19・タヌキと子狐のにらみ合い
「──おや、これは王妃様ではございませんか」
おだやかな声に振り返ると、そこに立っていたのは────このシーリア王国の大司教、テルメル大司教だった。
柔らかな笑みに整えられた所作。
非の打ちどころがない清廉な大司教様。の、はずなのに……。
……やっぱり、苦手だわ、この方。
にこやかに笑顔を保ちながらも、セドリックと聖女の結婚を後押ししている張本人。
それでも私は腐っても王妃だ。
表情を崩すことなく、背筋をピンと伸ばして対応する。
「あら大司教様。ごきげんよう。会議はもうお済みになられましたの?」
「えぇえぇ。大変有意義なお話が出来ました。この国をもっと豊かにするための、ね」
にこやかに頷くテルメル大司教。
その言葉自体はもっともらしいのに、どこか引っかかる。
「それに、アルフレット様も無事5歳まですくすく育たれた。王妃様、世の声は届いておられますかね?」
────来た。
セドリックとローラの結婚話の催促。
届いているわよ、嫌というほど。
笑顔を張り付けたまま、心の中で盛大にため息をつく。
世間では今、ある噂が広がっている。
アルフレットが無事に成長したことで、“次”はそろそろなのではないか。
つまり、セドリックと聖女の正式な関係の発表はいつになるのか、と。
わかってる。届いてるわよ。
だけどそれを、わざわざ私に言う?
王妃である私に、この場で。子どもたちの前で。
いい度胸してるわね、このタヌキオヤジ。
さすがに今回は眉をひそめそうになるのを抑えきれなかった。
たとえ大司教とはいえ、王妃にこのような言葉、許してはならない。
そう私が苦言を呈そうとした、その時だった。
「大司教様」
すっと、小さな影が私の前に出た。
凛とした、子どもの高い声。
────ルナマリアだ。
「あいにくここには、無意味で信ぴょう性のない下賤な声は届きませんのよ。お言葉を慎みなさって」
「ルナマリア……」
私は思わず、目を瞬いた。
アルフレットもぽかんとしている。
そして、テルメル大司教ですら。
誰もが、子供らしからぬルナマリアの苦言に、何が起こったのかわからない状態のまま時が止まったみたい。
「そ…………、そうでしたか、これは失礼を。あ、あぁ、そ、それでは私は教会に戻ります。王妃様、また」
思いっきり動揺を見せながらもすぐに硬直状態を解いたテルメル大司教は、それでも気まず気にそそくさと一礼をして、その場を逃げるように去っていった。
……あの大司教が……あっさりと引いた。嘘でしょう……?
やがて、遠ざかる背中が見えなくなってから、「ルナはすごいや!! カッコいい!!」と、アルフレットが堰を切ったかのように大きく声を上げた。
きらきらと目を輝かせてルナマリアを見るアルフレットに、当の本人は途端に顔を赤らめる。
「え……あ、その……」
さっきまでの堂々とした姿はどこへやら、視線を泳がせて……うん、年相応の顔。
うちの義娘(予定)が可愛すぎるんだけれども。
「べ、別に……当然のことを申し上げただけですわ……」
小さな声で、もじもじと指を絡めるさっきまでとのその落差に、思わず笑いそうになる。
頼もしくて、可愛らしくて……。
守ろうとしてくれたその思いに、胸がほっこりと温かくなる。
私はゆっくりとルナマリアに歩み寄り、彼女の頭にそっと手を置いた。
「ありがとう、ルナマリア」
そうやわらかく微笑むと、ルナマリアはびくりと肩を跳ね上がらせたあと、さらに顔を赤くした。
その隣で、アルフレットはなぜか誇らしげに胸を張っている。
…………あなたが褒められたわけではないのだけれど……でもまあ…。
可愛いからいっか。




