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彼には秘密のガールズトーク

「……大変ご迷惑をおかけいたしました」

 3人での朝食後、優香さんが改めて私と薫へ頭を下げる。

 すっかりしゅんとしたままの彼女は、「私はどうしてこうなんでしょう……」と、一人でブツブツ呟いては、ため息。

 夢見が悪かったのかもしれない。少しやつれた表情が痛々しい。

 い、いけない。このままじゃ中村さんと対面した時に言いたいことも言えなくなっちゃう!

「ね、ねぇ優香さん。綾美から何か連絡は来てないの?」

「あ……はい。待ち合わせ時間を決めるために、今は私から智君に連絡をして、その返事を待っているんです。ただ……早くても10時頃になると思いますけど」

 ちなみに今は午前8時過ぎ。駅前に待ち合わせるとしても30分前に出れば十分間に合うから……。

「ねぇ薫、優香さんにシャワー貸してあげてくれない?」

 刹那、隣りにいる優香さんが驚きで目を見開いた。

「そ、そんな沢城さん! これ以上新谷さんにご迷惑をおかけするわけにはいきません!!」

 萎縮して首を振る優香さんに、部屋の主でもない私があまり強く言うのも筋違いかもしれないけど。

「気分もさっぱりさせてさ、今日中に色んな問題片付けちゃおうよ。あ、使ってない私の下着だったらレンタル出来るけど……やっぱ嫌だよねぇ」

「そんなことありませんけどっ! で、でも、新谷さん……」

 助けを求めるように薫を上目づかいで見つめる優香さん。彼は苦笑で立ち上がり、そんな彼女を見下ろした。

「来客用のタオルとか、都が知ってるから聞いて使ってね。俺はコンビニで立ち読みでもしてくるよ」

「えっ!? いえ、あの……っ!」

「都、終わったら携帯に連絡してくれ」

「分かった。薫、ゴメンねー」

 笑顔で見送る私を、意味深な表情の薫が見つめて。

「いくら都にしか興味がないとはいえ、脱衣所のないワンルームにとどまれるほど、俺も無神経じゃないからね」

 瞬間的に顔が赤くなったのが嫌でも分かった。か、薫ってば……優香さんの前で何を言い出すかと思えばっ!!

「余計なこと言わなくていいよ!! ほら、行った行ったっ!!」

 照れ隠しで手を振る私に笑いをかみ殺しつつ、テーブルの上にある財布と携帯をジーンズの後ろポケットに突っ込んで、部屋の主は退室。

 残されたのは展開についていけずワタワタしている優香さんと、顔のほてりが引かない私なのだった。


 まだ困惑している優香さんへ、半ば強引にバスタオルと下着を押しつけて。

 彼女がシャワーを浴びている間、食器の片付けも終わった私はベッドに転がって、手近な雑誌――この間薫に見せてもらったアレ――をめくっていた。

 静かな部屋の中で、水音が少し遠くに、だけどはっきり聞こえる。あぁ、今の私って……「先にシャワー浴びて来いよ」とか言っちゃって一人待ってるギャルゲーの主人公か?

 まぁ、相手が優香さんならどれだけ待っても苦にはならないだろうけど……薫、私がシャワー浴びてる時も、こんな、何とも言えない高揚感(?)に苛まれているんだろうか。それともさすがに慣れた? 私も大分私物を持ち込んでるからなぁ……たまに薫から苦い顔をされるけど、こういう不測の事態に対応出来るのだから、何か言われたら今回のことを持ち出して反撃しようっと☆

 ……いや、これ以上余計な迷惑はかけないようにしたいと思ってるけどね。ゴメン、薫。

 そんな自分の行動を省みつつ、

「世の女の子……と、一部の男の子は、こういうゲームが好きなんだよねぇ……」

 改めて、優香さんが描いたキャラクター達を見つめ、感嘆の息がもれる。

 そりゃあ、人格がシフトしている様を目の当たりにしたので、あのテンションの優香さんだったらこれくらいさらっと描いてしまいそうだな、と、思うけど。

 私はやっぱりこの顧問が気になるなー……タイトル通り、主人公(転入生)を服従させる教師であってほしい。中の人が○安さんだったら私も綾美から横流ししてもらうんだけどなー……キャスト情報、後から優香さんに聞いてみようかな。知り合いが関わってるってだけで急に親近感も感じるし。

 ギャルゲーに女性の原画家さんは多くなっているけど、BLゲーはどうなんだろう。やっぱり女性比率が高いんだろうか。多分こっちはライターさんも女性が多いんだろうなー……と、ぼんやりそんなことを考えていると、

「あ、あの……沢城さん……」

 後ろからの控え目な呼びかけに体を起こして振り返ると、長い髪の毛から滴り落ちる水滴をバスタオルで拭きながら、優香さんが私の方へ近づいてきて、

「何から何までありがとうございます。おかげで頭が冴えました」

 丁寧に一礼。水も滴るいい女……とは言いえて妙で、服装はワンピースと変わっていないのだけど、紅潮した頬や濡れた髪、服の隙間から見える湿った素肌が、やたらエロい。

 思わず無言でまじまじと見つめてしまった。

「……あ、あの、どうかしましたか?」

「へっ!? あ、いや何でもないですっ! 気にしないでください!!」

 元々立ち振る舞いも綺麗で、清楚な雰囲気をダダ漏れさせている人なのだ。破壊力が一気に上がる。同性なのに思わず見とれてしまったのだから……薫、この場にいなくて良かったよ。

 床に座ろうとする彼女に私の隣をおススメしてみた。ふふふ、役得役得♪

 隣に座った優香さんからほのかにシャンプーの香りが。う、うわやば……私が男性だったら、理性とか軽く5,6個吹っ飛びそうだ。

 そんな私の邪な妄想になど気づいていないだろう、優香さんが至近距離で笑顔を――

「あ、ど、ど……ドライヤーあるからねっ!」

 慌てて立ち上がってそれを掴み、ぶっきらぼうに手渡してしまった……私は小学生か。

 そんな私の態度にも終始笑顔を向けてくれる優香さんなので、あぁもうどうしようとどうしようもない感情がっ!

 ……私、もしかして百合の素質があったんだろうか。それが以前のひょんなキッカケから段々表に出てくるようになっている、とか?

 あぁでもこんな可愛くていつもは従順な受けっぽいんだけどスイッチが切り変わったら女王様になっちゃうこのギャップが病みつきになっちゃうかもしれないっ!!

 い、いや、そんな……私には薫っていうパーフェクトスターが一番近くにいてくれるんだから! 気の迷いだ、迷うな、迷うな……。

 彼女がドライヤーで髪を乾かしている間に薫へメールを送りながら……心の中で何度も謝ったのはココだけの秘密だ。

 やがて、隣から感じていた熱気もおさまって。

「お気遣い、ありがとうございます」

「いいよ、気にしないで。私に出来ることは優香さんに代わってこの部屋の主に干渉することくらいだからね」

 いつの間にか敬語を使わなくなっている自分に気づくのは、もう少し後になってからのこと。

 寝起きからどこか冴えないように思えた優香さんも、今はどこかすっきりした表情で。

「沢城さんと新谷さんは、ご結婚を前提にしたお付き合いなんですか?」

「はいっ!?」

「あ、立ちいったことを聞いてしまって申し訳ありません。ただ……先日から拝見していますけれど、お二人は非常に仲がよろしいので、てっきりそういうご関係なんだと思って……」

 いきなり予想外の質問をされた私は、再び一瞬で顔が赤くなってしまったのだけど。

「え、えとー、そのー……薫の親御さんには紹介してもらって、私は電話で伝えたくらいなんだけど……そんな、将来とか、そこまで……」

 考えたことがないと言ったらウソになってしまうけど、さすがに今は、大学を卒業してからのことからぼちぼち考えなきゃいけないからなぁ……。

 ……でも、いつか、

「……いつかそうなったらいいなぁ、って、思ってる」

 ここだけのガールズトーク。薫にはまだ言えない言葉をぽつりと呟いて、

「優香さんは中村さんと許嫁なんだよね」

「あ、はい。でも……」

「でも?」

「智君が本当に私なんかでいいのか……少し不安、です」

「へ?」

 意外だった。思わず目を見開いてしまった私に、優香さんは両手を膝の上で握りしめ、細い声で続ける。

「智君とは一緒にいる時間が長くて、でもそれは、私のことを妹みたいな女の子だなって思って付き合ってくれているのかな、って……」

「中村さんがそう言ったの?」

「いいえ、でも……聞いたこと、ありませんから。お家のこともありますし」

「お家の、こと?」

「はい。智君のお父様と私の父は、ビジネス上のお付き合いもありますから」

 なるほど。二人の「許嫁」というちょっと時代を感じる関係も、そういう裏事情があるんだろうなと納得してしまった。

 でも……それはもしかしたら、一緒にいる時間が長いからこその弊害。

 幼いころから知っている彼女と今の彼女の間にあるギャップを埋めたくて、自分が知らない彼女を知りたいけれど……それを面と向かって聞く勇気がないまま、当たり障りのない、誰も傷つかない距離感を保ち続けている。

 中村さんも同じジレンマを感じて、それを何とかしたくて行動した結果、今回みたいなことになったんじゃないだろうか。

 まー確かに……中村さんが自分の意見を素直に優香さんへ伝えられるような性格なら、こんなことにはならなかったわけだし。その逆もまた然り。

「私がずっと智君に隠れて活動してきたから、智君が自分の気持ちを伝えてくれないことに何の文句も言えません。私達は……お互いが近くにいたつもりで、いつの間にか離れてしまっていたんですね」

 優香さんが自分に言い聞かせるように呟き、私を真っ直ぐに見つめた。

「だから私は……お二人が凄く羨ましいです。私も、お二人みたいな関係になれるように……今日は、頑張ってみます!!」


 そう。

 確かに優香さんは力強く宣言していたのに。


 それから約3時間後、午前11時時過ぎ。

 祝日の駅ビル入り口、人が行き交い、待ち合わせとしても分かりやすいこの場所に……何故か、当事者以外の人間が集合していた。

 この騒動を複雑にしている(?)綾美はしょうがないにしても……どうして薫が?

 彼曰く、「部屋でのんびりしていたら突然綾美に呼び出されて……」だ、そうだ。そんな彼に呼び出されて急遽私もこの場に居合わせているのだが、何だろう、見つめあうこの二人――薫と中村さん――の綺麗な……もとい、怪しい状況は。

 薫を無言で見つめている中村さんは、眉をひそめつつ、何かを言おうと必死に努力しているように見えた。そんな彼を後ろから眺める綾美は、「ほら、どうしたんですか?」と、口元にニヤリと笑みを浮かべている。

 そんな綾美の隣にいる優香さんは……中村さん以上に神妙な顔をしていた。

 な、何かあったんだろうか。私が疑問を口にするよりも早く、

「し……新谷、君」

「は、はい、何でしょうか……?」

 中村さんが、決定的な一言を告げた。


「改めて頼む。自分に……そ、その……『ぼぉいずらぶ』のイロハをご教授願えないだろうかっ!!」


 祝日の昼食前。

 時が、止まった。

 書き終わってから気付いたのですが……この物語、時期的にGW明けってことにしたんですよ。で、祝日……?

 いつだろう。(ヲイ)

 彼女たちの世界では5月下旬にもう一度祝日があるんだってことにしてください。県民記念日的な……あぁもうスイマセン、本当にうっかりしてました。

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