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〈風鈴の帆〉  作者: ふさふさ
あとがき〜熾火の章〜
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帆の話

 〈風鈴の帆〉を自分のものにすると決めた以上、誰かに横取りされないよう、隠し場所に繋いでおくなどしなくては。

 舟に浮かんでいたあのどろどろの塊も、初めて〈風鈴の帆〉とあった時以来見ていない。きっとこの船に相変わらず閉じ込められているのだろうけど、こうやって、普段は見えない。舟に所有者はいないし、舟は霊力で勝手に動くとか何とかって話だけど、生身の人間が操るぶんには何の問題も無いらしい。くくりつけて動きを封じることだってできる。

 今までそうできなかったのは、ただ単にあの三途の川の渡し舟、漕ぎ手たちが生身の人間ではなかったから。魂だけの存在は〈風鈴の帆〉に手出しをできない、歯向かえない。代わりに、〈風鈴の帆〉は生身の人間には手出しをできないらしい。

 だからこうやって、人間であるおれは難なく舟を思い通りにすることができる。思い通りって言っても、紐で引っ張って移動させるとか、舟の上に荷物が置けるとかその程度だけど。乗るには少し不気味だったので、おれはその舟を引いて、夜の市場の外れ、川が枝分かれし、水の流れが滞った所に置くことにした。川にかかるように倒木した幹にロープでくくりつけて、枝葉の影に隠すように舟を浮かべた。

 ある日竜のおっちゃんが〈風鈴の帆〉を見にきた。竜のおっちゃんはそれを見て。こんなに禍々しい夜の市場で、可愛らしいただの風鈴を見て、言葉をなくしていた。

 正直言って気持ちは分かる。おれにもその理由は分かっていた。だって、それはこの風鈴がここの品ならば、明らかに変だったから。

 ここの品は、おれが見た限りでは効力が強いものほど、禍々しい見た目だったり立派な造りだったりした。

  どこかの店の店主が言っていたことの受け売りなものの、例えば強い霊力を込めるでも、精霊や悪魔を込めるでも。そうするならその品はその力の丈に見合った姿でないと、入るのを嫌がるし、そもそも入れないこともあるらしい。その品に獣の頭をかたどるとか、オリーブの冠を飾り付けるとか、象徴を埋め込むことでその容量は簡単に増える。

 魂を閉じ込めるなんて芸当、それに見合うほどの立派な造りでなければおかしい。だってこの風鈴は禍々しくもなければ、神秘的でもない素朴な風鈴だ。

 だから風鈴がどうのっていう話は全くの作り話か。もしくは見せかけの荘厳さが無くてもいいくらい、この風鈴に圧倒的な力があるのか。

 だとすれば、この風鈴を作った奴は堅気じゃない。見て分かるほど禍々しい物よりも、見かけに全く凄さが感じられない物。それが最もこの世界で恐ろしいものだと、その店主は教えてくれた。

 そういうのを聞くと、この世界で最も恐ろしい物っていくつあるんだよって気になってしまうものの、この風鈴が恐ろしいってことだけは、言われずとも分かる。

 俺たちは、俺たちにとっての最大の敵は親父だと思っていた。

 でも本当は、最大の敵はこの〈風鈴の帆〉だったんだろう。そう思った。






 「まるで、帆が舟を導いてるみてェだな。」

 禍々しいきらめきから離れ、余韻の残る静けさの中。そんな川のはずれから私たちは、遠くで彷徨うように揺らぐ、煌々とした舟の灯りを見つめていた。

 

 何も言わずに川面を見つめている、年端もいかない少年。

 黒い前髪やまつ毛が風にそよぎ、少年の顔を見え隠れさせる。

 彼は騒いでばかりいるから気が付かなかったものの、こうして静かにしていれば、驚くくらいあの少女に似ていた。

 凛とした静けさを浮かべていた、今やその整った容姿さえ破壊されてしまっていた亡き少女。

 私は鱗だらけの腕で船を指差す。その弾みで視界に入ったのは少年の骨と皮のような腕と、筋肉とその上に鱗までこしらえている自分の腕で、痛々しいほどの肉付きの差に思わず目を逸らした。

 私は帆に話を戻す。

 「進ませンのはそりゃ漕ぎ手の仕事だよ。でも、なんかあれを見てっとさ。帆ってやつは、何もかんもを分かってて、それを知った上で漕ぎ手を見守って、進むための手伝いをしてるみてェだ。」

 この少年に おっちゃん何言ってんだ、と思われていやしないかと冷や冷やしながら話す。例えを使った言い回しなんてこの姿になってから久しいため、上手く伝えたいことに導けるか甚だ不安だ。

 そう、帆はまるで、漕ぎ手を導く存在のようだ。

 「親ってやつもそういうものなのかもしれねェな。」

 少年が吐き捨てるようにして言い返す。

 「だとしたら、あの糞野郎はおれにとって親じゃねえな。腐りきった、ろくでもねえ奴だった。」

 そうだな。君たちにとっての親は、帆になり得なかった。

 「お前たちは、帆を持たない舟みてェなモンだな。誰にも導いてもらえずに、漕ぎ手だけで苦労して進んできた舟だ。」

 帆を持たない舟の上で、この双子は苦しんでいた。

 「だからお前、この風鈴を自分の帆にしたかったんだろ。」

 導いてくれる存在がいるということは、ある意味では助けであり、救いだ。

 自由を迷路に例えた者がいるように、自由は時として、進む道が分からないあまりに途方にくれることもある。

 特に今の彼はたった一人の大切な家族を失って、二人で幸せになるという生きる目的を奪われたようなものだ。

 親のように導いてくれるとまでは行かなくとも、自分の進む道を示してくれるような。

 死んだ双子のために、十杯の黄金を用意する。

 風鈴を自分の帆にしたかったんだろう、という私の問いかけに対して、少年はこう答えた。

 「はあ?」

 「いや……なんでもねェ。」


 きっと彼は嘘でもなんでもいいから、自分が生きる希望を見出せるまでの間、何かに自分を現世と繋ぎとめてもらいたいんだろう。

 生きるために、生きて幸せになるために。

 だから絶望が濃すぎる今を、何かで目隠ししてほしいんだろうな。

 正解かは知らないが、そうであって欲しかった。

 これが彼にとって、自分が生きるために、幸せになろうとして選んだ物であることを願った。

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