26・かすかな違和感
「──どうだった、クレフ。魔法が使われた形跡は?」
帰りの馬車の中。しばらくじっと黙って何かを考えていたセドリックがクレフにそう問いかけた。
「そうねぇ……」
腕を組んで珍しく真剣な表情で思考を巡らせるクレフは、いつものあのうるさい彼とは似ても似つかない。
こういうところがさすがの宮廷魔術師なのよね。
ちゃんと実力があるからこそ、独特なクレフであっても物言う者がいないのだろうと内心で感心する。
「今のところは、魔法が使われた形跡は孤児院にはなかったわね。あっても、神殿特有の、古の聖女が描けたという防御魔法ぐらい。あとは普通ね」
「そうか……」
短い返事だけれど、きっとセドリックの中では今のクレフの話によって方向性はほぼ決まったのだろう。
難しい表情ではなく、何を考えているかわからないほどのいつもの無表情なのがその証拠。
魔法じゃない。
つまり、転移や幻惑といった“便利すぎる手段”は使われていない。
だとすれば────人の手による犯行。
内部犯か、あるいは侵入者によるごく普通の手段での連れ去り。
どちらにしても、嫌な話だわね……。
「リーゼロッテ、あなたは何か気づいたことは?」
「え?」
不意に話を振られて、思わず間の抜けた返事になってしまった私は、すぐにこほん、と咳払いしてから考えて、そして口を開く。
「私は……特には……」
正直なところ、今はそう答えるしかなかった。
子どもたちは仲が良さそうだったし、神官たちも穏やかで子どもたちとの関係も良好そうだった。特別おかしな様子は──……。
「…………ぁ」
あった。
引っかかりが。
ほんの小さなものだけれど、私の中ではどうしても引っ掛かってしまったもの。
「何だ?」
セドリックの視線がこちらに向いて、私は意を決してその考えを口にした。
「一つだけ……違和感が。その……、微々たるもの、ではあるのですが……」
「構わない。聞かせてくれ」
「っ……」
真剣に私をじっと見つめて完全に効く姿勢に入ってしまったセドリックに、私は覚悟を決めて、口を開く。
「……固まっていたの」
「固まっていた?」
「ええ。褐色の子たちは褐色の子たちで、その他の子はその他の子で」
言葉にしながら、自分でも「それだけ?」と思う。でも……妙に気になってしまった。
「同郷だからじゃない? 慣れない環境なら、同じ国の子と固まるのは普通でしょ。しかもサーシェの子達は内乱で大変だったんだし、不安なのも当然じゃない?」
「ええ。……私も、そう思ったわ」
実際、その可能性が一番自然なのよね。
内乱で親や友達と離れ離れになって、受け渡された異国で、不安で。……頼れるのは似た境遇の子どもたち。だから私も、最初はクレフの言う通り「不安だからだ」って納得した。それでも……どうしても、あることが引っ掛かってしまった。
「だけど……だけどね? …………神官たちも、“そう”だったの」
「……何?」
セドリックの声が低く響き、眉が顰められる。
「神官たちも、サーシェの子どもたちの傍には、ほとんどいなかったの」
思い出してみても、そう。
皆が笑って、皆楽しそうで、勉強も教え合って……だけど……。
「仲良く話しているように見えたのは、全部……この国の孤児たちとのものだったわ」
「……」
「そんな……」
馬車の中が、しんと静まり返った。
響くのはただ、滑車の音だけ。
「た……たまたま、かもしれないわ!! 本当に偶然、その時そう見えただけかもしれない」
でも……。
あまりにも、綺麗に分かれていた。
まるで最初から、線が引かれているみたいに。
黙ったまま思考の海に沈んでしまったセドリックに、”あぁ、言わなきゃよかったかもしれない……”と後悔する。
それでも次にセドリックが発したのは、否定の言葉でも、馬鹿にするような言葉でもなかった。
「……調査してみる価値はあるな」
そう、ぽつりと言って、クレフもそれに静かにうなずいた。
同じ場所にいて、同じように笑っていたはずなのに、どこかで交わっていなかった光景。
その違和感を引っ提げて、私達は王城へと帰っていった。




