表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

スタンダップ・ガールズ(&メンズ)

 時刻は少しだけさかのぼり、午前10時過ぎ。

 薫の部屋から優香さんを送りだした私も、寮の自室に戻ってきていた。

 とりあえず休みのうちに部屋を片付けておかないと……珍しく自発的に自室へメスを入れてみることを決意。決して新学期が始まったばかりなのに既に足の踏み場がないほど追いつめられているからではない、ええ決して。

 ……追い詰められて本領発揮して何が悪い。そんな感じで散らばった洋服や雑誌を片付けること小一時間。

「ねーねー都ちゃん、昨日の人、結局何だったのぉ?」

 私の分の洗濯物を部屋まで運んでくれた「俺の嫁」こと奈々が、そのままぺたりと床に座って私に尋ねる。

 そんな彼女と小さなテーブルをはさんで向かい合うように座った私は、一連のことを説明した。

 優香さんのこと、中村さんのこと、そんな二人の関係……奈々は私が漫画やゲームに興味があることも知っているので、優香さんと綾美の関係や優香さんの葛藤など、千佳さんと真雪さんにはあまり説明しなかった部分も少しだけ付け加える。

 一通り聞いた奈々が「なるほどねぇ……ほえぇ……」と、何度も頷き、

「世の中には色んな人がいるんだねー……でも、二人の気持ち、分かる気がするかなぁ」

「奈々?」

 ぽつりと呟いた親友の表情に陰りを感じた私が彼女を覗きこむと、「あ、ううん。大丈夫だよ」と、奈々は普段通りに笑顔を向けて、こんなことを言う。

「奈々も同じだったから……何となくだけどね、分かるよ」

「同じだった?」

「うん。えと……色々落ち着いたから都ちゃんにも話すね。奈々、高校の時からずっと好きな人がいたんだ」

「……へ?」

 それは、奈々が初めて私に話してくれた自分の恋バナ。

 高校時代に部活が縁で知り合った先輩を好きになったこと、奈々が卒業する時に告白っぽいことをしてしまったけど、当時、その先輩から「香月ちゃん(奈々のこと)は妹みたいだな」と言われて、自分の恋愛感情を隠してしまったこと、卒業後も手紙という形で連絡を取り続けていたこと、そんな先輩はうちの大学にある院へ編入したいと思っていて、GWを利用して見学に来たこと、その時に再会して、色々あった結果――

「その先輩と付き合ってる!?」

「み、都ちゃん! 声が大きいよ!!」

 寮の壁は予想以上に薄い。私の叫びに慌てる奈々だが……いや、いきなりそんな話を聞いたら誰だって叫び声の1つや2つ上げたくもなるでしょう。まぁ、ハッピーエンドみたいだから一安心だけれども。

 奈々は動揺する私をなだめるように「だっ、黙っててゴメンね、自分でもまだ信じられなくて……」と、耳まで赤くして呟いた。

 何だか色んなことが起こっていて脳内整理が追い付かないけれど、純粋に嬉しい。奈々は今まで自分の恋愛を語りたがらなかった。それにはきっと、私には分からない色んな葛藤があったはずだから。

「奈々もね……ずっと怖かった。先輩とは心地いい距離感を保っていられたし、私が言い出さなきゃ関係も崩れないんだって思ったら、一歩踏み出すことが凄く怖かったんだ」

 前から奈々は「好きな人なんかいない」の一点張りだった。それは……心の奥にずっと隠していた想いがあったから。

 千佳さんや真雪さんを軽く巻き込んでの騒動に、私は全く気付かなかったのだけど……多分、私では役不足だっただろう。悩んでいる人には経験者のアドバイスが一番だと思うから。

「相手が本当に自分を好きか、なんて……怖くて聞けなかったよ。答えを知らなければこの関係は続けられる、それでいいよねって思ってたから。でもね、それじゃあ奈々も変われない、前に進めないって気付いた……ううん、気付かせてもらったんだ」

 記憶を辿るように、彼女は目を閉じて続ける。

「本当に、凄く怖かったけど、今は……頑張ってよかったって思う。もし結果がダメだったとしても、きっと後悔してなかったと思うんだ」

 澄んだ声が、胸に響いた。

 それは決して、結果が上手くいったからだけではない。その想いが届かなかったとしても……奈々はきっと、「告白しなければよかった」なんて、思わないだろう。

 過去にとらわれて進めなかった人、その過去を乗り越えた人を、私も近くで見てきたから、そんな気がした。

 だからこそ、今は。

「そっか……良かったね、奈々」

 彼女の想いが通じたことが、何よりも嬉しい。

「ありがとうっ! 今度都ちゃんにも紹介するねっ!」

 思わず抱きしめたくなるよーな……奈々がそんな笑顔を見せてくれた、次の瞬間だった。

「ん?」

 携帯電話へ着信。相手は薫。何事かと思って通話ボタンを押し、

「もしもし、薫?」

「み……都、助けてくれ!!」

 電話の向こうから聞こえてきた悲痛な叫びに、一瞬、耳を疑ったのである。


 んでもって。

「…………はい?」

 これは私の声。唐突な言葉に目を点にした私の服の裾を、横から、何故か少し頬を染めている薫がちょいちょいと引っ張って、

「都……この意味不明な状況を何とかしてくれ!」

「へっ!? いや、私にそんなこと言われても……あの中村さん、ご自分が何を言ってるのか、分かってますよね?」

「む、無論だ! これが優香を理解することに繋がるのであれば……不肖・中村智哉、新たな世界の洗礼を甘んじて受けよう!」

 あーもー意味分からない!!

 当事者たちに話が通じないことを悟った私は、首謀者へ直接問いかけることにする。

「綾美」

「あら、どうしたの都、不機嫌そうな顔しちゃって」

「あんたが妙な入れ知恵をしたに決まってるでしょーがっ! 何がどう間違ったらこんな展開になるのか私に対して分かりやすく説明しなさーいっ!!」


 ……とりあえず、公衆の面前でこれ以上冷たい眼を向けられたくもないので、私達は先日も利用したファミレスへ移動。

 この間と同じ場所を確保し、私と薫、綾美・優香さん・中村さんが並んで座る。丁度昼食の時間でもあるのでそれぞれが適当に注文を済ませ、

「……説明して、綾美」

「ん、おk」

 そして、これまでの話をまとめると、以下のようになる。


 優香さんが勇気を出してカミングアウト→中村さん「BLって何?」→優香さんと綾美で「分かりやすく」説明→中村さんも少なからずショックを受ける→中村さん「それは男でも受け入れられる世界なのだろうか」→綾美「あ、絶好のカモがいますよ」→薫が呼び出される……。


「ちょっと綾美! 人の彼氏をカモ呼ばわりするなっ!!」

「あら都、自分の彼氏って言うようになったんだー」

「今はそんなこと関係ないでしょ!? っていうか、そろそろ綾美は身を引いて傍観すべきでしょーが! 後は当事者の問題ってことで、この二人に……」

 一気にまくし立てて、私は当事者――先ほどから視線を微妙に逸らしている優香さんと中村さん――の方を向いた。

 が。

「あ、あの沢城さん! 綾美さんは悪くないんです! 私がちゃんと説明出来ればよかったのに……その……やっぱりどうしても緊張しちゃってて、だからっ……!」

「新谷君、そもそも君はどうして男同志の恋愛に興味を抱くようになったんだ?」

「へぇぁっ!? あ、いや、俺はそのものに興味があるといいますか、絵柄が好みだったり声が好きだったり……いや、勿論物語にも大いに興味はありますが、決してその、リアルでもそういわけではなくてですね……!」

「いきなり事実を突き付けるんじゃなくて、徐々に……じっくり、侵食していけばよかったんですよね! なのに私ったら急いでしまって……!」

「彼らは一体どうやってお互いを確かめ合っているのだ? 後藤さんに見せてもらった本では、その……何だか色々大変なことになっていたが、あれが普通なのだろうか」

「え、えーっと、ですねー……綾美さんがどんな本をサンプルにしたのか分かりませんけど……ど、どう説明すればいいのか……」


 ……えぇいっ!!


「しゃらーっぷ!!」

 軽く机も叩きつつ大声を上げると、さすがに3人+綾美が私へ注目する。

 ……まぁ、他のお客さんにも見られているけど……今はそんな些細な(?)こと気にしないもんねっ!!

 この場を取り仕切れるのは最早私しかいない、そんな使命感さえ感じつつ、私は綾美をビシっと指差してから、

「綾美! とりあえず……昼食後は一旦退場して」

「えー? そんなのつまらなーい」

「おだまり! 悪いけど……今はアンタがいると話がややこしくしかならないのよ! 大樹君でも呼び出してよろしくやっといて!!」

「へいへーい」

 まぁ、この展開を予想していたのだろう。頬を膨らませつつも、彼女は割と素直に応じてくれた。

 よし、次。

「優香さん」

「はいっ!」

「もう一度BLについて、優香さんが請け負った仕事の内容等も含め、説明してみてください。大丈夫、私が一般論でフォローします」

「頑張ります……」

 弱々しいけれど頷く優香さん。

 よし次。

「新谷氏」

「は、はい!」

「中村さんは多分、BLについて一部誤解してるわ。その辺を優香さんのフォローをしつつ、好きなものは好きだからしょうがないってことで話をまとめて」

「善処する……いえ、させていただきます」

 まぁ今回、薫は完全に巻き込まれているので被害者なのだが……それは私も同じだから、文句は違う人に言ってもらおうっと。

 よし。

「中村さん」

「う、うん?」

「分からないことはその場で聞いてください。あと……無理だって思ったら、優香さんを連れて外に出てください。そこから先はさすがにお二人の問題ですから、私達はあくまでも「BL」の説明補足要因です。お二人の関係を壊したいわけじゃないことだけ、分かっていただけますか?」

「わ、分かった……」

「よし。文句がある人は今のうちに言ってね。特に異論がなければ――」

 周囲を一度見渡してから、私は空のコップを持って立ち上がった。

「とりあえず、昼食にしましょ。ドリンクバーまで行くけど……ついでに頼みたい人、いる?」


 さて……と。

 食後に綾美が抜けてから、2対2で向かい合って座っている。

 私の前には優香さん、薫の前には中村さんだ。

 それぞれに飲み物だけは準備して、

「今までの経過を教えてください。そもそも……中村さんは優香さんと綾美の活動について、何をどこまで聞いているんですか?」

 私が彼に説明を求めると、彼は何やら眉をひそめつつ、思いだしながら語り始める。

「えぇっと……優香と綾美さんはアマチュアで自費出版の本を制作していて、その内容が主に男と男が絡み合うような内容だから、今まで自分に対して言うことが出来なかったんだ、と……」

 何だ、思ったよりマトモじゃないか。

 そう思ったのは本当に束の間で、

「そこで自分が、どんな内容なのか見せてほしいと頼んで、ペラペラの小冊子を手渡されて……さすがに少し驚いたが、世の中にはこういうのを好む女性がほとんどだという話だったから、自分には分からない世界なんだろうと思うことにした」

 んー、一部語弊があるけど……まぁいいや。次。

「そこで自分が、やはり男である自分には理解し難い世界なんだなと納得しかけたところで……綾美さんが、そういうわけじゃないということを言ったものだから」

 ……なるほど。

「話を聞けば、男性でもそのような本を好んで読む人がいるということじゃないか。だったら是非先輩として、一度話を聞いてみたいと――」

「ストップ。どうしてそこで綾美の口車にのっちゃったんですか? 今は理解出来ないけどとりあえずまぁいっかって結論に達してもいいじゃないですか」

 正直、彼がBLにそこまで興味を示しているとは思えない。そりゃあ突然のことでショックだったかもしれないけど……そこで拒絶するわけではなく、踏み込もうとした、その理由を知りたくて。

 そんな私の疑問に、彼は少し口ごもってから……ぽつりと、呟く。

「……知りたかった、理解したいんだ。優香の好きなことだから……」

「智君……」

 彼の隣で優香さんが息をのんだ。まぁ、そりゃあね……自分の好きな人が、慣れない世界で必死に歩み寄ってくれようとしているんだから。

 ここで私は視線を優香さんへ向けた。まぁ、これは私が言う必要もないんだけど、念を押すために。

「優香さん、分かったよね。中村さんは優香さんのことが好きだから、聞いたことない話でも理解しようとしてくれてる。正直、ドン引きされても仕方ない話題だけど……凄いね、中村さんって」

「はい。すごく……ありがたいです」

 微かに涙ぐんでいる優香さんは、一呼吸おいてから、

「ありがとうございます、智君。こんな私でよろしければ……これからも是非、宜しくお願いしたいのですが……」

 軽く会釈をする彼女に、中村さんが慌てて言葉を返す。

「そ、それは当然だ! 悪いことをしているわけではないのだから、もっと隠さずに話してくれてよかったんだぞ」

「それは……でも、私にとって、創作活動は……私が私であるために必要不可欠だと思っています。でも、その……智君も、私には必要不可欠な存在で……だから、その……拒絶されるのが、怖かったんです」

 近い存在だからこそ、さらすのをためらってしまう部分がある。

 ずっと一緒にいて、これからも一緒にいたいと強く願うからこそ、拒絶される可能性があることを、自分の口から伝えたくはない。

 まぁ、そう思っても仕方ないかな。

 ひた隠しにしてきた彼女の想いが何となく分かるから、今は素直によかったねって思える。

 やっぱり、隠しごとって……辛いんだよね、きっと。

 ちらっと薫に視線を向けた。過去のことを隠していた薫も……私が知っている以上に葛藤したり、悩んだりしてくれたのかな。

 だとすれば――

「でも、私も……ゲームのお仕事をいただけて、それで少し自信がついたんです。だから、綾美さんには本当に感謝しています。こうやってお膳立てしていただいて、私を引っ張り上げてくださって……」

「ゲームの仕事?」

 中村さんが怪訝そうな顔で問いかけたので、私は自分の思考を中断した。

 ったく……その話はしていなかったんですか優香さんってば。

 私と薫でその辺をフォローすると、さすがに彼も目を丸くして、

「優ちゃん、凄いじゃないか! プロとして認められたってことだろう?」

「へっ? えっと、そこまで大きなお話では……」

 謙遜する優香さんに代わって、薫が情報を捕捉。

「でも、あのゲームは現時点でも注目されていますし、元々煉……もとい小林さんは固定ファンも多いですから。今回のゲームを機に、プロとしての仕事も多くなると思いますよ」

「し、新谷さん!」

「俺は1ユーザーの視点からそう思うだけです。でも、俺と同意見の人が多数派だって信じてますけどね」

 薫が笑顔を向けると、優香さんは真っ赤になってうつむいた。

 でもまぁ、これで……この問題は解決したんじゃないだろうか。

 だって、中村さんは優香さんに近づこうとしている、優香さんは中村さんに知ってほしい、ほら、問題なんて何もない。何という理想形。

 私はそう思って、コーラを一口すすったのだが、


「あ、あの……智君、新谷さん」


 彼女がおもむろに、どこからともなくスケッチブックを取り出す。

 瞬間、私と薫は同時に表情を固めた。

 前回見たものよりもサイズが小さいが……優香さんは鉛筆と消しゴムまで一式机上に並べ、交互に二人を見やり、こんな提案をする。

「お願いがあるんですけど……その……お二人がお話している様子を、デッサンさせていただけませんか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ