関係なくこれを通り抜けることができると言った便利なものだ。
どうやらこのエリアの修繕は終わったようね。
私は用意していた果実水の入った瓶二本を手に、こちらに揃って戻ってくるセドリックとローラに駆け寄る。
「お疲れさまでした。セドリック、聖女様。こちら、よろしければどうぞ。今朝作った果実水ですわ」
朝早くから厨房を借りて、はらはらと見守る料理人たちをよそにひたすら作り続けた果実水入りの瓶を戻って来たばかりの二人へ差し出す。
「君が……?」
「わぁ~嬉しいですっ!! 王妃様の手作りですね⁉ ありがたくいただきます!!」
私が差し出した瓶を驚いたような表情で見つめるセドリックとは対照的に、心底嬉しそうにしてそれを受け取るローラ。
邪気がない。
さすが聖女様だ。
そう言ってしまえばそうだが、いささか危機感が無さ過ぎるようにも思う。
もし私が毒でも盛っていたならばどうするつもりなんだろうか。
もちろんそんなバカなことはしていない。
そんなことをしてもすぐにバレて捕まるのがオチだし、そうなれば残されたアルフレットの立場は確実に悪くなる。
それ以前に、あの子を、そしてルナマリアを悲しませることになるだろう。
私は彼らの母親だ。
あの子たちを悲しませることは絶対にしない。
「っぷはぁーっ!! 美味しいっ!! 枯れかけた魔力に沁みわたります~っ」
腰に手を当て果実水を一気に飲み干した、聖女というイメージとしてはかけ離れた聖女ローラが呑気に笑う。
「ほらっ、いつまでそうしてるんですかっ。セドリック様も飲んで飲んでっ」
そう言うとローラは私の手に残ったままのもう一つの果実水入りの瓶を取って、セドリックへと差し出した。
「……」
どうせ私が作ったものなんて飲まないわよね。
そう思っていたのに、セドリックは向けられたそれを眉を顰めて見つめてから、なんとその果実水入りの瓶も受け取ると、ゆっくりとそれを口の中へと流し込んだではないか。
そしてごくり、と最後の一滴まで飲み干すと、ごつごつとした喉仏が大きく動いた。
私からじゃ受け取りもしないけど、ローラからなら受け取るし全部飲み切るのね。
そう思うと少しだけ胸がずきりと痛みを覚える。
まぁいいわ。
私には可愛い可愛いアルフレットと、そしてルナマリアがいればそれで。
「どう? 美味しいでしょう?」
嬉しそうに尋ねるローラに、セドリックは表情を変えることなく頷く。
「あぁ」
短く放たれた肯定の言葉に、私は無意識にもほっと息をついた。
「だがリーゼロッテ、君はここに居ても退屈だろう。実家で待っていたら良かったのに」
せっかくの肯定の言葉の後について出てきたのは、ため息交じりの苦言。
どうせ私は聖女のような聖なる力も、セドリックや騎士達のような剣の心得もない。
ただのお荷物だ。
だがお荷物はお荷物なりに、朝早くから回復効果のあるポーション水をもとに果実水を作って来たというのに。
その表情からはどんな気持ちかもくみ取れないけれど、少なくとも良い物ではないことだけは感じることができる。
それでも足手まといなのは確かで、私は粛々とセドリックに頭を下げた。
「申し訳ありません。出過ぎたことを──」
「セドリック様っ!! 今のはダメですよっ!!」
私の謝罪の言葉を遮ってローラがプンプンと頬を膨らませて、セドリックに声を上げた。
「女の子にそんな言い方はダメですっ!! リーゼロッテ様、セドリック様はリーゼロッテ様がすごく心配なだけなんですよ!! 素直じゃない照れ屋さんなんですっ」
まるで『セドリックのことをよくわかっています』とでも言われているようで、私はローラから顔をそむけた。
これ以上、彼ら二人が揃って仲の良い姿を見ないように。
それがとてつもなく、ただみじめに思えて、私は無言のまま元いた木陰へと戻って行った。




