17・Sideセドリック
城に帰ってすぐ、状況を聞きに来た大司教との話を終え、自室の扉を閉めた瞬間、ようやく肩の力が抜けた。
……まったく、何度同じ話をさせるつもりだ。
椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。
今日も例の話だ。
聖女ローラを第二妃に──などという、聞き飽きた提案。
何度も何度も断っているが、それでもあの大司教は、まるでこちらの言葉など聞こえていないかのように繰り返してくる。
教会の権威だの、国の安定だの、もっともらしい理由を並べ立てて。
だが、私にとってはどれもどうでもいい。
答えなど、最初から決まっている。
リーゼロッテ以外を娶るつもりはない。
昔からずっと────彼女だけだ。
…………問題は、その「当の本人」に対する私の態度だが。
私ははぁ、と小さくため息をつくと、額を押さえた。
思い返せば、彼女にろくなことを言えていない。
本当は、もっと違う言葉をかけたいのに。
もっと穏やかに、もっと優しく。
だがいざ顔を合わせると、何をどう言えばいいのか分からなくなる。
結果、口から出るのはぶっきらぼうな言葉ばかりだ。
我ながら、どうかしている。
愛おしく、大切な……唯一の存在だというのに。
……なのに、その本人にはまったく伝わっていない気がする。
いや、むしろ逆だな。
妙な誤解を与えている節すらある。
「……ローラ、か」
虚空に小さく呟く。
世間ではずいぶんと盛り上がっているらしい。
聖女と王の縁談だの、運命の結びつきだの。
馬鹿馬鹿しい。
彼女とは、そういう関係ではない。
彼女はむしろ────。
「ただの、リーゼロッテの”強火ファン”だろうが……」
思わず呆れたように乾いた笑いが漏れた。
最初に会った時のことを思い出す。
あの目の輝きは、完全に“それ”だった。
それに気づいた私はローラに提案をし、そしてその話はすぐにまとまった。
私は大司教側の思惑を探る。
代わりに、ローラにはリーゼロッテの絵姿を渡す。
……正直、かなり抵抗はあった。
うちのリーゼロッテだぞ?
簡単に人に見せていいものじゃない。というか、嫌だ。
だが、だからといって大司教の思惑通り、あいつを第二妃として迎えるなど論外だ。
比較するまでもない。
しかもローラ本人が、あっさりこう言い切ったのだ。
「セドリック様には興味ありません。リーゼロッテ様が悲しむようなことは絶対に無理です」
……清々しいほどの断言だった。
おかげで、こちらも迷う必要はなかった。
利害は一致している。
あれだけのリーゼロッテへの情熱を持っている彼女ならば、他の人間よりもよっぽど信用できる。
────それなのに。
噂だけが一人歩きしている。
私とローラが結ばれるだの、第二妃は確定だの、挙句の果てにアルフレットは聖女を娶る為の繋ぎだと?
ふざけるな。
リーゼロッテは私の唯一の妻で、アルフレットはその大切な妻との大切な息子だ。
代わりなどないし、繋ぎなんてもってのほか。
そのせいで、リーゼロッテがどう思っているのか、考えないわけではない。
大切なことは何も言わないままの夫を、どう思っているか。
……いや、考えている。ずっと。
だが────。
「それでも、手放すことなんてできない」
誰に何を言われようと、譲るつもりはない。
ローラを娶る気もない。
あんな噂、いくらでも好きに言わせておけばいい。
無視し続けてやる。
その程度で揺らぐようなものじゃない。
……問題は、私が何も言わないことで当の本人を不安にさせている可能性があるということ。
そして、最近ではもはや私に興味など失せてしまったようだということ。
「……はぁ」
本当に厄介なのは、外側ではなく内側だ。
たった一人の女性に、どう声をかければいいのか分からない。
昔は、こうじゃなかったのに。
「……情けないな」
そう一人苦笑する。
だがそれでも……、彼女を想う気持ちだけは昔から一度も変わっていない。
だからこそ、せめてもう少しまともな言葉をかけられるようにならなければ。
昔のように、クレフが間に入ってばかりの関係ではだめだ。
リーゼロッテは、私の妻になったのだから。
その時、コンコンコン、と小さく扉が叩かれ、外から護衛の声がした。
「陛下、夕食の支度が整いました」
「わかった。すぐ行く」
そう返事をしてから、私は戻ったばかりの自室から出ようと扉に手をかける。
私も、ちゃんと向き合わねばならない。
そのための第一歩を踏み出さなければ……。
そう意を決して、扉を開く。
夕食後、リーゼロッテに『奥の寝室で寝るように』と口走ったせいで盛大に羞恥にもだえ苦しむことも知らずに……。




