27・甘い香りの中で導き出すのは? 1
甘い香りが充満した厨房内。
城の厨房でこうして子どもたちと並んでお菓子を作る日が来るなんて、少し前の私なら想像もしなかっただろう。
王妃がエプロン姿でクッキーを焼くなんて、昔なら眉をひそめる者もいたはずだ。
しかも頭には冠でも髪飾りでもなく、三角巾だし……。
けれど今は違う。
侍女たちも料理人たちも微笑ましそうに静かに見守ってくれている。
「わーっ、ルナ上手!!」
弾んだ声を上げたアルフレットは、目をキラキラとさせてルナマリアの作ったクッキーを見つめる。
あぁ、この純粋な感想、素敵だわ。
良い感じよ、アルフレット。
その調子で、間違えてもルナマリアを手放すんじゃないわよ?
なんて微笑ましく眺めながらも心の中で圧をかける。
「アル様も、このうさぎ、とても可愛いです」
ルナマリアもアルフレットの作ったクッキーを見てそう微笑んだ。
ルナマリアの笑顔も、最近はとても柔らかくなった気がする。
可愛い。可愛すぎるわ、ルナマリア。
うちの息子の嫁(予定)、可愛すぎる……!!
「ありがとう!! 猫だけどね!!」
「……」
えぇ……。
あれ、猫だったの……?
私もうさぎかと思っていたわ……。ごめんなさい、アルフレット。
ルナマリアが言葉を失っているのに気づきもせず、アルフレットは満面の笑みで自分の“猫”を掲げている。
……どう見ても、うさぎだけれど。
そんな平和な日常に、思わず笑みがこぼれる。
「うちの息子と義娘(予定)、可愛すぎる……。癒しだわ……」
口に出してしまってから、少しだけ頬が緩んだ。
王妃らしからぬ発言かもしれないけれど、今この瞬間くらいは許されてもいいわよね。
子どもたちの笑顔は、それだけで世界を柔らかくする。
本来はどの子どもにとってもそうであるべきものだ。
脳裏に浮かぶのは、あの孤児院の子どもたち。
あの子たちは、どこか不自然だった。
子ども同士というのは、もっと自由で、もっと無邪気に距離を縮めるもの。
身分や立場など関係なく、気が合えば笑い合い、気に入らなければ喧嘩をして、それでもまたすぐに打ち解ける。
けれど、あの子たちは違った。
目に見えない線を引くように、互いの距離を測り合っている。
誰かの顔色を窺い、言葉を選び、踏み込みすぎないようにしている。
まるで、そうするように教え込まれているかのように。
原因が子どもたち自身にあるとは思えない。
あれはきっと、大人の影響だろう。
そして、その“大人”に心当たりがないわけではない。
────神官たち。
彼らがあの子どもたちの間に見えない分断を作り出しているのだとしたら……。
「母上、見て!! これ、母上にあげる!!」
アルフレットの声に、はっと思考の海の底から現実へと引き戻される。
小さな手に乗せられた、少し歪な“猫”のクッキー。
そしてそれを私に見せる、アルフレットの誇らしげな笑顔。
「……ええ、とても上手よ」
私は微笑んで、それをそっと受け取った。
この子たちの笑顔を守るためにも、見過ごすわけにはいかない。
「……二人とも、しばらくの間は必ず大人を連れて過ごすのよ? 知らない人についていかないこと。たとえ王城の中であってもね。ルナマリアも、しばらく城の騎士を護衛につけるわ。こちらへの行き帰りは、必ず付き添ってもらってちょうだい」
どこで何があるかわからない。
安全なはずの孤児院でも犠牲者が出ているのだから、王城だって安全とは限らないわ。
「わかりました」
「むぅ……、わかったよ」
ルナマリアが素直にうなずいて、それに続いてアルフレットも渋々だけれど頷いてくれた。
二人とも、今巷で起こっている事件のことはよく理解しているからこそ、多少窮屈でも我慢しようとしてくれているのよね。




