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お、押すなよ!! 絶対に押すなよ!!(フラグ)

「お願いがあるんですけど……その……お二人がお話している様子を、デッサンさせていただけませんか?」


 言葉だけだと、特に警戒する必要は感じられない。

 ただ……優香さんの「あの姿」を知っている私と薫は、素直に首肯しかけた中村さんを慌てて制止した。

「あ、あのあの中村さん! えぇっと、その……優香さんからそのスケッチブックを取り上げてください!」

「?」

 私の言葉に首をかしげる彼に、こちらの「非常に切羽詰まってます」感が伝わるよう、なるだけ鬼気迫る表情でまくし立てたのだが……。

「いきなり何を言い出すかと思えば……いいじゃないか、デッサンくらい」

「いや、それはそれでいいんですけど……とにかくここではダメです! でないとこのファミレスの中でものすごい光景が――」


「――ふっ、もう遅いわよ雌豚」


 遅かったーっ!!


 そこにいたのは、先ほどまでしおらしくなっていた大和撫子ではなく……同人作家として第一線で活躍する、煉雀氏。

 目つきから違うのでスイッチが入ったことが分かる。

 私と薫は頭を抱え、中村さんは豹変した彼女を目の当たりにして文字通り硬直していた。

 そんな三人をさっと見渡した優香さん――いや、煉雀さんは、持っていたスケッチブックを妖艶な表情でぺらりとめくり、

「とりあえず……智哉、頬杖ついて正面を見て」

「え? あ、あの……優香?」

「何よ、さっさと言われた通りにしなさい。アンタに出来ることはこの程度なんだからね」

 間違いなくこの状態の彼女と接するのが初体験の中村さんは、戸惑いつつ……というか完全に気圧されていたので、現状理解を後回しにしてとりあえず彼女の指示に従ってみた。

 テーブルに頬杖をつき、正面……どんな要求をされるのかと気が気でない薫を見つめる。

 そんな彼への支持は、

「さあ、薫も同じように智哉を見つめるのよ!」

「へ!? あ、はい、分かりました」

 二つ返事で頷く薫も、中村さんと同じようにテーブルに頬杖をついて……結果、見つめあう青年の図が堂々完成。

 うん、目の保養。二人には多少の年齢差があるから、絵的にも非常にイベントCGっぽいし。

 優香さんは右手で鉛筆を握ると、二人を交互に見やり、

「適当に耽美な会話でもしてなさい!」

 無茶な要求を残し、自分の作業に集中してしまった。

 さて……一部始終を見守ることしか出来なかった私は、見つめあって硬直する二人の男性を、やっぱり生暖かく見守ることしかできないのだけど。

 耽美な会話、ねぇ……。

「し、新谷君……彼女は本当に優香なのだろうか?」

「多分……。俺はあの状態が同人作家としての小林さんなんだと納得してます」

「いささか信じられないが……」

 横目で彼女を見る中村さんは……一瞬の後、すぐに視線を前に戻して、

「これが……彼女の選ぶ道、か」

 何か納得したようにぽつりと呟き、浅く、息をつく。

 その理由は、無言で手を動かす彼女の集中具合を見れば、私にも分かる気がした。

 こうやって見るのは二度目だけど――完全に集中している彼女には、周囲の喧噪も、奇異な視線も、関係ないのだろう。

 目の前には格好の素材。舌舐めずりするよりも食らいつく、そのくらいの気迫。正直、話しかけたくても話しかけられません……。

 完全に私の居場所はないのだけど、まぁ、最初からアウェーだから今更気にしないことにしよう。

 なので、ここは薫に横やり。

「あれ薫。耽美な会話は? 薫がリードしてあげなきゃ」

「都、横からそんな無茶ブリするな!」

「新谷君、その……耽美な会話とは、今後優香と付き合う上で習得すべきだろうか? 念のために簡単な手ほどきをお願いしたのだか」

「いや、そこまで深く考えなくてもいいと思いますが……手ほどきといわれても、俺もよく分かっていなくて」

「あら、薫はいつも本を読みながらそういう会話の部分を音読してるよね?」

「してねぇよ! 脳内で好きな声でしか再生してねぇっつーの!」

 さり気なく本音を暴露しつつ、中村さんからも熱い視線を向けられた薫は……。

「え、えぇっと……その……じゃあ中村さん、心持ち若干低めの声を意識して、「悪い子には、お仕置きが必要だな」って、言ってみてもらえますか?」

 まさかのセリフのリクエスト!?

 そりゃあ確かに中村さんは地声が低くて攻めっぽくていい声だと思うけど……耽美な会話って、シチュエーションを再現することなの? そういうジャンルのゲームや声優さんの話をすればいいんじゃないの!?

 もじもじしながら呟いた彼に、中村さんも軽く咳払いしつつ、

「――悪い子には、お仕置きが必要だな」

 薫を少し見下ろすような目つき、更に口元ににやりと笑みを浮かべつつ、低い声で呟く。

 あらら、この人分かってるじゃないか。私は比較的冷静に受け止め、分析していた。

 一瞬、優香さんの手が止まったように見えたのだが……それ以上に特筆すべきは、

「は、はい……っ!」

 目を輝かせて、尻尾があればぶんぶん振っているであろう、この男だろう。


 ……薫。


 ……いや、これ以上何も言わないけどさ……現に中村さんは凄く攻めキャラだったし。

「こんな感じでいいのだろうか……」

 本人はよく分かっていないみたいだが、薫は両手の親指をぐっと突き出しそうな勢いだ。

「オッケーです! むしろ俺にその攻めオーラを伝授してもらいたいくらいで……!」

 いや、だから落ち着いてくれ新谷薫。中村さんも若干引いてるからっ!

 と、ここで優香さんが鉛筆をテーブルに置くと、何やら再び自分のカバンに手を突っ込んで、

「じゃあ、次は……これよっ!」

 ばーんっ、と、テーブルの上に取りだしたのは――

「ポッキー……」

 代表して私が呟く。そして一瞬で悟る。

 ま……まさかっ!?

 目を見開いた私に、悠然とした笑みを浮かべた優香さんが首を縦に振り、

「そう……さぁ、薫と智哉でカリカリチュッチュゲームよっ!!」

 要するにポッキーゲームですね、分かります。

 ファミレスに堂々とお菓子を持ち込んでいいのか疑問だが、まぁ、一本くらいなら大丈夫かなぁ……?

 ……いや、問題はそこじゃないと思うぞ私。

 机上のポッキーからゲームの当事者へ視線を移せば、さすがに顔が青くなっていた。

 だが、優香さんはそんなことお構いなし。さっさと箱を開けて中身を一本取り出し、

「さあ、咥えなさいっ!」

 二人の眼前へ突き出す。

 これにはさすがの中村さんも首を横にふり、

「い、いや、優香……さすがにこれはどうかと……」

「何よ智哉、今更怖気づかないでよね」

「怖じ気づきたくもなるだろう!? 何が悲しくて男同士でこんな……!」

「あら、それがボーイズラブよ。その程度のことも分かっていなかったなんて、つまらないわね」

 クールに見詰める優香さんは、半ば強引に持っていポッキーを彼の口へ突っ込んだ。

「ふむがっ!?」

「ほら、さっさとやっちゃなさいっ」

 背中をバシッと叩かれ、半分涙目の中村さんが薫の方を向いた。

 さすがの薫も抵抗――

「よ、よろしくお願いします……」

 しなかった!?

 私はあいた口がふさがらなかった……。

 すっかり何かが降りきれている薫は、少し恥じらいつつも腰を浮かせ、宙に浮いているポッキーの端を口に含む。

 な……何だろう、この光景。さすがに私も複雑、公開浮気されている気分になってきたんですけど……。

 気づけば店中の視線がコチラに集中していた。本来注意すべきウェイトレスさんまでもが固唾をのんで、この耽美な……もとい、奇怪な現象の行く末を見守っている。


 薫がためらいつつ、一口、距離を縮めた。


 中村さんも負けじと薫へ近づく。


 張りつめた空気の中で、ポリポリという音だけが空しく……軽く卑猥に、二人の間で響いていた。


 見つめあった二人は互いの心情を探り合うように、少しづつ、その距離を確実にゼロへ近づけていく。


 優香さんはその様子を横目で見つつ、無言で手を動かし……。

 ……あれ?


 少し攻める姿勢の中村さんは更に近づき、気付けば鼻先がくっつく距離に。


 受けキャラになった薫は少し顔を横に傾けて――まるでキスでもするかのような角度になり――距離を詰める。


 や、やばいでしょコレ、このままだと二人は確実に――!?



「す、ストップ! もういいわ、十分よ!!」



 不意に。

 中村さんの腕を掴んだ優香さんが、軽く狼狽しつつ叫んだ。

 その様子を横目で確認した薫が、咥えていたポッキーを噛み切って、

「これで分かったでしょう、中村さん。小林さんは小林さんです。心配するようなことは何もないですよ」

 至極爽やかな笑顔で言ってのけた。残りのポッキーを食べつつ、中村さんも満足そうな表情になる。

 ……へ?

 何だか男同士の見えない会話(?)が成立している、らしい。取り残された私は目を丸くしつつ……まぁ、惨劇に発展しなくてよかったと胸をなでおろした。

 そして、優香さんは、

「な、なによ……どうして、こうなるのよっ……!」

 スケッチブックで隠した顔を真っ赤にしてぶつぶつ呟きながら、右手を動かすのだった。


 勿論この後、メニュー以外の物を食べたってことで、お店の人から簡単に注意されてしまったけど。

「あ、あの……これって何か、ドラマの練習だったんですかっ?」

 と、目を輝かせた店員のお姉さんから質問された私は、言葉を濁すしかなかったのであった……。

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