18・可愛い子供たちの小さな一歩
「ルナ、見てよこれ!! この間蕾だったのにもう咲いてる!!」
あぁ、なんて可愛いんだろう。
昼下がりの中庭で、弾む声で振り返るアルフレットの手には、小さな花が指さされていて、思わず頬が緩む。
「アル、声が大きいですわ。今日は大司教様たちが城にいらっしゃっての会議中でしょう?」
対してルナマリアは、すっと人差し指を唇に当てて、たしなめるように言った。
その仕草が、幼いのにどこか気品があって、思わず感心してしまう。
最近ドンドン仲を深めていった二人は、今では「ルナ」「アル」と呼び合う程親しくなっていった。
うんうん、これでアルフレットも、ヒロインが現れても動じることはないでしょうよ。
というか、これで心変わりなんてしたら私が処す。
母として。
「ご、ごめん……」
ルナマリアの指摘に、しゅん、と肩を落とすアルフレットのその様子に、思わずくすりと笑ってしまいそうになる。けれど──。
「……でも、ほんとに綺麗だからさ」
と、そう小さな声で付け加え、ちらりとルナマリアの様子をうかがうように視線を向ける。
その不器用な優しさが、なんだか少し、幼いころのセドリックと重なってしまった。
ルナマリアもそんなアルフレットの純粋な言葉に、ほんの一瞬だけ目を丸くしてから、ふっと表情を和らげた。
「……ええ。とても綺麗ですわ」
アルフレットの隣に並んで同じ花を覗き込むその姿がとても可愛らしくて、いつまでも見ていられるわ……。
うちの息子と義娘、可愛すぎる……!!
「……本当に、いい関係だわ」
私はそんな二人の少し後ろで足を止めたまま、二人の背中を静かに見つめる。
まだ幼くて、拙くて、でも確かにお互いを思いやっているのがわかる。
そんな二人の姿が、なんだかとても愛おしい。
……私達にもあったのかしら。
あんな風に、純粋に言葉を交わし合ったことが。
「お母様!! お母様も見て!!」
くるりと振り返って、アルフレットが手招きをする。
「ええ、今行くわ」
私は微笑んで、ゆっくりと歩みを進めようと、ふと、足元に視線を落としたときだった。
「……あら?」
石畳の隙間、少し湿った土の上に、見覚えのある葉が広がっている。
小さく密集した、淡い緑の葉。
目立たない、小さな葉だけれど……これは……。
「モセス……?」
思わずその場にしゃがみ込んで、そっと指先で葉に触れる。
うん、間違いないわ。
この薬草は、そのままではただの雑草と見分けがつかない。
けれどよく見ればその葉の根元に向かって色が濃くなっていて、煎じて飲めば即効性のある傷薬になる。
大きな傷でも応急手当には十分。小さな傷ならほとんど跡も残さず治ってしまう、そんな信じがたいほどの効能を持つ、希少な薬草。
どうしてこんなところに……。
城の中庭に自生しているなんて、普通ならば考えにくいけれど……。
私は周囲を軽く見回してから、慎重に根ごと掘り起こした。
傷つけないように、丁寧に。
……これは、使えるわ。
頭の中でいくつもの可能性が広がる。
温室で管理して育てることができれば、安定して供給できる。
そうなれば有事の際、兵士の負傷や、領民の怪我の治療にも役立つはず。
今まで“希少”だったものを、“当たり前”に変えられるかもしれない。
自然と、口元がわずかに上がった。
「母上、それなに?」
アルフレットが興味深そうに覗き込んでくる。
「薬草よ。とても珍しいお薬になるものだから、温室で育ててたくさん増やして、国民皆のためになるようにするのよ」
「へえ……」
じっと見つめるその目は好奇心でいっぱいで、その隣でルナマリアも静かにしゃがみ込み、「……私も」と、ぽつり、と小さく呟いた。
「私も、自分の温室を作って、そこでたくさんの薬草を研究することが夢です。それがいつか、国民の為になれば、って……」
繰り出されたその大きな夢に、私は驚きながらもルナマリアを見つめると、彼女は真剣な表情のまま続けた。
「どんな傷も、どんな病も、ちゃんと治るような国であってほしいから」
幼いのになんてまっすぐで、強い願いなんだろう。
一瞬、言葉を失った。
もちろん、前世の記憶からただ可愛らしいだけの子だと思っていたわけではないけれど、ここまでしっかりとした志をこの歳で持っているとは……。
「……とても、素敵な夢ね」
私はまっすぐに前を向く小さな少女に、そうやわらかく微笑んだ。
「なら、ルナマリア。手始めに一緒にやってみない?」
「え……?」
私の言葉に、ルナマリアがはっと顔を上げた。
「温室。ちょうど私も考えていたところだし、一人でするにはなかなか大変かな、って思っていたの。ふふ。こういう薬草を増やせたら、きっと多くの人が助かるわ。だから、ね?」
そう微笑むと、ルナマリアの瞳がみるみるうちに輝いていった。
年相応の、感情をダイレクトに出したような表情。
その様子に、アルフレットもぱっと表情を明るくした。
「じゃ、じゃあさ!! 僕も手伝う!!」
「アル様はまず静かにすることを覚えてくださいませ」
「うっ……」
元気よく手を挙げるアルフレットは容赦なくルナマリアにたしなめられて、しゅんと肩を落とす。
「……でも、アル様がいてくれたら、とても心強いです」
「ルナ……!!」
「ふふ」
そのやり取りがなんとも微笑ましくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
幼い子の夢と、小さな好奇心。
それがきっと、大きな未来につながる。
今はまだ可愛い子供たちの小さな一歩だけれど、きっと────。
そう心に灯る光を感じた、その時だった。
「──おや、これは王妃様ではございませんか」




