2・息子の嫁は私が守る
「お母様!!」
「あ……アルフレット……?」
父親譲りの金色の髪。ブルーの瞳が不安げに揺れ、小さな手は私の左手にそっと重ねられていた。
その涙の痕に気づいた私は、息子に微笑みかける。
「心配かけてしまってごめんなさいね、アルフレット。もう、大丈夫よ」
妙に思考がスッキリしているのは、きっと私がこの現状を受け入れたから。
受け入れたうえで、今の時分として生きる意志を持っている。
前世の記憶が蘇っても、今ここで生きている私のこれまでの人生は紛れもなく私のもので、そこが変わることはない。
「──リーゼロッテ」
「セドリック」
静かに私の名前を呼ぶのは、セドリック・ローゼ・シーリア。
2年前、21歳という若さで王位を継いだ、私リーゼロッテ・ローゼ・シーリアの夫だ。
夫婦仲は完全に冷え切っている。
というより、セドリックが一方的に私を嫌って遠ざけているといえるだろう。
私としては婚約をした五歳の頃からセドリックが好きで、念願叶って妻となったのだけれど、彼にはそんな感情はない。
一度だって私に、いや、私にもアルフレットにも笑いかけてくれたことなどないのだから。
「先ほどの婚約式で突然倒れたんだ。気分は?」
「大丈夫ですわ。今は意識もはっきりしていますし。せっかくの良き日に、失礼いたしました」
今夜の婚約披露パーティでルナマリアのご両親であるマグノリア公爵夫人に謝罪しておかないといけないわね。
マグノリア公爵家はこの国の筆頭公爵家で、王太子と同じ年に令嬢が生まれたことから、家柄も年頃も釣り合う二人の婚約が決まった。
ルナマリアにも、心配をかけてしまったでしょうね。
「……今夜の婚約披露パーティは──」
「もちろん参加いたしますわ。もうこのとおり元気ですし、すぐに支度をいたしますわね」
「……わかった」
残念でしょうね。私が参加をして。
私がいては気兼ねなくあの方と踊ることもできないのですもの。
「疲労がたまっておられたのでしょうね。最近ご公務の間にも孤児院のバザーの準備やサロン開催の準備、婚約披露パーティの準備までこなされ、忙しくされていたようですから……」
宮廷医師は聴診器で私の胸の音を聞いて頷くと、「ご無理はなさらず、今日は早めにお休みくださいましね」と目尻の皺をくしゃりとさせてから、大きな診察バッグを下げて一礼し、部屋を後にした。
「アルフレット。私達もパーティの準備に行くぞ」
「え、でも、お母様が──」
「アルフレット」
「っ……」
あぁ、委縮しちゃったじゃない。
セドリックは表情も声色も無で、言葉もどちらかと言うと硬くて強い。
子どもにはさぞ恐怖だろう。
「アルフレット」
私は表情をこわばらせる息子の手をそっと握り返してから微笑んだ。
なるべく、心配をさせないように。
「大丈夫よ、アルフレット。お母様、もうぴんぴんしているから。アルフレットのカッコいい姿を見るの、楽しみにしているわね」
私の言葉に、無表情を決め込んでいたセドリックの目が大きく見開かれ、アルフレットの硬くこわばっていた顔が花開くようにほころんだ。
セドリックの反応は、まぁ正しい。
物語のアルフレットは、自分に無関心な父と母に遠ざけられるようにして生きてきた王太子。
ということは今世の私もその通りで──。
ある事情から、私がセドリックと関わるのは最低限だった。
そのセドリックとうり二つである息子のアルフレットも同様だ。
今考えると、こんなに可愛い子どもに何てもったいないことをしていたのかしら。
これからはめいいっぱい関わっていかなくちゃ!!
「じゃぁ……。お母様、また後で」
「えぇ、またあとでね」
そうして後ろ髪を引かれながらも、アルフレットはセドリックに続いて私の部屋を後にした。
「ふぅ……」
静かになった部屋で、私は一人息をつく。
理解はした。
受け入れもした。
だけど、困ったことが一つ。
私の記憶がよみがえったのが、アルフレットとルナマリアが婚約してしまった後だったということだ。
今更「この婚約待った!!」なんて言えない。
ルナマリアは黒髪に赤い目をした美しい令嬢だ。
ただその珍しい黒髪と、表情の乏しさ、圧倒的身分の高さから周りから遠巻きに見られてきた。
加えてかなりの口下手で、誤解を受けやすい。
彼女の本当の優しさを知らないアルフレットや友人たちは、そろって彼女を悪役令嬢に仕立て上げてしまうのだ。
だけど客観的に見たら、ルナマリアって当然のことしか言っていないのよね。
アルフレットに気軽に話しかけたりボディタッチをする庶子上がりの男爵令嬢リリスに、「婚約者のいる殿方にみだりに触れたり二人きりで会うのはマナー違反です」と叱ったり、授業をサボってリリスとイチャイチャしたり昼食のたびに2つ下のリリスの教室まで迎えに行って一緒に昼食をとるアルフレットに苦言を呈したり。
極めつけはパーティで婚約者である自分を放っておいてリリスと婚約者でも配偶者でもないにもかかわらず二曲続けて踊るアルフレットとリリスを叱咤したり……。
冷たい印象がすべてを悪い方へと流してしまう。
その結果が、結婚後の幽閉だ。
「そんなこと、させてたまるものですか」
ルナマリアを、そんな理不尽な目に合わせてはいけない。
そして愛する息子アルフレットのを、そんな愚か者にしてはいけない。
「息子の嫁は────私が守る……っ!!」
その日私の中で、何かが確実に動き出した。




